プロローグっぽいもの
どうやら、この話はプロローグらしい。
物事には、始まりと終わりがあるとされている。
が、果たしてそれは本当だろうか。絶対的に正しい事なのだろうか。そんな事はわかりはしない。誰にもわからない。多分そうだ。きっとそうだ。そういう事にしておいた方が良い。
『僕』は、真実は、永遠に誰も知らないままの方が良いと考える。いつの時代も、どんなところでも、誰も真実を知らないままの方が良いと思う。そんな事を考えている『僕』には、その思考に至るまでに感情的な動機が三つほどあって、一つは真実が終末を迎えようとしている人間に悪あがきさせるんじゃないかって事と、もう一つは真実を知る事でこれまで信じてきた事の何もかもがぶっ壊れるんじゃないかって不安があるからだ。どっかのゲームでも言ってたな。宗教があるのは、弱者から真実の芽を摘み取るためだってさ。でないと、人間ってのはぶっ壊れるんだろうね。そういうのを何度も見た事があるから、『僕』は真実なんて知らない方が良いんじゃないかって思うんだ。知らないまま、死ねばいいと思う。
あ、もう一つ……いや、もう二つほど、その思考に至るまでの動機があった。その一つは、単純明快で、真実は永遠に誰も知らない方が良いと考えている『僕』自身が、本当は真実を知っているかもしれないから、他の人は知らないままで良いかなっての。選民思想のようで、気持ち悪いね。でも、しょーがないさ、人間だもの。で、最後の一つは、すっごく単純だ。みっともなくて、惨めな動機。理由。言い訳を先に言っとくよ。しょーがないだろ、人間だもの。
真実を他の人が知っているのが気にくわないってだけ。単なる嫉妬だ。みっともない。だから言ったじゃん、しょーがないってさ。しょーがない、って言うよりは、しょーもない、っての方が合ってるような気がするけどね。
本題に戻る。たしか、物事には始まりと終わりがあるとされている、って言ったっけ。ついでに、それは絶対に正しい事なのか、とか、真実は永遠に誰も知らないままの方が良い、とか、そんなこんなで脱線しちゃったけれども。
物事に始まりがあると終わりがあるとするなら、物語の中の現実はどこからが始まりで終わりなのかを作者は決めておかなければならないのではないかと、『僕』は思う。けれども、そこらへんが曖昧なのは、作者の力量が不足しているのか、或いは現実に始まりと終わりがないように出来ているからかもしれない。前者はともかく、後者はどうしようにもない。
でも、とりあえずは、明言しておく必要があるのかもしれない。物事に始まりと終わりがあるとされているように、物語にも始まりと終わりがあるって事を。この物語にさえも。ゴミ箱にだって、始まりと終わりがあるのだから。
言ってしまえば、ここはゴミ箱の中だ。どんなゴミが捨てられているのかは、今の『あなた』になら何となくわかるんじゃないかな。ひょっとしたら、今はわからなくとも、読んでいる内にわかるかもしれないし、終わりを迎えてもわからないままでいるかもしれない。まぁ、とりあえずは、『あなた』を信じておくよ。
この物語は、『物事には、始まりと終わりがあるとされている』という文章から始まる。終わりはある。いつどこで、どう終わるかなんてのはわかりはしない。文章が途切れながら終わるかもしれないし、綺麗な〆の言葉で終わるかもしれない。もし、前者みたいな事になったら許してね。後者みたいな事になっても気にくわないのなら……『僕』にはどうする事も出来ないけれども。
いや、ひょっとしたら、始まりと終わりが存在しない物語に『なる』のかもしれない。最終的にどうなるのかなんて『僕』にはわからない。そこらへんは、作者次第だ。
とまぁ、脈絡のない、最初っから最後までぶっ壊れた話をしてしまった。こんな破綻した前口上なんか誰も読みたくはないだろうし、さっさと次の話に移った方が良いかもしれない。
え? この話はなんだって? 前書きでもなければ、プロローグっぽくもないだって? そんなツッコミ誰もしてねーよだって? 色々な意味で気にしない方が良いよ。気にしたら負けだ。そういう意味では、すでにこっちが負けている。まぁ、なんだ。これはつまり……。
……プロローグっぽいもの、なんだよ。
ゴミ箱に捨てられたプロローグの意味なんて、きっとこんなもんさ。閉塞感の中で、書き殴られた話なら。そんなこんなで、プロローグはおしまいだ。とっとと、終われよ! カーテンコール!
――閉幕。
別の話に続くかもしれないし、続かないかもしれません。一応、カーテンコールを迎えてしまった物語なので。
まぁ、そんなこんなで書き始められた、断片的な物語。
興味がある方は、今後も読んでいただければと……。




