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しずやしず、静のおだまり

 俺達がたどり着いた時、そこには関所が出来ていた。


 武道場の入り口。

 政子がチョコレートを渡そうとしているのは弓道部の主将、雅仁。


 が、雅仁はこの学園の創始者の直系だとかで、

 財力◎、知力◎、体力◎、そして何故か顔もいい。

 だがお高くとまることもなく明るくて冗談も通じることから、

 当然女子の人気は高く、いわゆる学園のアイドルだった。


 ああ、名前でお気付きの方もいらっしゃるかもしれないが、

 雅仁、ヤツは後白河院の生まれ変わりである。


 ま、それはさておき、関所では、まさに検問が行われている真っ最中だった。


「荷物検査を行う。光の君へのチョコレートを所持する者は先に申告せよ」


 腕をしっかと前で組み、胸を後ろに大きく反らせた一人の女が、

 後ろに四、五人の取り巻きを連れて、仁王立ちしている。


 漫画で言うところのアレだ。

 「ババーン」って効果音をバックに縦ロールの女が「オーホホホ」って笑うヤツ。

 別に縦ロールではない。真っ黒なボブ。

 日本人形みたいな大和撫子風の女が制服姿で足を横に大きく開き、

 腕を組んで立つ姿は、二昔前くらいの不良少女モノを連想させる。


 ま、それはいいんだが、問題はこの女。

 こいつは確かめてはいないが静御前だ。だって本人の名前が静だし。

 顔も雰囲気も昔から変わってないし。


 静御前。

 鶴岡八幡宮で俺さまに逆らった小娘。

 それが今では、この学園の現理事長の孫娘として権勢を欲しいままにしている。


 まさに「しずやしず……」だ。

 俺は今は一介の女生徒で、静は学園の女ボス。


 ざわざわとした空気の中、静はその小さな口をいっぱいに開き、

 またその小さな胸をいっぱいに張って声を大きく響かせた。


「雅仁様は皆のもの。誰か一人のものではございません。よって、献上物として許されるのはチョコレートのみ。それも検査と毒味の上、献上されるにふさわしいチョコレートのみを選抜いたします。当然メッセージカードや記名の類は許しません。この約定を守れる者のみ、チョコレートをはっきりと見えるように提示した上で、そちらの列に並びなさい」


 ははは……。

 俺は引き攣り笑いをしながら周りを見回した。

 政子と同じような可愛いピンクや薄いブルーの紙袋を手にした女生徒がたくさん。

 静の言葉を聞いて互いに顔を見合わせている。


 気付けば、武道場の壁沿いに一列に行列が出来ていて、その先頭には長机が縦に並べられ、静の取り巻きと思しき女生徒達が色とりどりの紙袋を受取っては複数の段ボールへと仕分けしていた。

 それら段ボールには「生物検査」「破砕&X線検査」「廃棄」などの記載がされている。


 よく見れば、ゴディバとかリンツとかモロゾフとか、明らかにブランド店で購入されたと思しきものは「監査」だと。

 おいおい。おまえら、それ、絶対自分らで食うつもりだろ? 雅仁に渡さないだろ。

 つか、雅仁がチョコレートなんか食うかよ。

 あいつは変人で食べ物にこだわりがあるから、誰か知らないヤツの作ったチョコレートなんか口にするわけがない。


「52番!名前とクラスをそこに記名しなさい。身分証の提示も」

 長机の上には記名帳が置かれ、女生徒が次々に生徒手帳を提示しては記入していっている。

「これは手作り? それとも購入?」

「購入です」

「どの店で何日に購入したものか備考欄に記載しておきなさい」

「はい」


「ちょっと! これは何? チョコレートではないわね。マフラー? やだ! 手編みで呪詛をかけるつもり? 却下よ! 生徒手帳を出しなさい」

「ごめんなさいっ!」

「生徒会室に出頭なさい。反省文を提出するように」

「ゆ、許してください」

「おだまりっ!」


 女生徒の嘆願は聞かず、静は右手をさっと後ろに払う。

 その途端、その女生徒は静の取り巻き二人に両脇を固められ、どこかへ連行された。

 いや、どこかじゃないな、生徒会室だ。別名「奥花の宮」。聞こえはいいが拷問部屋に違いない。


 どうしようか。

 異様な空気が漂う中、俺はしばし逡巡した。

 これだけの人数がいるのなら、そのまま列に並んで「その他大勢の一人」になってもいいかもしれない。

 政子もそれでとりあえずは満足するだろうし、誰からのものかもわからないなら、雅仁も政子に気付くわけないし。


「せーこちゃん、並ぼうか」

 俺がそう言って政子を振り返ったら、政子は硬直して紙袋を抱きしめていた。

 その顔は真っ青になっていた。


「わ、私……帰る」

 言って、政子は俺の腕を取ると歩き出す。

「え、せーこちゃん?」

 俺は政子に引きずられて一緒に歩き出した。

「ま、また今度……」

 そう言いかけた政子の上から声がかぶる。


「本日の聖バレンタインデーに限らず、雅仁様への献上物は全て前言の通りである。これを破るものは厳しい制裁を受けることになる。覚悟の上、ここから立ち去るが良い!」


 俺は足を留めた。振り返る。

 静のヤツ、やり過ぎじゃねーか?

 今は平安時代でも鎌倉時代でも戦国時代ですらねーっての。

 大体、雅仁だって主上ではない。


 大声で言上する静を、俺は睨みつけた。

 この静とは、まだ直接会話をしたことはない。

 記憶を取り戻したつい最近まで、俺は世間一般に言ったら普通よりも大人しく、

 どちらかというと恥ずかしがり屋の普通の女子として生きてきた。

 学園の女帝として君臨する静との接点などあるわけもなく、

 自分とは遠い世界のものだと思いながら、平々凡々と過ごしていたのだ。


 俺が睨みつけた、その視線を感じたのだろう。

 静はこちらに目を流し、そしてすっと腕を上げた。


 が、まっすぐにその人差し指で指差したのは、俺ではなく政子だった。

「そこのあなた」

 冷たい声がこちらに向かって放たれる。


 静の声は魔力を持っている。

 昔からそうだ。こいつの声は只者のそれではない。

 それが、静が白拍子として成功した一番の理由。


「その藤色の袋の中身は何?」

 政子はじりじりと後ずさりをすると首を横に振った。

「こ、これは……何でもありません」

 そう言って、手提げを後ろ手に隠す。


「渡しなさい」

「……嫌です」

「それはチョコレートでしょう?」

「ち、ちが……」

「あら、違うの?」

 静の目が冷たく光る。政子は目を見開いて静を見つめ返す。


「では、尚のこと検分が必要だわね」

 言うなり、静は左手をさっと上げた。

 その途端、静の後ろに控えていた女達がざっと動き出し、政子の胸の中のそれに向かって手を伸ばす。


「きゃ……!」

 政子の悲鳴に、咄嗟に俺は左手を薙ぎ払った。



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