第二章 六~十
6
結局、林太郎の用事と言うのは”昨日どうして遅かったのか”、”今日の稽古はどうするのか”この二つだった。
日和は林太郎から手ほどきを受けた後、昨日のように出かけるか尋ねられたのだが、それは遠慮した。
(だって、林太郎さん、目もあてられないくらいだったから……)
稽古の最中もそわそわと辺りを見回したり、終始落ち着かない様子だった。
日和が話しかければ素っ頓狂な声を上げるし、昨日は型まで見てくれたというのに、今日はほとんど何も話しかけられなかった。
(やっぱり、この時代の人は純情、っていうのかな……)
とにかく、あの状態の林太郎と出かけたら何がどうなってしまうかわからない。それに、昨日の様子であれば、日和をもてあましているようにも見えた。それなら、林太郎のためにも別々に行動するのがいいだろうと判断したのだ。
(それにしても、林太郎さんって結構面倒見がいいんだなぁ)
昨日からの一日で、そう感じた。一見とっつきにくいように見えるが、男性とばれないように気にする辺りや、責任を取る、など真面目で面倒見がいいように思われた。
そんなことを考えながら日和は今、掃除用具のある場所を探しているところだった。
ただでさえ広い屋敷なのだから、中々見つからない。
まして、日和にはこの時代に掃除用具をどこに仕舞っておいてあるのか、まったく見当がつかなかった。
「ん?」
その時、窓の外をぼうっと眺めている人物がいた。
(花園さん、だったっけ)
彼が掃除用具の場所を知っているとも思えないが、このまま素通りするのもなんとんなく気まずかったため、日和は勇気を出してその後姿に声をかけていた。
「は、花園さん!」
常とは違う様子でぼんやりとしていたため、何故か話しかけるのにいつもよりも緊張したが、振り向いたらいつもの花園だった。
「おぉ、麗しの君!」
「わ……」
それまでの様子からは想像できないほどの大声に思わず日和は耳をふさいだ。
「どうした!? 僕に何か用か!?」
にこにことまとわりついてくる様は悪い人間には思えない。
「君から話しかけてくれるとは嬉しいなぁ、嬉しいなぁ! なんだい? もしかしてデートのお誘いかい!? 土岐宗の阿呆にばれたら怒られるけど、君のために怒られるなら喜んで!」
しかし、――
(なんというか、変わった人だよね……)
探偵は今日は焦げ茶のホームズセットを着込んでいた。
「何か見えましたか?」
このままでは探偵のペースにはまってしまう、と判断した日和は花園の言葉には答えずに、窓の外を眺めた。
そこには、ただ、館の庭が広がり、その先には門があるばかりだった。
「うん、見えたよ! とっても面白いものがね!」
ひょいっと花園が日和の後ろから顔を出した。
「ん? あれ? もう見えなくなってしまったなぁ……」
「そうだったんですか……」
(なんだったんだろう?)
