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【死避けの加護】

からん、とベルが鳴った。


世界が揺れた。それは世界中を巻き込んでの戦争の始まりであった。

だがそれは人間の話。ヒトでない者にはなんら関係のない話であった。この店もまた同じ。今日も人間は自らの主張のために剣を握るのかと俯瞰するだけである。

「やれやれ……これじゃどこも行きようがないなぁ」

嘆息したのは店主ではない。店主の"運命の男"として結びつけられた男であった。

旅を愛し放浪を旨とする信条の彼は、近ごろ世界中を巻き込んで起こるという戦争について気が気ではなかった。戦争が起きれば物も人の移動も制限される。そんな状態で旅をするのは難しい。だから紛争地帯には絶対に近寄ろうとはしないのだが、今回は世界中を巻き込んでの戦争である。世界中で人の移動が制限されている。

つまり実質、旅に出ることは無理なのである。

これが独り身であったら多少の危険を犯してでも放浪に身を任せただろうが、今は訳が違う。"運命の男"となった以上、自分の死は愛しい彼女の死に直結しているのである。これでは慎重にならざるをえない。

「リズベール。そのあたり疑問なんだが」

彼女の種族の掟により、彼女の生態について必要以上に深く知ることは禁じられている。"理屈は解らないがそういうものがあるのだ"と曖昧な認識のまま受け入れなくてはならないのだ。無理に暴けば鐘の音によって破滅する。

その境界を越えないように気を付けながら、彼は疑問を口にした。

ここは何でも願いを叶える薬店だ。好きな男の身柄の安全を守るための手段のひとつやふたつ、あってもおかしくはないだろう。

害意を抱いて近付いてきた者を、その害意を跳ね返して殺す呪具があることを知っている。それを使えば誰にも害されないお守りのようなものができるだろうに。

それをしないのは何故だろう。彼女が旅についてこないのは薬店で取り扱うものの管理のためであるが、ついてこない代わりにとしてお守りの類はもらったことがない。

疑問をぶつけられ、そうね、と掟に触れない範囲で彼女は答えた。

「理由は単純。山脈の蝋燭が貴方の死を指し示していなかったから」

人間の間では不可思議な伝承として語られている寿命の蝋燭の話だ。管理者もいない山をくりぬいて、その内部におびただしい数の蝋燭が並んでいる。蝋燭は生きている人間ひとりひとりに対応しており、その者の寿命を指し示しているとされている。

あれの管理者はいないということになっているが、実は彼女の種族が行っている。表舞台に出ず、存在を秘匿する掟により誰も管理していないように装っている。

その蝋燭は当然彼の分もある。彼の名前が刻まれた蝋燭は長く太く、とうてい火が消えたり汚損するようなことはなさそうだった。つまりそれは死が縁遠いものだということを示している。

蝋燭が死を指し示していないのだから彼はこの先も安全である。そう確信しているから彼女は彼に護符の類を渡さない。殺意を跳ね返して殺す呪具をお守りにして渡す必要がない。

「運命が"そう"なんだから"そう"なのよ」

蝋燭が汚れていれば病の予兆、ひび割れは怪我の予告。ぽっきり折れていれば他者から殺害されることを示し、ぐにゃりと歪んで曲がり千切れていれば自殺を示す。

真実を象徴する神を崇める彼女たちは世界中の人間ひとりひとりの運命さえも知る。示された運命の通りに蝋燭を加工して人々に寿命を示す。

「……リズベールが言うなら"そう"なんだな」

細かい理屈について深く知ることはできない。深入りしてはならない部分だ。曖昧なまま"そうだからそうなのだ"と納得するべきところだと察して彼は頷いた。

「そうね。……いつも苦労をかけるわ」

理屈を説明されないまま納得しなければならないのはさぞかし歯痒いだろう。心情を察して彼女は労いの言葉をかけた。だが掟に触れるわけにはいかないのだ。

彼女の種族はあらゆる事象の真実を知るがゆえに身を守らなければならないのだ。自分たちの存在を晒せば真実を求める探求者たちが群がってくるだろう。知的強姦者によって神秘のベールが剥がされてあらゆるものが暴かれる。

真実は希望ではなく絶望も含むのだ。だから彼女たちは自身の存在ごと真実を秘匿する。あの蝋燭の洞窟は彼女たちが世界に歩み寄ったわずかな接点なのだ。

さて蝋燭が真偽不明の伝承ではなく確固とした運命の提示だとして。彼女は先日やって来た同胞の話を思い出す。

確か、蝋燭はすべてある一点でひび割れているのだと。ひび割れというより、折れる寸前でどうにか持ちこたえて繋がっているという状態で、折れているといっても過言ではない様子だ。

洞窟内に灯った蝋燭、つまり今現在生きている人間の分だけではない。これから生まれるであろう小さな魂の分の蝋燭まで、すべてだ。

それが示す運命は未曾有の大災害による世界滅亡か、それに近い現象であるということ。世界中にあふれる人間がほんの一握りを残して死に絶えるということを示しているのだ。

「今までお守りなんて作ってこなかったけど、必要かもね」

「おいおい、旅には出ないぞ? 行きたいけど行けないし」

「そうじゃなくて……ほら、戦争に巻き込まれるかもしれないじゃない?」

世界の隅の小さな砂漠の島の小さな町の小さなバザーの小さな通路の小さな店だとはいえ。戦火がここまで降ってこないとは限らないのだ。もしそうなった時のためのお守りは必要かもしれない。そう話を続けた。

「ほらな? リズベールがお守りなんて作るくらい警戒してるんだ。旅に出たくても出られないさ。ベルベニ族としては口惜しいけどな」

「そうね、しばらく大人しくしていてちょうだい」

大人しく家にこもっていたところで、お守りなどあったところで、これから来る未曾有の大災害と世界の滅亡から免れるとは思わないが。

氷に葬られる日も近いだろうか。否、果たして葬る同胞が残っているのだろうか。無限に等しい生命力であっても生き残らないのではないだろうか。


からん、とベルが鳴った。


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