【修羅の骨】
悪魔は人に対して誘惑する。
彼らの誘惑はまるで蜜のように甘く魅惑的で、退けるには強固な意志が必要とされる。
人を惑わすものの中で、もっとも有名なのが蛇の魔女であろう。
彼女の薬はどんな願いも叶えるのだ。
からん、とベルが鳴った。
白鱗の蛇を肩に這わせて店主である彼女は客を迎えた。応接用のソファに座らせる前に、客の少女はまくし立てた。
「あいつに勝ちたいの!」
幼馴染でもありライバルである存在に勝ちたいのだと少女は言った。
「99勝99敗! あいつはいつも私に張り合ってくるの!」
些細なことで勝った負けたと突っかかって来る。
もうたくさんだ。だから、圧倒的な差異をつけて終わりにしたい。少女はそう訴える。
「だから」
「えぇ、わかったわ」
叶えましょう、と。彼女は言った。
少し席を外すと言い残し、ややあって彼女が箱を抱えて戻ってくる。
漆を塗り込めたように黒い重箱には持ち運びがしやすいよう取っ手が付けられており、そこに鐘が結わえつけられている。
その箱を机の上に置き、封として結ばれていた朱と紺の紐を解き、蓋を開けた彼女の指が滑る。ずらりと並ぶ小瓶の中から真紅の小瓶を取り出した。ラベルには何も書いていなかった。
「ありがとうございます! あの、お代は…?」
必死に貯めたのだろう、年齢の割に厚みのある財布を取り出そうとする手を制する。
「気にしなくていいわ。その代わり、後の保証は一切なしよ」
それでいいなら、と小瓶を机の上に置く。
「これを飲めばあなたの願いは叶うわ」
少女は迷わず、それを手に取り飲み干した。
その一刻前。
からん、とベルが鳴った。
黒鱗の蛇を肩に這わせて店主は客を迎えた。応接用のソファに座らせる前に、客の少年はまくし立てた。
「あいつに勝ちたいんだ!」
幼馴染でもありライバルである存在に勝ちたいのだと少年は言った。
「99勝99敗! あいつはいつも俺に張り合ってくる!」
些細なことで勝った負けたと突っかかって来る。
もうたくさんだ。だから、圧倒的な差異をつけて終わりにしたい。少年はそう訴える。
「だから」
「えぇ、わかったわ」
叶えましょう、と。彼女は言った。
少し席を外すと言い残し、ややあって彼女が箱を抱えて戻ってくる。
漆を塗り込めたように黒い重箱には持ち運びがしやすいよう取っ手が付けられており、そこに鐘が結わえつけられている。
その箱を机の上に置き、封として結ばれていた朱と紺の紐を解き、蓋を開けた彼女の指が滑る。ずらりと並ぶ小瓶の中から真紅の小瓶を取り出した。ラベルには何も書いていなかった。
「ありがとうございます! あの、お代は…?」
必死に貯めたのだろう、年齢の割に厚みのある財布を取り出そうとする手を制する。
「気にしなくていいわ。その代わり、後の保証は一切なしよ」
それでいいなら、と小瓶を机の上に置く。
「これを飲めばあなたの願いは叶うわ」
少年は迷わず、それを手に取り飲み干した。
からん、とベルが鳴った。
時間は前後したが、どちらの少年少女も同じ願いを抱いた。そして彼女は両方の願いを叶えた。どちらも等しく。
同じ場所で同じ願いを言い同じ薬を受け取った。違うのは時間だけだった。そう。時間だけ。2人の客はそれ以外のすべてが同じだった。
2人とも、その場で薬を飲み干すと店など顧みず一直線に何処かへ向かった。それが何処なのかというのは愚問だ。何処へなどと決まっている。お互いに争いの決着をつけに行ったのだ。
「199戦目。さぁ、どうなるでしょうね」
机の上に残された空瓶を片付け、彼女は楽しそうに微笑んだ。
「姉様。どうなるというんですか?」
頬笑む彼女とは裏腹に事態が飲み込めない。いったいどうなるというのだろう。今まで大人しくソファに座っていた妹は彼女に訊ねた。
「2人に渡したものが何だか教えてあげるわ。あれはね、闘争本能を刺激するの」
その薬によって、あの2人はぶつかり合うだろう。文字通り死闘が繰り広げられる。薬によって肥大化した闘争本能を剥き出しにして激突する。
だが、実力は拮抗している。決着はつかない。言ったろう。違うのは来店の時間だけだと。それ以外は何ら差異はないと。それはこれまでだけではなく、これからもだ。
何も差異はない。ぴったり釣り合った力は完全なバランスで保たれていてどちらかに傾くことはない。勝ちもしないし負けもできない。勝負は永遠に続く。
そうして、いつまでも終わらぬ闘争にやがて肉体は崩壊を迎えるだろう。この崩壊もまた同時に訪れる。一瞬の誤差はあるかもしれないが、共に斃れるに違いない。
「力尽き果てるまで戦って、そして共に斃れてしまった時に残されるもの。わかるかしら?」
「……骸、でしょうか?」
正解だと彼女は頷いた。
求めるのは血と肉。狂乱のまま残されるのは修羅の骨。これは彼女が見通していた事実だ。そして、彼女が2人の客から得る報酬である。
――何度も戦い、そして戦いの中死んだ者の骨は、狂戦の闘争心を宿す呪具となる。
「そろそろ出かけましょうか」
彼女の思惑通りなら、呪具はすでにその場にあるだろう。それを回収しに行くのだ。外套を羽織り、外出の用意をする彼女を見、そっと呟いた。
「姉様はなんて恐ろしい人なのでしょう」
彼女の薬はどんな願いも叶えるだろう。
しかし、願いが叶う代わりに貴方は命を失ってしまうのだ。