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文通

すっかり打ち解けた三人の会話は続く。

アリエルがエミリーの前世の時代について質問した。


「私の時代は、女は謹み深くあれ、男よりでしゃばるな、という風潮でしたが、100年以上後のエミリー様の前世では平等に働けるようになりましたか?」


「んー、明治や大正時代に比べたら女性の社会進出は格段に増えたと思うけど、まだまだ平等や対等ではないわねぇ。体力や考え方の違いもあるから、何を持って対等なのか一概に言えないけど。ああ、うちの会社は古くさい女性軽視が根強かったな。思い出すだけでも腹立たしい」


「まあ、それは残念でしたわね…」


「でもねっ、この世界でせっかく王女に生まれ変わったんだから、私が女王になった暁には、身分関係なく女性雇用を推進するの!今も宰相を通じて王宮で働く事務官や騎士団の女性登用に力を入れてもらってるけど、まだまだ甘いわ。合う合わないはあるにしても、女性にも職業の選択肢を増やしてあげたいのよ。社交界で華やかに過ごすも良し、結婚して家族に尽くすも良し、更に働くことに自分の価値を見出だしてもいいと思っているわ」


「素晴らしいですわ!私、一生かけてエミリー様のお考えに賛同して参ります!ミィ、この先更にアマランス王国は繁栄するわよ。私たちもせっかくエミリー様とお近づきになれたのだがら、積極的に協力しましょうね!」


「は、はいっ…」


心酔した瞳でエミリーを見つめるアリエルは、興奮ぎみにミシェルに声をかけた。そこまで考えを持っていなかったミシェルは、二人の熱意にあてられ自分が恥ずかしくなる。自然と返事は小声になってしまった。


「お話の途中に申し訳ありません。エミリー様、王妃様とのお約束の時間が近付いて参りました」


胸元から取り出した懐中時計をパチリと開き、ケントがしばらくぶりに口を開く。

エミリーとアリエルの女子トークに終始圧倒されていた彼だったが、話題と話題の間の息継ぎを狙っていたようだ。話に置いてきぼり気味のミシェルを助ける意味合いも兼ねていたようで、然り気無く気遣う視線を向ける。

ミシェルは感謝を込めて微笑むと、彼は少し表情を明るくした。その優しげな眼差しに、ミシェルの心がほんのり温まる。


ケント様はよく周りを見ていらっしゃいますのね。そのような配慮が身に付く方法があればぜひ聞かせていただきたいですけど、そんな機会は訪れないでしょう…。


心の奥に芽生えた淡い熱。

それをケントに対する尊敬や憧れと捉えたミシェルは、手元のカップに残る紅茶をぼんやり眺めた。


そんなミシェルをちらりと見ながらも、エミリーは満足げに頷いた。


「あら、もうそんな時間なのね。あー素を出せて話すってやっぱり楽しいわ!ミシェルとも「お友達」としてより仲良くなれたし、アリエルと気が合うこともわかったし、実りある会だったわね。またやりましょう!」


「そうですわね。私もとても楽しく過ごせましたわ。初めての「お友達」のエミリー様と、これからもこうして仲良くさせて頂きたいです」


エミリーがあえて「お友達」を強調して含んだ笑顔を向ければ、ミシェルは苦笑いで応える。ケントも顔を少し背けて、こほんと咳払いをしていた。

三者三様の反応に、アリエルは首をかしげながらも深く追求はしない。事情があると気付いたのだろう。


「…何だか、とても含みがあるように見受けられますが。そこは触れないほうがいいのでしょうね」


「さすがアリエルはミシェルの姉ね。二人とも勘が鋭いんだから。そうだミシェル、せっかく仲良くなったんだし、前世の平安時代でできなかったこと、たくさん実現させていこうよ。まずは和歌代わりの文通はどう?アリエル経由で渡すから、余計な外野は入ってこないから気兼ねしないで済むし。内容もくだけた感じで、趣味や好きなこと苦手なこと、何でもありで」


古文の成績があまり良くなかったから妥協案で申し訳ないが、とエミリーが照れ笑いを浮かべた。

彼女の優しさをミシェルは素直に受け取る。


「はい、ぜひ!」


嬉しそうに頬を紅潮させるミシェル、柄にもなく照れるエミリー。

一組の友情を目の当たりにして微笑むのは、ミシェルの姉のアリエルと、エミリーの侍従にして兄代わりのケントの年長者二人だった。


◇ ◆ ◇


「ミィ、ただいま。はいこれ」


情報過多なお茶会から2週間経った。

部屋のソファで刺繍をしていたミシェルの元へ、仕事終わりのアリエルがやってきて、花を型どった蝋で封された手紙を手渡す。


「お帰りなさいませ、アリエルお姉様。いつもありがとうございます」


「あら、それは誕生日が近いエミリー様にお渡しするハンカチかしら?ミィは刺繍の腕もさることながら、色の組み合わせがとても上手よね。そうそう、エミリー様なんだけど、利き手の人差し指に怪我をされて、羽ペンが握れなくなってしまったの。しばらく手紙が書けないからミシェルに謝っておいてほしいとの伝言よ」


「まあ!エミリー様のお怪我は大丈夫かしら?それでは、この手紙は…?」


「王宮の庭にある薔薇園で間違えて棘のある茎を握ってしまって、国王陛下や王妃様の御前だったから、全然深手でもないのにかなり手厚く介抱されてしまったようよ。ご本人はとてもお元気だから安心なさい。しばらくは、ケント様から手紙が届くことになるから」