そう考えていると、花園が髪に顔を埋めてきた。
「――キャッ!」
「うーん、君は髪も麗しき匂いだ……って、どうした? そんな女子のような声を出して?」
「べ、別に何でもありません!」
「まぁ、別にいいけど」
身を離した花園はにやにやと笑っている。
(もう……)
日和はこれ以上その話題に突っ込まれないように、掃除用具が置いてある場所を尋ねてみた。
「掃除用具……? うーん、わからないなぁ」
「そうですか」
「掃除用具なんか何に使うんだい」
「えっと、掃除でもしようかと……時間を持てましてますし、それに、今までずっとこういう暇なときって掃除とか料理とかしていたので、できればそういうことをしていたんですよね」
「ふうん? 君は男子なのに家事をしていたの?」
「――!」
背中をつつっと冷たい汗がつたう。
「そ、それは……」
「それは?」
花園がぐいっと目を覗き込んできた。猫のようにクリッとした瞳が好奇心に輝いている。
「そ、それは……」
日和が答えられずにいると、花園は日和とから顔を離すと、にやりと笑った。
「なるほど、あんまり事情を説明したくないってことだね!」
(た、助かった……)
花園はなにやら一人で呟きながら、「そういうことなら仕方ない」とか「辛い思いをしたんだね」と頷いている。
(花園さんも……悪い人じゃないんだよね)
「大丈夫、人間っていうのは色々な事情を抱えているものなんだから。ちょっと囲われていたことなんて気にしちゃだめだよ!」
「囲われ……?」
(何だか今度はとんでもない勘違いをされているような……)
「あいや、皆まで言わなくていいよ! 僕だってそこまで野暮天じゃあないのだからね!」
芝居がかった口調と仕草で見栄をきっている花園を見ていると、段々関わらないほうがよかったかもしれないという気持ちになってくるから不思議だ。
「えーと、花園さん? それでですね」
「おっと! 日和」
「……!」
じっと再度瞳を覗き込まれて、思わず硬直した。
飴色の瞳が先ほどよりも真っ直ぐに日和を見つめている。
「な、なんですか?」
何故かドギマギと目をそらすと、花園は何故か満足そうににやりと笑った。
「梅丸、でいいよ! 親しい人にはファーストネームで呼ばせているんだ」
ハンチングを被りなおす花園に、何故か日和は眩暈がした。
「えっと……じゃ、じゃあ梅丸さん」
「なんだい!?」
「掃除用具を探したいのでそろそろお暇したいのですが!」
花園に釣られて、こちらも大声になる。
「ふむ。そうか。確かに君は掃除用具を探していたんだったね!」
「えっと……失礼します」
横をこっそり通り過ぎようとしたその時だった。
「よし! 僕も一緒に探してあげよう!」
花園が声をあげた。
「え……! そ、それは……」
遠慮しておきます、と言おうとしたが、大げさな身振りで遮られる。
「探し物には人手が必要だよ、そうだろう!?」
「あ……そうなんですけど……」
これ以上花園といると何かとんでもないことが起きるような気がしたけれど、日和ははっきりと断ることもできなかった。
(だって……なんか怖い……!)
花園のような青年は今まで日和の周りにいなかったので、日和は何をされるか怖くてはっきり自分の意見を言うことが出来なかったのだ。
「よし! では、掃除用具探しにしゅっぱーつ!」
廊下に響き渡る声で、花園が叫んだ。
*
掃除用具を探しに入り口まで来た。
「確か、倉庫みたいなのが庭にあった気がするんだよ」
というのは花園の弁。
「そ、そうなんですか……」
「あるとしたらそこだろうね。ただ、問題は僕がその倉庫の場所を全く知らないということだ!」
「うーん、なるほど……」
「というわけで、僕はこっちを探すから、日和は向こうを探してきなさい!」
それだけ言うと、花園は走っていってしまう。
(うん……いい人なんだよね)
花園だって用事があるだろうに、日和に付き合って掃除用具探しまで積極的に参加してくれている。
(いい人なんだろうけど……)
何かずれているような気がする。
日和はそれでも、一生懸命探してくれている花園をむげにすることもできず、指し示された方向に向かった。
庭には確かに離れ、蔵などが点在しており、このどこかにはありそうな気もした。
(とりあえず、梅丸さんのことを探してみよう……)
そう考え、門の近くにある蔵へ向かって歩き出したときだった。
(――あれ?)
日和は見慣れた制服姿の女生徒が、大通りにいるような気がして……そちらを振り返った。
(あれは――)
「――柴又さん?」
大通りに立って、じっとこちらを見ているのは、柴又祐希だった。
柴又祐希は日和の記憶のまま、めがねをかけ、日和の高校の制服を身に着けている。
その装束はあまりに目立っていて、柴又祐希の横を通る人間は皆彼女を振り返っていった。
その人々の視線にも気付かない――いや、意に介さないようで、柴又祐希は無表情とも思える表情で日和をじっと見ていた。記憶と違う点があるとしたら、そこだった。柴又祐希は内気で大人しそうであっても、少なくとも表情がある少女だった。
「え、何で――」
本当に柴又祐希なのか。
だとしたら、どうしてここにいるのか?
