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【一生涯の金】

からん、とベルが鳴った。


客の願いはとても単純であった。

「一生遊んで暮らせるお金が欲しいんです」

一生を終えるまでに苦労しないだけの金が欲しいのだと客は言った。

その願いを聞きながら店主である彼女は思考をめぐらせる。一生というが、はたしてそれはいつまでなのか。いったい何十年後のことだろうか。

時間については蝋燭に尋ねれば答えが得られるだろう。名前が刻まれた人の寿命を示す蝋燭の長さがすなわち客の寿命だ。

問題は苦労しないだけの金額についてである。貨幣というものに馴染みのない彼女にはどれだけの金額を用意できるようにすればいいのかわからない。病や怪我で不意の出費を強いられることもあるだろう。不意の出費を踏まえての見積もりがまったく立たない。

いっそ無限に貨幣が湧き出す泉でも作ってやればいいだろうか。それはそれで面倒である。

「そうですね。1日10万ルーギとして、それ掛ける寿命ぶんということでどうでしょうか?」

現在の物価なら、一食100ルーギで腹いっぱいになれる。世界中を巻き込んでの戦争の影響で多少は高騰しているが、おおよそ衣食住については1000ルーギ程度あれば存分に足りるだろう。残りは貯金であったり遊興費に使う。

物凄く余裕をとって、毎日10万ルーギずつ支給されれば一生困らないはずだ。病や怪我での不意の出費にも備えられるだろう。

「…そう」

同胞が寿命を示す蝋燭について語っていた言葉を思い出す。すべての蝋燭がある一点でひび割れているという話だ。それは世界中の人間が同じタイミングで死ぬということを表していて、つまりは未曾有の大災害が起きて世界が滅亡するということを示す。

そのひび割れが指し示す世界の終末までの時間を数えながら、1日10万ルーギの単位と合わせて"一生遊んで暮らせるお金"を計算する。ざっと金額がはじき出せたら、その金額に足るだけの貨幣を取り出す手段を考える。

「あぁ。確か……」

用意できる手段の心当たりがあった。少し待っていて、と言い残して彼女は応接用のソファから立ち上がり、店の奥に消える。

ややあって、黒い布に包まれた包みを抱えて戻ってきた。

「これが貴方の願いよ」

そう言って包みを渡す。この包みの中にあるものが客の願いを叶えるものであった。

いったい何が入っているのか。薬店というからには薬か何か、いや薬瓶にしては大きい。胸を躍らせながら客は包みをほどいた。

ばさり、と出てきたのは白い紙帯できつく縛られた紙幣の束だった。白い紙帯は、それがある程度の金額の札束があることを示す。紙幣の額面は1万ルーギ。それが紙帯で留められていることは、100枚の紙幣の束であることを示す。

「…え? 100万ルーギ?」

きょとん、と客は目を瞬かせた。今日は月の下旬で、あと10日ほどで次の月となる。今月困らないだけの金額をとりあえず渡したのだろうか。店主である彼女がどういう手段で一生遊んで暮らせる金を用意するのかは検討がつかないが、それを用意するまでの間のとりあえずの措置として現金を渡したのか。

「いいえ。……確かにそれは貴方の願いよ」

前の客が不要だと言ったのに紙幣の束をいくつか押し付けてきて助かった。おかげでこうして客の願いを叶えられる。

無限に金が湧き出す泉は不要だ。だってこの札束そのものが客の願いなのだから。

一生遊んで暮らせるお金。つまりそれが、これ(札束)だ。

「……え? え?」

混乱する客に彼女は緩く首を振る。たった10日。それが残りの一生だ。間違いではない。ごまかしでもない。正しく一生分だ。

突然告げられた人生の残り時間を受け止めきれずに混乱する客に、彼女はついと手を払った。

「ごめんなさい。閉店時間なの」


身体が後ろに引っ張られていく感覚がした。否、風景が前進しているのかもしれない。

四面の薬棚に囲まれた店内の光景が一気に遠ざかり、扉が背後から前方へと駆け抜け、内開きの扉は音を立てて閉じた。拒絶するように閉まった扉の音に紛れ、からん、とベルが鳴った。

ソファに座っていたはずの自分は気付けばバザーの隅にへたりこんでいた。あの薬店があったはずの場所はただの民家の壁になっていた。

手には札束があり、さっきまでのことは現実であると告げている。幻ではない。

「あと……10日……」

震える声で呟いた。残された人生がたったこれだけだなんて。たった札束ひとつだなんて。

「あはっ、あはははははははは!!!」

思わず笑いが漏れた。あと10日で自分は死ぬのだ。病か事故か、はたまた殺人か。理由は知らないがとにかくこの命はあと10日で絶えるのだ。

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

壊れた人形のように札束を握り締めて笑う。雑踏が足を止め、あれはなんだと好奇の視線を寄越してくる。好奇の視線に構わずに笑い続けた。

だってもう、どうしようもないのだ。


からん、とベルが鳴った。

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