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第三章 六~十

 夜闇が深まってきた頃だった。

 皆、最近の毎日の襲撃に備えて、既に館で待機している――

 独特の緊張感が館を包んでいた。

 日和もその多分に漏れず、緊張しながら、出撃の合図を待っていた。

 そこに――

「日和さん」

「あ、か、影鴇さん!」

他の仲間とは屈託なく話せるが、影鴇にはどうも身構えてしまう。 

 よく見れば、影鴇は初めて会ったときの印象とは異なり、だいぶ目は厳しく、顔はやつれているように見えた。

「出撃ですか?」

「――いえ」

影鴇はふるり、と首を振った。

 白い首筋が折れそうに細い。

「――あの軍人、見つかりました」

「見つかった!?」

「――今、全員で追い詰めています。日和さんも急いでください。場所は――」

(どうして呼んでくれなったんだろう!?) 

そう考えたものの、日和の立場からしたら当然かもしれない。

 日和は慌てて、部屋を飛び出した。


 日和は知らない。

 影鴇が悲壮な表情でその後姿を眺めていたことを――


 襲撃が起きる頃合。

 もはや、皆は襲撃にいちいち呼ばれなくとも広間に集まるのが日課になっていた。この日もご多聞にもれず集まったのだが――

――?

日和の姿が見当たらなかった。

「土岐宗、日和は?」

悔しくも、土岐宗なら知ってるだろうと声をかけるが、土岐宗は首を横に振る。

 花園に聞いてみても、答えは矢張り「知らない」ということだった。

――胸騒ぎがする。

「林太郎、どうした?」

無亮が声を掛けて来たので、説明しようとした瞬間だった。

「――皆さん、影鴇を見ていませんか」

やや慌てた様子の天睛が駆け込んできた。

「いえ、ここにはいませんが……」

林太郎がそう答えると、天睛は慌てた様子で、”機械”の元に向かった。

「どうしたんですか?」

天睛のあまりに可笑しい様子に、皆が気付き集まってきた。

 しかし、天睛は答えずに機械を操作し続け――

 そして、一点を指した。

「弐地点――日和さんも一緒……」

呆然と天睛が呟く。

「日和も!? 天睛、それはどういう――」

「……」

詰め寄る土岐宗をも全く意に介さず、天睛は悲痛な表情で目を閉じると――開いてから、言った。

「嫌な予感がします。こちらに向かってくれませんか」


 路地裏は嫌な気配がした。

 いつもと同じといわれれば同じだけれど、どこかが違っていた。

 胸がドキドキと高鳴る。

(本当に、皆いるのかな……)

思わずそう呟くくらい――町からは人の気配がなかった。

 言われた場所に一歩一歩近づく。

(――!)

濃霧を思い切り吸い込み、日和はむせこんだ。

(霧だと思っていたけど、霧じゃないんだ……)

ジジジ、と音がして外灯が点滅する。

(――!)

光が途切れれば、闇が広がっている。

 深い深い、闇。日和の全く知らない時代の原始の闇――

(!)

日和は思わず駆け出した。

 自分の息の音がうるさい。

 走っても走っても、同じような長屋が広がっている。

「――!」

路地には闇が潜んでいて、日和に襲い掛かりそうに思えた。

「……!! 助けて……!」

思わず小声で呟いた。

 早く皆に会いたかった。

 少しおかしいけれど、皆いい人で、右も左もわからない日和に優しくしてくれた。

 土岐宗はツバの様子を明るいところで確認するつもりだけだったのだろうけど、色々なお店へ連れて行ってくれた。無亮は一見怖いけれど、誰よりも仲間を思いやっていた。花園はうるさいけれど、一緒にいて楽しかった……

 一人ひとりの顔を思い浮かべては、消す。思い出がたくさんあった。

 そして、林太郎。

 最初は嫌がっていたけれど、なんだかんだで面倒見がよかった。

 日和を心配してくれた――

(会いたい――!)

最初はいやいや天睛の館にいた。

 しかし、今ではあの古い洋館が懐かしく、いとおしかった。

(――!)

曲がり角を曲がったところだった。


(ここだ、影鴇さんに言われたところ――)


 広場だった。

 うっすらと光がともっていて、中央に誰かいるように見える。

(皆、もしかしてもう――)

そんな考えが頭を過ぎって、打ち消した。

 足を一歩踏み出す。

 サクリ、と土を踏む音がする。

 もう聞きなれた、草履で一歩一歩、土を踏みしめる音。

 よく見れば、周りには何かの機材がつみあげられていた。

 何かを作る途中なのかもしれない。

 一歩、また一歩。

 足を進める。 

(……)

 息の音がうるさい。


――サク。


 地面を踏みしめる。

 その音に気付いて、誰かが振り向いた。

 それは――

「柴又、さん……」

久しぶりに会うクラスメイトだった。

(幻覚じゃなかったんだ、あのとき……)

