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【シャーデンフロイデの鏡】

「姉様。またこうなることを知っていたんですか?」

こうして依頼がぶつかることはこれで何度目だろう。199回の決闘に臨む少年少女も、2つの香を求める男たちも。これで何度目か。

今回もそうだ。母親の代わりにさせられた娘と、母親の代わりにしたい父親。きっと娘に渡した毒薬で父親は死に、父親に渡した薬で娘は自我を失う。後に残ったのは虚ろになってしまった娘だったものだけだ。誰も幸せにはならない。

「姉様はなんて恐ろしい人なのでしょう」

「何とでもお言い。それが私よ」

定型句となってしまった掛け合いをしたところで、彼女は妹が何か聞きたいことがあるような顔をしていることに気付く。

「何?」

「あぁ、いいえ。その……出掛けないのかと思いまして」

こうして依頼がぶつかった時、彼女は両方を破滅させる。そして後に残ったものを回収する。修羅の骨、忘れ草、その他諸々。

ならば今回も何か残ったものを回収しに出掛けるはずだろうと思っていたのだが、その気配がない。

「残るものがなかったからね」

残ったのはただ毒で死んだ父親と、廃人になった娘だけだ。毒などその辺にあるありふれたものだったし、廃人になった娘では呪いの道具にも素材にもなりはしない。娘は適当に誰かが病院にでも入れるだろう。それか発見される前に衰弱死するか。どちらにしろどうでもいい。客が語る動機や理由がどうでもいいのと同じように。

「何でヒトは理由を語ろうとするのかしらね」

「姉様でもわからないことがあるんですね」

その感覚はわからないと口にする彼女の呟きに驚きの声が漏れた。この家に見習いとして住むようになってから、彼女はずっと妹にあらゆることを教える側だった。彼女は常に指南役であったし何でも知っていた。

その彼女がわからないことがあるというのだから驚きだ。

「そうね。えぇ」

それが我らとの差異かもしれない。理由を語り、懺悔をし、肯定されることで赦される。そうして正当性を得る。それは人間だけの習性だ。いったい誰に赦されたいのだろうか。誰に赦されれば正当であると思うのか。

人間の世に交じって長いが、彼女はいまだそれがわからない。自己正当化のロジックが理解できなかった。いや、理屈としてはわかる。罪悪感だとか何だとかの抑圧された行動だ。理屈はわかる。だがそれを実感として得られない。

あらゆる物事の知識としてはあるが実感がない妹と同じように、そうなったことがないのでわからない。

「まだまだ私も未熟ということよ」

そう結論付けてから、さて、と話を切り替えた。そもそと妹に掃除をさせていたのは、覚えた知識が正しいかを確かめるテストが間違っていたからだ。この店で取り扱うものは扱いを間違えるととんでもないことを引き起こす。だからひとつのミスも許されない。

「問題。シャーデンフロイデの鏡とは何でしょう」

「幸災楽禍からきている言葉で、ええと、対象を映す鏡ですよね、確か」

対象を設定するため、鏡を枠から取り外し、映したい相手の髪や爪などの一部を入れてから鏡をはめ直すという手順が必要となる。

そうして設定された対象に不幸が訪れると、その光景が鏡に映る。その不幸の様子は何回も再生され、新たな不幸で上書きされない限りずっと繰り返し続ける。

他人の不幸は蜜の味。使用者はそれを見て愉悦を感じるというだけの鏡。そこまでが一般的なシャーデンフロイデの鏡の伝承だ。

だが、扱いを一歩間違えるとと、それは恐ろしい呪いの道具になる。

「その扱いとは何でしょうか」

「鏡を見ないこと。不幸を覗くこと自体を拒否する……でしたよね?」

「えぇ」

不幸を覗くために設定したのに何で見ないのか。鏡に人格があればそう主張するだろう。

覗くための道具であるのにその本懐を遂げられない。そのジレンマを解決するため、シャーデンフロイデの鏡は使用者に何としても鏡を見せようとする。

かけられた布を振り払うだとか、箱にしまったはずなのに外に出ているとか、そんなかわいいものではない。夢に出るだとか些細なことだ。そんな些細な警告でも使用者が鏡を見ることを拒否すると、鏡はやがて鏡に映る光景をその場で再現しようとする。鏡を見ないのなら現実で見せてやるということだ。

つまりは映った不幸の光景を使用者を使って再現するのだ。鏡に映っているのが親族の死ならば使用者の親族も死ぬ。不幸と同じことが起きる。

そして再現するあまり鏡像と現実との区別がつけられなくなったシャーデンフロイデの鏡は、不幸を再現するでなく、自ら不幸を作り始める。より悪い事態を引き起こす。そして行き着くところまで行き着いて、使用者が見ることができなくなる――つまり死ぬことでようやく鎮静化する。

「そんなシャーデンフロイデの鏡がうちにもあるから気を付けてね」

「はい、姉様」

「では2問目。吸血の牙とは?」

神妙な顔で頷いた妹は、2問目を聞いて顔色を変えた。まずい、完璧に覚えていない。そう顔に書いてあった。教えてもらったのはたった2日前。名前と、ふんわりとした概要しか覚えていない。効果や使用方法なんてうろ覚えだ。とても危険であるということは記憶にあるが、どう危険なのかが説明できるほど飲み込めていない。

「……掃除してきます」

お手上げだ。自ら罰を受けに行こう。回答を諦めた妹の様子がおかしくて彼女は吹き出した。

「ふふ、素直な子ね」

なら正解は実践を交えて教えるとしよう。


からん、とベルが鳴った。

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