後夜(エピローグ)
爽やかな朝だった。
少し、昨日の疲れで体が痛んだけれど――
百体をなんとか倒しきった頃には夜が明けかけていた。日和は皆と朝日の上る町を帰っていった。
館の前には天睛が居て、泣きながら日和たちを抱きしめた。
何故か、日和は父のことを思い出した――
事情は全て聞かれていたらしく、日和も女性であること以外は全て話した。皆理解しきれていないようだったが、おのおのの反応が面白かった。影鴇は、謝ってくれたが、やはり目をあわせてくれなかった。無亮曰く、”照れている”らしかった。
そして――
「お世話に、なりました」
「寂しくなるなぁ」
日和は、気付いたのだ。来るときにフラッシュをたいたことに。柴又祐希の言葉が確かであるなら、きっともう一度フラッシュをたけば、元の世界に戻れるのではないかと。
念のため、こちらに来た時間と同じ時間を選んだ。
そして、門の前で全員を振り向く。
皆が神妙な顔をしてこちらを見ている。
「元気でな」
無亮は最後までそっけない。
先ほどから泣き伏しているのは土岐宗と花園。もはや何を言っているのかわからない。元兼は小さく頷いてくれた。公彦は本で顔を隠し、チラチラとこちらを伺っている。影鴇は手に何か握らせてくれた。よく見れば、弁当だった。天睛は悲しそうだ。どうやら、実験対象がいなくなるのがいやらしい。
そして、林太郎。
林太郎は、無表情で日和を見ていた。
「――息災でな」
そう一言呟くと、帽子を目深に被ってしまう。
そして、もう一度全員を見た。
胸が苦しくなった。
でも、帰らないわけには行かない。家が、待っているのだから――日和の本当の家が。くだらない、だけど大切な日常が。
意を決して、デジカメの電源を入れたときだった。
「――ん?」
すぐに画面に、電池のマークが表示される。
「で、電池切れだ!」
思わず声をあげた。
「デ、デンチギレ?」
無亮が間抜けな声を出す。
「す、すみません、その……充電してなかったからかな……なんて」
「……つまり、どういうことだ?」
林太郎の抑えた声が余計に恐ろしい。
「えーと、極端な話、使えないんです……」
――日和は電池について説明した。
「うーん、つまり、蝋燭を使い切ってしまった、という状態か?」
「そうです、梅丸さん!」
やっと理解してもらった――と、同時に日和は恐る恐る全員の顔を見た。
(お、怒られる!)
ぎゅっと目を瞑ると、頭に温かい感触が降ってきた。
「なぁんだ、良かった!」
無亮。
慌てて首を動かす。
――皆が笑っている。
「あはは、姫最高だ!」
「ふふ……」
(え……)
ぽかーんと辺りを見回す。
「あ、あはは……! そんなことがあるんですねぇ、未来の電気は不自由だなぁ」
天睛が目じりの涙を拭った。
「それなら”充電”出来る方法をなんとか、探ってみますよ……!」
「そ、それまでいてもいいの?」
皆が大きく頷いた。
事態は何も変わっていない。
いや、むしろ悪化しているかもしれない。
柴又祐希は電気製品を狙っているのだし、”うつしもの”は相変わらず出現する。今日の夜にだって出現するかもしれない。
何も良くなっていない。
(大きな目的が出来たからかな)
この世界を、守る。
それがきっと未来を守ることになる。
(それに何よりも――)
この世界でも大切な人たちが出来た。
笑っている全員の顔をゆっくりと見回してから、日和は門を潜り、彼らの輪の中に、歩いていった。