(ここは、大正時代のはずなのに――)
聞いてみないとわからない。
そう考え、柴又祐希に近づこうと足を動かした瞬間だった。
柴又祐希が突然踵を返して駆け出した。
「どうして逃げるの!?」
その後姿に声を投げかけても、小さな背中は立ち止まろうとはしなかった。
「待って――」
「おっと」
「!」
その時、聞きなれた声がして駆け出した日和を抱きとめた。
「どうした、そんなに慌てて?」
「! 無亮、さん……」
「何か盗られたか?」
突然現れた無亮は日和の駆け出そうとした道の先を見る。
慌てて柴又祐希の背中を探したけれど、日和は束の間安堵した。
それと同時に、矢張りあれは幻だったのではないかという気がしてきた。
余りに現実味のない映像だった。
(だとしても、どうして?)
しかし日和は無亮がじっと見つめているのに気付いて自分を落ち着かせるように息をはいた。
「何でも……ありません」
大きく息を吐く。
よく考えたら、こんな場所に柴又祐希がいるわけがない。
(きっと見間違え、だよね……でも、あんなにはっきり?)
「なんでもないならいいのだが」
無亮も大きく息を吐くと、日和に目線を合わせてきた。
「何かあったら言えよ?」
「……」
無亮の目は、大きな優しい目をしていた。
日和のことを本気で心配して、慈しんでいる目。
(……なんだか”お父さん”みたいで、落ち着かないな……)
日和はもぞもぞと視線を動かす。
そんな態度に、無亮は息を吐き、腰を上げた。
「まぁ、お前さんは強いらしいから。俺達の力も必要ないかもしれないけどな」
「え?」
意外な言葉に顔をあげる。
無亮の顔が逆光で見えづらい。
日和は目をそばめた。
「土岐宗が褒めていたよ。どんな流派なんだ? 良かったら今度手合わせしてくれないか!」
7
その後、掃除道具は結局見つからなかった。
日和は花園に礼を言うと部屋に戻った。
部屋に戻った瞬間、何故か力が抜けて床に座り込んでしまった。
考えるべきことはたくさんあった。
無亮の言葉、柴又祐希。
(どういうことなんだろう……)
日和がここにいる時点で、柴又祐希がいても不思議ではない。
無亮の言葉であっても、土岐宗は実際に昨日日和の手際のよさには感心していた。それ以上の意味があるとは考えたくなかった。
日和はベッドに横になると、ずっと答えの出ないことを考え続けた。
(柴又さんが本当にここにいるとして、そうしたらどうやって暮らしているんだろう……?)
考えれば考えるほど、あれは幻だったように思える。
よく考えれば、柴又祐希が駆け出して日和が後を追って――無亮が間に入った。その後すぐに柴又祐希がいた場所を見たけれど、すでに姿は影も形もなかった。
――現代のように、人通りが多いわけではない。
少なくとも、見渡すことはできた。
それよりも、問題は無亮と土岐宗が日和に”興味を持っている”ことだった。
天睛のところへ相談しにいったものの、影鴇が冷たく対応するだけだった。それによると天睛は不在でいつ戻ってくるかわからないということで、影鴇は胡散臭げに日和をにらみつけた。
(どうしよう……)
夜になれば天睛が戻ってくる。
(相談はそれからで、いいか……)
そして、今日も携帯電話を開こうとしたのだが――
「あ……」
電池のゲージが3つから2つになっていた。
(そっか、充電してないから……)
日和は急いで電源を切ると、携帯電話をクローゼットに隠した。
そして、ベッドに仰向けになった。
何もすることはない。とはいえ、もう今日はこれ以上出歩く勇気もなかった。
日和はゆっくりと目を閉じた。
起こされたのは、昨日と同じ、影鴇からの緊急召集だった。
*
「こんなに連日連日来ることは、今までになかったんだけどなぁ」
横で土岐宗がぼやいた。
「大丈夫、って剣士に聞くのは野暮ってもんさね」
土岐宗がそう話しかけてくるので、愛想笑いを返すことしかできなかった。
結局、天睛にも林太郎にも相談することが出来なかった。
どうやら”数が異様に多い”らしく、今日は全員が強制出撃だった。
――今日も弐地点。
桜田門の大きな門が間近に見えてきたときだった。
「――姫、わかるか?」
「?」
「あの向こうの角にいる。俺はそっちに行くから、姫は向こうに向かってくれ」
桜田門の前、正反対の方向を指し示される。
「は、はい……!」
「じゃ、行くぞ!」
土岐宗が駆け出す音を背後に、日和も指示された方向に向かって歩き出した。
「――こっち、かな……」
濃霧が濃くなってくる。
(大丈夫……昨日と同じようにやればできるんだから……)
そして、ある角を曲がったときだった。
「アー……」
「!」
(うつしもの……!)
