勇者召喚と要求事項
ようやく、4度のトイレ休憩を挟んだ会議は終了した。
なぜこれほど長い会議を行わねばならなかったかといえば、宝物庫から出てきたある物のせいだ。
「これが勇者召喚に使われた魔方陣だというのか?」
「その通りでございます王様、この国に伝わる勇者召喚伝説。その召喚の為に用いられた魔方陣がこの宝物庫から遂に発見されたのでございます」
俺は大臣の話を聞きながら、足元の魔方陣を眺める。暗い宝物庫の中でぼんやりと青く光っているそれには妙な迫力があった。
「こちらの紙に召喚したい者の特徴を書けばそれに合わせた召喚者が現れるようです。書ける条件は3つまで、しかも一枚の紙で行える召喚は一度きり。ですが王様、召喚の能力は本物のようですぞ」
そういって大臣が手に持っている紙の束を見せてくる。なるほど古ぼけた紙に見えるがなにかしら術がこめられているのだろう。
「うん、まぁこれが本物なのは俺も信じるがな。」
そう、俺はこの召喚陣が偽物だとは一片も疑っていない。
「ねえ、なんで俺に使ったの?」
「ほっほっほっ」
「いや、笑っている場合じゃなくて、なんで?」
俺はさっきまで確実に自分の部屋にいた。なのに、突如足元が光ったかと思うと気がつけばこの城の宝物庫にいたんだ。急に風景が変わってパニックになりかけてる俺の目の前には大臣が凄く良い笑顔で立っていた。
「なにせ、内密の話でしたので。」
「うん、だからって使うのはおかしいよな。どうするの?失敗したら?」
「ほっほっほっ、その時は命で償う所存でしたぞ」
絶対ウソだ。結果オーライだからごまかす気だ。
腹立たしいが、とにかく今は召喚の件だ。
「とりあえず、異世界から魔法使いを召喚してみるというのはどうでしょうか。戦士に比べて我が国は魔法使いの数が少ないですからな。こちらにない魔法を教えてもらうだけでも十分な利益となるでしょうし」
大臣の言葉に頷き紙に大魔法使い、悪人でない、異世界出身の3つを書いた。
紙を中心に置くと、途端に召喚陣が怪しく光る。
眩しさから解放された時、そこにいたのは6歳くらいの少年だった。
ずいぶんと若い者が召喚されたな、年齢を指定しなかったからか?
少年は現在の状況が理解できていないのかもしれない。こちらを見る目がキョトンとしている。しかし、魔法について詳しくない私でも理解できる圧倒的魔力。なるほど、これならばきっと我が国の力になってくれるだろう。
「勇者殿」
私が声をかけるとビクッと体を震わせる。
「突然の召喚に応じていただいてありがとうございます。ここは勇者殿からすると異世界でございます。どうか我々を助けていただけないでしょうか」
「あ、あの、ぼくさっきまでお父さんとお母さんに頼まれてお家の留守番してて、あの、だから早く帰らなきゃと思うんですけど」
たどたどしい声で少年が喋る。少年の体は震えていた。さっき自分が体験したから分かるがあれは凄く怖い。思わず同情してしまう。
「えっと、だから、だから本当にごめんなさい!」
一体なにを?急に謝りだした少年へこちらが声をかける前に魔方陣が再び光りだす。光がおさまった部屋にはさっきまでいた少年の姿はなかった。
絶句。
「ほっほっほ、どうやら召喚魔法が使えるほどの逸材だったようですな」
なぜか大臣が笑っている。そりゃ、自分で帰れるなら帰るよなぁ
事情を説明するヒマもなかった。
「それにしても先ほどの少年を見る限り、この召喚陣は勇者しか召喚できないわけでは無いようだな」
いくらなんでも6歳児が世界を救うとは思えん。
「まぁ、それは王様をこの部屋に召喚できた時点でわかっていましたな」
大臣にはいつかひどい目にあってもらおう。
その後も何度か召喚を行ったが、うまくいかない。
国が違うせいで言葉が通じない。種族が魚人なせいで地上で息ができない。馬車にひかれた直後だったらしく死にかけている。魔方陣には元の場所に送り返す機能もあったので、全員早々にお帰り願った。
なんだこの魔方陣は、わざとか。役に立たないどころか、会話もできないような者が召喚されてどんどん紙は消費されていく。気がついた時には最後の一枚となっていた。ここまできてようやく、俺と大臣の2人では良案が浮かばないので、城の者を集めて会議で召喚者の条件を考えようということになった。
勿論、紙は最初から一枚しか無かったことにした。
そして、話は最初に戻る。長い会議の結果、遂に召喚者の条件は決まった。
紙に書く3つの条件はこうだ。
この国で成人している、王と面識の無い、王の悩みを解決してくれる者。
こう絞れば少なくとも役に立たないものや、既に会っている者には出会わんだろう。
この国の埋もれた人材を見つけられるならそれで十分だ。
魔方陣の真ん中に紙を置くと既に見慣れた光が部屋中を包む。
そうして召喚で現れたのは、50代くらいの太めの女性だった。着ている服などから品の良さはうかがえるが、しかしどこにでもいそうな印象だ。一見して剣士や学者では無い。果たして、この女性は俺のどんな悩みを解決してくれるというのだろう。
「何故リンダが」
俺が召喚された女性に声をかけようとした時、後ろから呟きが聞こえてきた。振り返ってみると、魔方陣の光で照らされてもいないのに、青い顔をした大臣がいた。
「大臣よ、この女性と知り合いか?」
よっぽど答えたくないのか俺の質問に渋々といったふうに答える。
「王様、彼女は私の妻でございます」
大臣の答えを聞いて俺は首をかしげた。勿論大臣が結婚していたのは知っていたが、大臣の嫁はそこまで優秀だっただろうか。
待てよ、そういえば大臣の嫁は非常に怖い人で大臣は尻に敷かれていると聞いたことがあったな。なるほど。なるほど。なるほど。俺はニヤリと笑った。
さぁ、すぐに茶の用意と部屋の準備をさせよう。いまだに事情がつかめていないようだが、彼女には俺の愚痴をたっぷりと聞いてもらわなければなるまい。
その結果大臣へ影響があるかもしれんが、それは夫婦の問題というやつだ。
国へ影響は無いかもしれんが、確かに彼女は俺の悩みを1つ解決してくれそうだ。