【滅亡の楽譜】
からん、とベルが鳴った。
からん、からん、からん。鐘の音は夜の闇に響く。
かがり火もない黒い外套の集団が夜道を歩く。鐘を鳴らし音もなく進むそれは何処からともなくやってくる。そして何処かへ去っていく。それはまるで死神の葬列のようだった。
彼女もまたその列に加わった。からん、と鐘を鳴らして。蛇の子よ、と何処からともなく囁かれた声が彼女を列に迎え入れる。
「来やれ、来やれ、同胞よ」
静かな声の誘いに従って歩く。からん、からん。鐘が鳴る。音は夜の闇に遠く響く。
「今宵の罪は格別よ」
「結びついた男が我らの存在を広めた」
「裁かねば。あぁ裁かねば。同胞よ、来やれ、来やれや、裁きのために…」
蛇の淫魔の種族は無限とも言える寿命と驚異的な薬学知識を持っている。
彼女らに願えばどんな願いでも叶うという。相応の代償はあれど、それを無視できるのならば不老不死も永遠の若さも無限の財産も思いのままだ。
何をしてもいいし何でもできる。圧倒的無敵。だが唯一の弱点が用意されている。それは、その無限の寿命の中でただ一人"運命の男"に出会うということだ。一律で決まっているわけではなく時期は不定。自我を持って数十年程度から、1000年かけても出会わない時だってある。だが、どんな個体でも必ず運命の邂逅はある。
そして選択を強いられる。"運命の男"と添い遂げることを選べば、無限にあった寿命は限定され、人間と変わらない身体となる。知識までは削除できないので薬学知識はそのままだが。その代わり、毎日が満たされ、充実し、幸福である。
もう一つの選択は、"運命の男"を殺して淫魔としての自由を得るということである。自らの口で縁を放棄することを宣言し、そして男を殺す。今までの無限の寿命と自由と引き換えに永遠の枯渇が訪れる。何をしても満たされることはない。
しかしながら、"運命の男"になる男にメリットがないわけではない。彼女らにとって、"運命の男"とは絶対の存在である。どんな命令も聞かなくてはならない。
この報告書を記している私がこの情報を入手したのもその盟約のおかげであり――
――とある教師の日記より
からん、とベルが鳴った。
葬列は屋敷を取り囲み、波のように静かに迫る。
人ならざる感覚で葬列は同胞の気配を探る。しかし、屋敷からは同胞の気配がしなかった。
「おぉ、おぉ、同胞よ」
「自らの死をもって刑罰を増やしたか」
我々の存在は人間には知られてはならない。みだりに知ろうとする者があれば殺めて追求の手を断ち切る。もし仮に必要に迫られて知った時でも、それを無闇に広めてはならない。胸の内にしまっておくものである。それを破ればこうして鐘を鳴らす葬列の手によって闇に葬られる。
ましてや、その掟を知っている本人が知識や生態を吹聴するなどあってはならない。では今回、知った男が外部に広めるためと知っていてそうなったのは何故か。簡単だ。彼女にとっては彼こそが運命で繋がれた男だったからだ。だから掟に触れると知っていても、運命の相手の要求に背けず自らのことを口にしてしまった。それほどまでに"運命の男"からの要求や願いは絶対なのだ。
絶対の命令に反することができず従ってしまった。掟に触れるとわかっていて。こうなることを知っていて。その罪を、彼女は自死という手段で責任を取った。この葬列の音を聞いて彼女は自ら首を断ったのだ。
同胞の理不尽な死への報復は認められている。罪なき死への復讐である。自死せねばならなかった彼女の懊悩の仇を討つのである。
「哀れ、哀れや……」
彼女の理不尽な死を思って葬列が泣く。運命で繋がれたあの男のせいで彼女は死ざるをえなかった。添い遂げる者としてある程度我々を知るのは仕方ない。
だが、こうして吹聴するために執拗に聞き出すなどしなければ。掟に触れると最低限だけ話して口を閉ざす彼女から聞き出すために拷問に近い尋問をしなければ。あまつさえ、聞き出した情報を世紀の発見だといって知らしめようとするとは。
「罪深きや、罪深きや……」
ここまでの大罪人など、普通に殺すだけでは足りない。贖いには最も過酷な刑罰を。
見よ、お前の知識欲のせいでこの村ひとつが地図から消えるのだ。この屋敷にいる男も、そして教師である彼から教えを受けた子供たちも。授業で聞いたんだと、学校であったことを子供たちから聞いた親たちも。すべてがその葬列に飲み込まれる。我々の存在を歴史の闇に隠すために消える。後には何も残らない。残さない。
葬列は静かになすべきことをしていく。闇夜の静寂が飲み込むように屋敷から男を無音で連れ出し、そして村を消滅させるべく動き始める。
知識に驕る者には、過去、知識に驕った者たちと同じ運命を。葬列は粉末を撒いていく。この粉が村を破滅させる。
そして粉末を撒き終わった葬列はそれ以上何をするでもなく、来た時と同じように鐘を鳴らしながら夜闇に消えた。
からん、とベルが鳴った。