まさか角を曲がったところにいるとは思わなかった。
「――!」
日和が手を翳すと……
昨日と同じようにうつしものは消えていく。
(――大丈夫、大丈夫)
自分に言い聞かせるようにして、闇の中を進んでいく。
「ひぃいい! た、助けてくれぇえええ!」
その時だった。
「どうしましたか!」
向こうから半被を着込んだ男が駆けてきた。
「う、……”うつしもの”だ! 助けてくれぇ、旦那様が……!」
「落ち着いてください!」
男は慌てた様子で日和にすがってきた。
完全に混乱しきっているようだった。
「刀を持ってるってことは戦えるんでしょう!? お願いします! この道の先をいったところですから!」
「わかりました!」
危険な人がいるなら放ってはおけない。
日和は気合を入れると、男が指した方向を確認した。
確かに向こうの川べりには、濃霧が漂っている。
「大丈夫ですから、貴方は逃げてください」
「あ、あいっ! 本当にすまねぇ! この礼は助かってからしますから!」
男は最後にそう叫ぶと、勢いよく駆け出していった。
ごくり、と息を呑む。
そして日和も駆け出した。
川べりには、柳の木が生えていた。
日和の時代の――現代の川とは全く違う様相で、石垣に囲まれ、落ちないための手すりもないため、少し覗き込むとひやりとした。
その代わり、水は清らかにさらさらと流れていく。
その川べりで、ちょうちんが落ち、燃え盛って辺りを明るく照らしていた。
そこに――
「うつしもの!」
ちょうちんの傍で腰を抜かしているようだったでっぷりと小太りの男性がその声にこちらを振り向いた。
「お、おぉ、君は……天睛の組織の――!」
「け、怪我はありませんか!」
駆け寄ると、男性は人力車が足に倒れこみ、動けないようだった。
「助けてくれ! 私は力がないんだ!」
「待ってください、今助けますから――」
「おぉ、おぉ、お願いするよ! 助けてくれるなら金はいくらでも出す! 軍需で有り余っているんだ!」
「わかりましたから……!」
すがりついてくる男性をなんとかなだめ、日和は息を呑むと、うつしものの前に飛び出した。そして、手を掲げるが――
(え、どうして……!?)
うつしものは消えなかった。
「何をやってるんだね君!」
「こ、こんなはずじゃ……!?」
その時、うつしものが腕を振り上げ――
振り下ろした。
「――ぐっ!」
その拳が当たった瞬間に、頭が真っ白になり、目がちかちかした。
叩きつけられて、頬に当たる感触で、自分が地面に倒れこんだことを知った。
(痛い……)
なんとか立ち上がろうとするのだけど、体に力が入らなかった。
徐々に体の感覚が戻ってきたけれど、日和の手は地面を上滑るだけで、動いてくれなかった。
――その時だった。
遠くから、土岐宗の声が聞こえてきたのは。
8
日和が担ぎ込まれてきたのは、作戦開始から一刻たったところだった。
残りは土岐宗が殲滅して戻ってきたらしい。
日和の怪我は命に別状なく、ただの脳震盪のようだった。
日和が遭遇していたらしい救助対象は土岐宗によって無事に助けられて、後ほどお礼を送るといっていたそうだ。
*
「困ったことになりましたね」
解散した後、天睛と林太郎は日和の寝室にいた。
日和はまだ目を覚まさない。
命に別状がないとはいえ、巻かれた包帯が痛々しく見えた。
「天睛、どうしてこんなことに?」
「わかりません。日和さんが起きてから事情を聞いてみないことには」
「……」
林太郎はすることもなく日和をじっと眺めた。
日和は不思議な力を持っていて、それがずっと続くものだと思っていた。
だけど、日和は今こうして林太郎の前で包帯を巻いて眠っている。
――自分が、ちゃんと剣を教えなかったから?
