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この状況の場合、どう反応すればよいのだろうか。「ぎゃあああああ」とでも叫ぶ? いや、これは来世まで続く醜態となりそうだからやめておこう。では、素直に差し出された手を取って立ち上がるか? 否、これも失礼に当たるだろう。盛大に転んだ挙句、王子の手を借りて立ち上がるなど、失礼極まりない。
結果的に、私は急いで自力で立ち上がり、大きく頭を下げて王家の方々に謝ろうという結論に落ち着いた。
しかし、それを実行しようと頭を傾けかけたその時、突然肩を抱かれた。
「あー、皆は気にするな。彼女はちょっとした知り合いで、よくこういうヘマをするんだ。パーティーを続けてくれ」
その後、戸惑いの中パーティーは続行したわけなのだが、そんなことは私にはどうでもいいこととなっていた。それより、
王子に肩を抱かれて奥の間に向かっているこのシチュエーションはいったい何なのだろうか。
「私、以前お会いしたことがありましたっけ?」
「いいや、さっきのアレはノリだ」
パーティー会場から離れた所で、私たちは一息ついた。あの「よくヘマをする」発言は聞き捨てならないが、助けてもらったことは事実。私は大きく頭を下げた。
「助けていただいて本当にありがとうございました」
「いいよ、気にしないで」
頭を上げ、しげしげと見ると、さすが王子。超美形だった。
ブロンドの髪は触ったらサラサラしてそうだし、目は透き通るようなブルー。体格は別にいいほうではなかったが、細すぎもせず、身長は私より10センチは高いだろうか。そして、仮面をかぶったかのような微笑み。完璧でありながら、全く動じない。
ちなみに先程から王子王子と呼んでいるが、王子にも当然名前があり、アルノ様と呼ばれている。
アルノ様が笑顔の仮面を一瞬はずして、眉をひそめた。
「どうした、そんなに見つめて」
「あ、いえ、何でも……」
真っ赤になって目をそらすと、アルノ様は「あ、」と何かに気がついたように呟いた。
「ちょうどいい。君、踊ってくれないか?」
「は? あ、いや、どういう成り行きでしょうか??」
困惑顔で見返すと、アルノ様も困ったように答えた。
「いや、このパーティーには実は俺の婚約者を探そうっていう目的もあるんだ。そんな中、俺が踊ってなかったら父上も母上も怒るというか……。だから、その、見せかけだけでいいから踊ってくれないか?」
私の当初の目的としては、この一生の恥である事件から背を向け、ネムを呼び出し、即この城を去ることだったのだが……。まぁ、自分を助けてくれた王子の頼みであるなら、断れないか……。しかし、せめて抵抗だけでもしておこう。
「で、でも、あんな大失態をしてしまった私と一緒に踊ったら、アルノ様の評判が落ちますよ?」
「そこは全く気にしない。君、顔はきれいだしな」
「……喜ぶべきなんでしょうか」
「素直に喜んでおきなさい」
完璧な笑顔が眩しすぎて何も言い返せなくなった私は、無言でうなずいた。
「んじゃ、よろしく」
差し出された手を、今度は取った。
やはり王子が踊るとなると、そうなりますよね。私たちはパーティーのど真ん中で、たくさんの人が遠巻きに見ている中、たった二人で踊っていた。
激 し す ぎ る 後 悔 。
何で一日に二回も笑われるような目にあわなきゃならないのだろうか。こんな釣り合わないやつと踊ろうと思ったアルノ様もアルノ様だけど、本気で断ろうとしなかった私も私。こんなに注目されながら踊るとは思っていなかったから、もっと人ごみにまぎれると思ったから承諾したのだけれど……。
だいたい、なんでこんなにスペースが空くのだろうか。さっきまでギュウギュウだったじゃん!
「君、やっぱり前に会っている気がする」
「え? そ、そうですか?」
踊るのと同時に話しかけないでください! こっちは足がもつれないように必死なんです!!
「前に会っている、というか、俺の知っている人にすごく似ている」
「ひ、人違いですよ、きっと。私じゃないのは、た、確かですから」
「なぜ言い切れる?」
「え? だ、だって、私、王城になんて接点がないですから。あ、あるとしたら、父が仕事で勤めてるぐらいしか……あっ」
ぞわっと背筋を嫌なものが走った。もうすこしで転びそうになったところを、ギリギリでアルノ様に助けられた。なんとか自然に見せられただろうか?
「ダンスは俺がエスコートするから、会話に集中して」
「は、はいっ」
アルノ様、笑顔の仮面がものすごく怖いです。本当に一切動じないところが怖いです……。
「もし君がその人なら、これはかなりの大事に……」
ゴーン、と鐘が時を告げた。合計12回。12時である。
「あ……」
スルッとお団子にしていた髪がほどけ、挿していた髪飾りがカランと床に落ちた。
すっかり忘れてた!!!! 魔法は12時までとか変なことをネムが言ってたんだった!!!!!
お団子、魔法使ってたじゃんか……。
結果、大勢の人の前で、髪飾りがひとりでに落ちるという奇怪な現象が……。
ポニーテールになった状態で、私は顔を真っ赤にしながら、なんとかダンスを続けようとしていたが、アルノ様のほうからやめてしまった。落ちた髪飾りを拾い、手渡す。
「……もしかして、シェリーか?」
ハッとして顔を上げると、アルノ様は笑顔をやめ、真剣な表情でこちらを見ている。
……なんで私の名前知ってるの!?!?
こんなとき、私が取った行動は一つ。逃げた。
アルノ様の手を振りほどき、逃げまくった。
こんなに色々とやらかした後に名前まで知られたら、お父様まで笑いものになる! というか、お父様には知られたくない!
「ネム!」
私が呼ぶや否や、隣に現れた走るネコフード。城を出たあたりで移動魔法で家に帰してもらった。
「なああああああああああああ」
ベッドに突っ伏して喚く私をほっといて、ネムは上機嫌で鼻歌を歌っている。
「……なんでそんなにやたらと機嫌がいいのよ」
「目的は果たせたから」
むふふと笑うネムはどこか可愛かった。が、同時に不気味であった。怖い怖い。
「目的って何よ」
「別に?」
鼻歌を続行するネム。もういいわ、ダメだこりゃ。
「あぁー、今日は色々しくじったなー」
「そんなシェリーにお話をしてあげよう」
「なんで!?」
よっこらせとネムがベッドに腰掛けて、足をパタパタさせ始めた。
「むかーしむかーしある所に……」
普段無口なネムが珍しく、且つ唐突に聞かせてくれた話は、かわいそうなシンデレラという女の子が、魔女の助けを借りて舞踏会に行き、結局は自分の継母に復讐をして、王子と結婚するお話。聞いたこともない話だった。
私はかわいそうでもなんでもないし、立派な貴族の一人娘なのだが、話の前半までは私の今日の体験と、まぁ似てなくもない。しかし、今日のダンスで王子が恋に落ちたとは思えないし、それより何より、
ネムの話の中では王子が消えたシンデレラを探してガラスの靴にぴったりとはまる足の持ち主を探して回るシーンがあるのだが、
実際はそんなことは全くなく、
住所をだれに聞いたのだろうか、
翌日には私は城の人によって城に強制連行されていた。