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【生命の蝋燭】

ヒリディヴィという山がある。

そこには無数の蝋燭が灯されており、その一つ一つには人の名前が書いてある。

それらは世界に生きるすべての人間の数だけ存在する。個人名が刻まれた蝋燭はその人の寿命を示し、火の勢いは生命力をあらわすという。


からん、とベルが鳴った。

人の目を忍ぶようにそろそろと入ってきたのはひとりの寡婦だった。夫を亡くして間もないのだろう、黒いベールで顔を隠していた。身なりは整っていて、持ち物からそれなりの上流階級の女性であることが察せられた。

「いらっしゃい、願いはなぁに?」

喪服の寡婦よりもはるかに闇の色をした女店主が迎え入れた。応接室にあたるスペースのソファに寡婦を座るよう促す。

応接ソファに腰を落ち着けた寡婦は未亡人らしくない派手な口紅が乗った唇で、ある山の蝋燭の伝説を説いた。寿命を示す蝋燭の伝承を。

「……そこに行く手段が欲しいということでしょうか?」

「いいえ、そこにはもう行きましたの」

妹の問いかけに寡婦は首を振る。

そのやり取りを眺めつつ、彼女は話の続きを促した。長々と伝説を語るからそこに行きたいのかと思えばそうではない。ならば願いは何なのかと問う。

「行ったの。でも、あたくしの蝋燭はこんなに短かったのですわ!」

寡婦が手で指が3本縦に並ぶ程度の幅を示す。あの山で見た自分の蝋燭は他の蝋燭のどれよりも短かった。

「このままではあたくし、近いうちに死んでしまうのではと……」

事故死か病死か、それとも誰かしらに殺されるのか。そこまでは蝋燭は示してくれないが、とにかく蝋燭に定められた自分の命は短かったのだ。

こんなところで死ぬわけにはいかない。死んでたまるか。

「せっかく遺産を手にしましたのに!」

家が決めた結婚。夫となる相手は気持ちの悪い男だった。人間そっくりの等身大の人形相手に話しかけ、愛情を注いでいた。たかが物である人形をまるで人のように扱っていたのだ。

気持ち悪くて仕方なかった。家が決めた結婚であること、男の生家の方が身分が高かったこと、いろんな要因で結婚を断ることができずに男と連れ添わねばならなかった。嫌悪しながらも泣く泣く嫁ぎ、そのことを執事に愚痴った数日後、夫となった相手は外出先で死んだとの報を受けた。気持ち悪い人形も行方知れずだそうだ。

夫婦生活は1ヶ月にも満たなかったが、妻は妻。男の持つ遺産はそっくりそのまま寡婦のものとなった。なんという僥倖なのだと神に感謝した矢先にこれである。

「こんなところで死んでいられませんの。どうにかしてくれませんこと?」

強欲で傲慢な寡婦の要求はそうだった。自分の短い蝋燭を何らかの方法で長くしてくれないかと。

依頼を受けた店主は、叶えましょう、と言った。その代わり交換条件があると。

「あなたの知人、友人、家族…執事…行きずり……誰でもいいわ。ひとり、連れてきて」

「人を?」

「えぇ。この店には人が足りないから」

店の経営の手伝いをしてもらう。誰でもいい。誰か連れてくれば願いを叶えよう。店主の言葉に寡婦は店を出た。

「姉様ったら悪い人」

「何とでも。それが私よ」


数日後。寡婦は言われた通りに人を連れてきた。どんな秘密も秘匿する信頼の置ける執事だという。寡婦の紹介を受け、店主である彼女は執事を店の奥へ手招きした。

「あなたはそこで待っていて」

寡婦を残し、彼女は執事を伴って店の奥へと消える。ややあって、彼女だけが戻ってくる。その手には化粧箱に納められた白い蝋塊が乗っていた。

「これを蝋燭にかけて、継ぎ足しなさい」

「あの、執事は」

「店を手伝ってもらうことにしたの」

とても優秀な人間だからこの店でもやっていけるだろう。そう微笑んだ彼女は寡婦に蝋塊を渡した。

「……ありがとうございますわ」

不審に思いつつも寡婦はそれを受け取る。代金は良いと言われ、そして店を出た。


さらに数日後。寡婦は下働きの娘を伴って店を訪れた。一体ここは何処だ、こんなところに奥様は何の用があるのかと不安そうな娘をよそに、寡婦は事の顛末を話し始めた。

それは先日、蝋塊を受け取った後のことである。言われる通りに蝋を継ぎ足し、他の蝋燭と遜色ない大きさにしたのだという。だが昨日、心配になって再び見に行ったら蝋燭は元通りの長さになっていたのだ。

「だからもう1回継ぎ足そうと思いますの! 蝋塊をくださいませ!」

交換条件である店の手伝いはこの通り連れてきた。娘を店主の方に押しやり、寡婦はそう要求した。

「えぇ。大歓迎よ。うちは本当に人が足りないから」

おいでなさい、あなたは今日からこの店で働くの。手招きした彼女は先日と同じように娘を店の奥へ連れていく。しばらくして、先日と同じように蝋塊をおさめた化粧箱を持って戻ってくる。

「さぁ、これであなたの願いは叶うわ」


さらにさらに数日後。再び寡婦は庭師の男を連れて店の扉を叩いた。

やはり蝋燭はすぐに短くなってしまって、新しく継ぎ足すものが必要なのだと依頼する。店主である彼女は庭師を店の奥へ連れていき、蝋塊を持って戻ってくる。

「ありがとうございますわ」

それを受け取り、うっそりと彼女は笑う。これでまた生きれる。

あぁ、この店はなんと素晴らしいのだ。ひとの命を継ぎ足せるだなんて。執事も下働きの娘も庭師もそのための生贄だ。人が足りないという店主の言葉は文字通りだ。"人"が足りない。この蝋塊の素材が何であるか、とっくに寡婦は気付いていた。だが止めない。

「次はもっと大きな蝋をくださいましね。必要な人材は提供しますから」


執事、下働きの娘、庭師。給仕、召使い。使用人。料理人。馬車の御者。家庭教師。雑役婦。厨房のパン焼き職人。皿洗いの女中。御用聞きの小間使い。荷運びの下男。

寡婦は様々な人物を連れて店を訪れる。そのたびに店の奥へと消える人間。代わりに差し出される蝋。溶けた蝋を継ぎ足して積み重ねるように罪を織り重ねて自身の命を燃やす。

「やっぱり。子供の方が大きい蝋をもらえるのですわね」


ヒリディヴィ山に棲まう化物の存在を知っているだろうか。

溶けた蝋が積み重なったような見た目をした醜悪な化物だ。溶けて形を失い、かろうじてそれとわかる手で火のないランタンを持ち、山を徘徊している。

あの化物は自身の蝋燭に固執し執着した人間の罪を象徴した姿と言われている。他者の蝋燭を奪い、不当に生命を継ぎ足していった結果、あのような姿に成り果てる。

化物の持つ虚ろのランタンは人の欲望を増長させる恐ろしい呪具になる。


あなたの蝋燭はあとどれくらい?

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