林太郎の頭には先ほどから――いや、日和が怪我をしたと聞かされてからずっとその疑問が頭を巡っていた。
「日和さんの力は恒久的というわけではないのでしょうか? それとも、初めてうつしものにやられている人間を見て気が動転した? 後ろからやられた?」
天睛がぶつぶつと呟いている。
確かに、そのどれかしか考えられなかった。
「……ん? でも、天睛。それなら日和がおでこを怪我した理由がわからない」
「……成る程、では矢張り後ろから攻撃された、というわけではないのですね。となると、どうして……?」
「……ん」
その時だった。日和がかすかなうめき声をあげて、目を覚ました。
「ここは……私……」
「気分はいかがです?」
記憶が混乱しているらしい日和を見て、人払いをしてよかったと心から思った。
「ここは私の館です」
「あ……私……いや、僕……うつしものにやられて……」
日和はそこで思い出すように目線をさまよわせた。
「……あの人は?」
「ん? 救助対象ですか? ……大丈夫ですよ、土岐宗に助けられて家に戻っていきました」
「良かった……」
「人力車を出せば大丈夫だと思ったようですね――使いに刀を持たせたのにいざ出ると逃げ出したと文句を言っていましたよ」
「……ふふ」
天睛の言葉に日和が微かに口端をあげた。
「それよりも、日和さん。どうしてこんなことになったかわかりますか」
林太郎は思わず身を硬くした。
日和から責める言葉が出ても仕方ないと思った。
しかし、日和はまた考えるように目線をさまよわせると、かすれた声で口を開いた。
「天睛さん、おかしいんです……私……」
「おかしい? どうしました?」
「”力”が……」
「力?」
「上手く、出なかったんです……」
「上手く出なかった」
天睛は鸚鵡返しにそう言うと、考え込むように目を伏せた。
「一体目は大丈夫だったんです、倒せたんです。だけど、二体目……あの人を見つけて、対峙した時でした。手を翳したのに……”力”が出なくて……」
「ふむ……矢張り、力が消えた?」
「わかりません……あの、力が消えたらどうなるんですか? 私……ううん、僕は……」
「……」
天睛と日和がじっと見つめあう。
「……調べてみます」
天睛は日和のすがるような目から逃げるように、踵を返した。
「……」
日和は困ったように、悲しそうに顔を歪ませている。
(どこかで、見たことがある)
そこまで考えて、無亮のあとを追う子どもたちの顔に似ているのだと気付いた。
林太郎は何故か胸が軋んだ。
それは例えば、林太郎がちゃんと剣術を教えていれば、たとえ”力”がでなくてもうつしものには対抗できたということ。
そのことを考えると、林太郎は罪悪感で胸がいっぱいになった。
「……」
天睛は無言で林太郎の横を通り過ぎると、扉から抜け出していく。
その後を追い――そして、出る瞬間に日和を振り向いた。日和は相変わらず悲しそうに顔をゆがめている。
「……直ったら剣術を教えるから」
それは林太郎の、重い罪悪感から逃れたいという気持ちが口から出ただけだった。
それでも、日和が嬉しそうに、あまりに嬉しそうに笑ったので、林太郎はなぜか胸が弾むのを抑えられなかった。
*
闇の中、男が膝から崩れ落ちた。
「ばあすは上手くいったのに、どうしてだよ!」
邪魔された。
強い相手がいる。
今までよりも強い相手がいる。
「此方だって、強くなっているのに」
”それ”を得て、ばあすの成功率も、
数もずっと増えた。
それなのに――
暗闇に真っ白な裸足の足が浮かび上がる。
それはゆっくり彼の元へ。
「――そう、ちょうど君に似ている力だ」
闇の中で、白いセーラー服を着た女の子が無言で立っている。