柴又祐希は、日和の記憶よりも痩せているように見えた。


「……久しぶり」


声をかけてきたのは、柴又祐希が先だった。

 その言葉に気付いて、隣の男が振り向く。

(同じだ、林太郎さんたちが言っていた特徴と……)

軍服、角張った顔、小さな目――

「お前は……」

「大丈夫、タイセイさん。この子が言っていた子だよ」

「そっか、そっかぁ!」

日和を見ながら、二人は話を進めていく。

「”ユウキと同じ力”を持った”味方”かぁ!」

日和は背中に冷たい汗が滴るのを感じた。この二人は、何かおかしな雰囲気をまとっていた――

「どうしたの、そんなに身構えちゃって……久々の再会じゃない。ゆっくり話そうよ」

「……」

柴又祐希が一歩進むと、日和は一歩下がる。また進むと、一歩下がり――

「あは、どうしたの?」

「……柴又さんこそ、どうして?」

「どうして? おかしなことを聞くね。武藤日和さん。貴方がここにいるんだったら私がいてもおかしくないでしょ? ”タイムスリップ出来るのはひとりだけじゃない”んだから」

「……? 柴又さん……」

柴又祐希の明け透けな言い方に日和は思わず横の男を見た。

 柴又祐希はそれを目で追うと、納得したというように頷いた。

「あぁ、タイセイ? 紹介するね、この人は”大成”。私を拾ってくれたの」

「拾って……」

「そう、貴方が拾われたように私も拾われた。貴方は正義の味方に、私は悪の手先に」

「あ、あ、悪じゃない!」

大成の大声に、柴又祐希はクスリと笑った。

「そうだね、悪じゃない。”あの人”が考えていることは悪いことじゃないもんね」

「な、何を企んでるの!」

「何を――そうね、一言で説明するなら……この東亰を転覆させる、っていうことかなぁ……」

「転覆……」

「そう。だって、面白くない? ただの女子高生だった私達が、東亰を転覆する――」

「そ、そんなことしたら、現代の東亰が……」

柴又祐希の言葉を遮るように声を上げると、柴又祐希は可愛そうなものを見る目で見てきた。

「――現代の東亰が? 何?」

「な、なくなっちゃうってことなんじゃないの?」

「ああ、そういうこと。別にいいんじゃない?」

「え? な、何を――」

柴又祐希は何かを考えるようにその場をゆっくり歩きだした。

「考えてもみてよ。毎日同じことの繰り返し。勉強、勉強、勉強、勉強。いい大学に入れ、お前には金が掛かってる――毎日そんなことの繰り返し。クラスメイトとは常に比べられて、いい点を取るように競わされる。いい大学に行ったから、何? それでその後の人生が幸せ? 違うよね。そんなの誰にも保証できないよね? じゃあ今の私達の生活は何? 毎日学校で箱詰めになって勉強して――それから、塾で今度は箱詰め。帰ったら明日の学校のために予習復習して、すぐに寝る――ねぇ、気が狂わない?」

「……う」

「争わされるー?」

急に大成が口を挟んできた。

「大丈夫、大成。私たちは争わない、そうでしょ?」

「仲間!」

「そうよ、大成」

二人のやり取りに、日和は段々眩暈がしてきた。

「で、でもここで東亰がなくなったら! お父さんやお母さんはどうなるの?」

「生まれないかもね。もしかしたら、私達も」

そう言うと、柴又祐希は目を細めた。

「それってすっごく楽しいことじゃない?」

「――!」

違う、日和は叫びたかった。

(私達が住んでいた世界は、確かに退屈だけど、でもそれだけじゃなくて……楽しいこともたくさんあった……)

日和は思い出した。

 父と母のこと。高校の制服を着た日和を嬉しそうに、目を細めてみていた二人の顔。将来は俺の後をついで民俗学者になったりしてな! と目を真っ赤にして喜んでいた父の顔、仕事で疲れた母を手伝ったときの、とろけそうに優しいまなざし。

 依子のこと、これまでの友だちのこと――依子とふざけあって笑った。先生の口癖を真似して笑った。初めての寄り道はどきどきしたけれど、いつもよりもなぜか話が盛り上がって、帰る頃には真っ暗になっていので、母には委員会が長引いたと嘘をついたこと――

(私達が生きていた時代は、そんなに悪い時代じゃなかったのに――)

日和は不意に、目頭が熱くなった。

 ”同じ力を持つ”といわれた柴又祐希がそんなことを考えているのが悲しかった。

「私が協力して、”うつしもの”は毎日現れるようになった――ねぇ、お手軽じゃない? こんなもののおかげで、私達はヒーローになれるんだよ。三分ヒーロー、なんてね」

柴又祐希がかざしたのは――


「携帯、電話……?」


「……でも、びっくりしたよねぇ。この時代では電気が貴重だったんだもんね。現代っこの私たちは”常に帯電してる”とまで言われてるのにね……それだから、”うつしもの”を生み出すのに協力するのも、逆に倒すのも、簡単にできちゃう」