エミリーの様子に安堵したが、姉の楽しげな最後の言葉にミシェルは思わず固まった。


「ケント様からの、手紙?」


「これはケント様が席を外している間にエミリー様と直接話したのだけど、ミィは男性に慣れておいたほうがいいと思うの。高嶺の花だからなかなか相手が寄ってこなくても、余裕のある軽い男が近付いてきたら、ミィにその気はなくても相手に言いくるめられてしまったらおしまいでしょう?その点、ケント様は身許もしっかりしているし、エミリー様や私も知っているし、ちょうどいいと思うのよ」


「私のことを考えてくださって嬉しいですし、私は光栄ですが、ケント様のご迷惑になるのでは…」


仕事が多忙で、あんなにかっこよく優しい素敵な方だからとても人気があるだろうし、自分の練習相手みたいな失礼なことを頼めないと、ミシェルが慌てて言葉を続ける。アリエルはミシェルの隣に座り、真面目な顔で口を開いた。


「ミシェル、ケント様について知っていることはある?どんな人だと思う?」


「え?名門グラハム伯爵家の三男で、先の国王陛下の弟君のお孫さんで、エミリー様の信頼の厚い侍従で…それだけしか、知りませんわ…」


ミシェルは彼のことを何も知らないことに落ち込みながら姉を見ると、自分以上に苦渋に満ちた表情をアリエルが浮かべていたので驚いた。

アリエルは首を横に振りながら額に手をあてた。


「そうよね。ええ、それだけよね。だって、私とパトリックが世間の噂が耳に入らないようにしていたんだもの。パットは外の世界に興味を持たないように、あなたを家や自分の元に縛り付けるためだけど。私は先入観を与えたくなかったから。本人に会う前に、噂話に惑わされてほしくなかったのよ。本当にごめんなさい」


「でも、お姉様は私のことを考えてくださったからでしょう?」


「エミリー様にその話をしたら、とても叱られたわ。妹を傷付けないように情報統制して真綿にくるんでどうするんだ、一生そうやって過保護にしていくつもりか、貴族の娘として清濁併せて世の中のことを知っていかなければミシェルのためにならないって、けちょんけちょんにね。ぐうの音も出なかった。これでも前世では子供を育てていたのにね。姉というのは親よりも責任がないからって、やり過ぎたわ。本当に反省してる」


「でも、私も家族との生活が楽しかったから、それ以外のことを知る努力をしませんでした。きっと、お姉様なら私が聞けばちゃんと教えてくださいますでしょう?お姉様だけの責任ではありませんわ。それに、これからだって間に合います。ちゃんと信頼できる情報とそうでないものを選り分けていけるように、努めます」


ミシェルはアリエルの握りしめた拳にそっと自分の手を重ねた。アリエルは泣き笑いのような顔で、10歳下の妹を見つめる。


「…ミィって本当にすごい子ね。人を否定せずに、自分を省みることなんて、なかなかできないわ。その優しさに救われている人はたくさんいると思う。話は戻るけれど、実際ケント様に会って、どんな人だと思った?」


「優しくて心配りができて、エミリー様へ本物の忠誠を寄せる誠実な男性だなと。でも本心は内に秘めて、悩みも抱え込んでしまいそうにも見えました。あと、たしかグラハム家は王族の男子以外で唯一黒髪が遺伝すると伝え聞いておりましたが、ケント様はたしかに綺麗な黒髪ですけど白い毛が二束ありましたね。それが不思議でした」


「ミィ、よく聞いて。ケント様はある過去に心を傷つけられているわ。私たちみたいな前世の記憶とは違うもので、貴族の間ではとても有名な話よ。そのせいで、ケント様はご自身の家族とエミリー様しか信じていないの。周囲は好奇心か彼の身分か整った見た目で寄ってくるので、人嫌いに拍車がかかっているそうよ。エミリー様はとても心配しているわ。ケント様のためにも、ミシェルと交流することで人嫌いを少しでも和らげられることを期待されているのよ」


「尚更責任重大では…それに、ケント様はなんとおっしゃっているのですか?」


年上で経験も豊富そうな、更に辛い過去を持っている男性の心を開かせるなんて荷が重いと思いながらも、ケントの返事が気になる。思わず身を乗り出して姉に尋ねた。


「そこはエミリー様が、ミシェルに対する「監視」の一環と押し通して了承を得ているわ。もちろんエミリー様の建前よ?ケント様もミィを気にしている素振りを見せていたから、ちゃんとした理由をつけてしまえば断らないだろうって。そういえば、ミシェルがもっと自分に慣れてきたら様を付けずに呼んでほしいと、あとミィという愛称で呼びたいっておっしゃっていたわ」


「エミリー様ったら…」


策略家の一面が垣間見えたり、同じ年齢の女友達のお願いがあったり、これからもいろんな顔が見えて驚くことになるだろうと思わず苦笑したミシェルであった。


侍女のキャスが夕食の時間を告げに来たので、姉が清々しい顔で退出していった。ケントからの手紙を宝物入れの箱に納め、待たせていたキャスの後に続く。食堂までの廊下を思わず鼻歌を歌いながらスキップしたくなるような上機嫌。小さい頃から世話をしてくれるキャスには伝わっているのであろう、ちらりとミシェルを振り返りにこやかに告げた。


「ミシェル様、差し出がましいことを申しますが、その満面の笑みはとてもかわいらしく素敵ですが、他の皆様に不思議がられてしまいますよ?」



それから数日に一度届くケントからの手紙に心が躍り、白い便箋に並ぶ丁寧な言葉と内容に心が熱くなる自分がいることに、ミシェルは徐々に気付くことになる。


次回はケント視点です。

彼の過去が明らかになります。

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