「……」

日和がぽかんと眺めているのに気付いたのか、柴又祐希は眉をひそめた。

「……もしかして、気付いてなかった?」

「……」

唇をかみ締めた。

「えー、そっか。てっきり気付いてると思ってた……へぇ、武藤さんって、”私は皆と違います”みたいな顔してるいい子ちゃんなのに、頭の回転はそんなによくないの?」

「――!」

(でも、確かにその通りなんだ)

 日和にあって、林太郎たちになかったもの。それは、”電気製品”だったのだ。

(どうして、今気付いたんだろう……)

そういえば、携帯電話をいじったときは力を発揮できた。しかし、いじらなかった日は力が不安定だった――

「……」

「ごめんね、そんなに悔しそうな顔をしないで」

(私、馬鹿だ――)

気付いていればもっと早くに解決できたかもしれない。

 いや、それどころか、柴又祐希を見かけた時点で天睛に告げていれば、もっと早く真相に辿り着いたかもしれない――自己の保身のために大変なことをしてしまった。

 日和の脳裏に、あの日助けた男性の顔が浮かぶ。恐怖にひきつったあの表情――昨日も、おとといも、ああいう表情をした人間がこの町にいたに違いない。

「ねぇ、武藤日和さん。貴方も、仲間になってくれるよね」

「――え!」

「今、私のお陰で絶好調なんだけど、携帯電話の充電って限られているじゃない。だから、貴方の力が――ううん、なんなら持っている携帯電話だけでいいから渡してほしいの」

「そ、それは――」

「お願い!」

先ほどまでの不敵な表情とは打って変わって、必死な表情だった。


(柴又さんも、私と同じで必死なんだ――)


元の場所に戻りたい。元の場所に戻りたくない。

 目的は正反対でも、その気持ちは同じ――だと信じたかった。

(そこにいたいんだ……)

最初は嫌だった。

 わけが分からなかった。

 絶対に仲良くなんてなれないと思っていた。

 だけど、一言、二言――言葉を交わしていくたびに、少しずつ、仲良くなっていった。

「柴又さん、私――」


「日和、それを渡すな!」


その時、広場に朗々と声が響いた。

「な、何!」

狼狽する柴又祐希とは正反対に、日和は慌てて周りを見渡す。

 いつの間に辿り着いていたのだろう。

 ――そこには。

「絶対に渡すな!」

林太郎。

「話は聞かせてもらったよ、うーん! この探偵の予想のはるか斜め上を行くとは! これだから市井はたまらなく好きなんだ!」

花園梅丸。

「日和ー! よく頑張ったな!」

無亮。

「ひ、日和さん! もう大丈夫ですから!」

公彦。

「……よく耐えた」

元兼。

 全員がそこに揃っていた。

「皆……!」

「姫ー! 待たせた、今助けらぁ!」

「た、大成! うつしものを!」

「うあああ!」

大成が何かを押すと――うつしものが現れた。

 その数も、百はくだらない。

「おっと、今度こそ、大勝負とくらぁ。腕が鳴るねぇ」

「今日は銃弾もたくさん持ってきた! 僕は全く問題ない! それより、君たちが大丈夫か?」

「誰に行ってんだ坊主!」

「ぼ、僕はちょっと……緊張で足が震えてきました……」

「俺がほとんど受け持つ」

「というわけだ――では、無亮! 参る!」

その言葉に乱戦が始まった――


「……」

信じられないものを見るような目で、柴又祐希は辺りを見回していた。

「どうして……」

「”うつしもの”がいると、困る人がいるから……」

本当は彼らが何のために戦っているかなんて、よくわからない。

 何せ、彼らはそれぞれが思惑を持ちあの館にいるのだから。

「だから、私も戦うの!」

声を上げると、抜刀した。

「――! た、大成! 助けて!」

柴又祐希の声に大成が慌てて駆け寄ってくると、柴又祐希を担ぎ上げた。

「武藤さん――私すこし貴方がうらやましい」

「だって大成は携帯電話をなくしたら、私をこうして守ってはくれないと思うから」

「……そんなこと、ないよ」

「――そういう風にいえる貴方が本当に、羨ましいわ――」


「日和ー! こっち手伝え!」


土岐宗の声が響く。

 さすがに、苦戦しているらしい。

「ふん、じゃあまたね」

「……」

「私、諦めたわけじゃないから」

柴又祐希は体制に担ぎ上げられて、闇に消えていった。

 日和は、それを見届けると――戦列に加わった。





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