ある逆行令嬢の告白
「……私が殿下に断罪される」
「そういう夢を見たのです」
「待ってください」
「お願いです」
「私の話を聞いてください」
「殿下の気を引くための嘘ではないのです」
「信じてくださらなくても構いません」
「馬鹿な女の戯れ言だと、笑ってくださって構いません」
「それでも、どうか最後まで聞いてください……」
「ありがとうございます……殿下」
「今朝、悪夢を見たのです」
「夢の中で、私は彼女に嫉妬していました」
「殿下の寵愛を受けるあの方が許せなくて」
「嫌がらせをしていました」
「ええ、今の私と変わりません」
「私は愚かですわ」
「ですが、夢の中の私はさらに醜かった」
「彼女が殿下に生徒会へ招かれて」
「彼女が殿下の隣に立って」
「お二人が笑っているのが」
「憎くて仕方なかった」
「彼女を害そうとして、殿下にさらに疎まれる」
「その怒りを彼女にぶつける」
「そんなどうしようもない連鎖に堕ちて行きました」
「そして、卒業パーティーの最中」
「殿下は私に裁きを下しました」
「その中には、紛れもない私の罪と、身に覚えのない誰かの罪が混じっていましたわ」
「怒らないのですね」
「夢の話とはいえ、殿下への侮辱にあたるのに」
「そうですわよね」
「幼い頃から殿下に執着し、殿下を縛ってきた」
「さぞ、私のことが憎いでしょう」
「このままいけば、私を断罪なさるでしょう」
「すみません、言葉が過ぎました」
「殿下を責めたいわけでは、ないのです」
「これは未来の話」
「……いえ、夢の話ですから」
「ですが、悪いだけの夢ではなかった」
「私は正気に戻れたから」
「ですから」
「婚約を解消しませんか?」
「……ええ、本当です」
「そうですね、これからは別の道をゆきましょう」
「…………」
「…………!」
「……いいえ……いいえ」
「違います」
「それは違うのです」
「幻想でも、勘違いでも」
「……ないのです」
「私は」
「今でも、殿下を愛しております……!」
「心から」
「でも、一緒にいれば駄目になる」
「殿下も」
「私も」
「……殿下が、私に手を貸してくださったあの日から」
「殿下への想いが冷めたことはありません」
「きっとこれからも」
「気持ちは簡単には変えられません」
「でも、それは殿下も同じだと思うのです」
「私がこれからどれほど正しくあろうとしても、殿下が私へ抱いた嫌悪感を拭いきることは難しいでしょう」
「ええ、私はそれだけのことをしてきました」
「王太子としての責務に追われる殿下を支えるべき立場なのに」
「私は一方通行の愛を押し付けて、殿下を苦しめた」
「だからと言って」
「婚約者ではなく、一介の女生徒を気にかけることまで仕方ないとは思いませんが」
「もういいのです」
「そのことは、夢の中の私が、もう十分に憎みましたから」
「……」
「……ありがとうございます」
「謝罪してくださって」
「私も、今までのこと全て謝罪いたします」
「あの方にも誠心誠意、償います」
「きっと、彼女は簡単に許してしまうのでしょうけど……」
「夢の中でも、彼女は最後まで私を庇おうとしてくださった」
「私はそんな彼女に罵詈雑言を投げ掛けてしまいました」
「もともと、私は王妃になるべき人間ではなかったのです」
「一度でも私情で我を失ってしまう人間など危うすぎる」
「彼女の方が、相応しいわ」
「少なくとも、私よりずっと」
「殿下が彼女に惹かれたのも」
「彼女が誰に対しても、まっすぐ向き合う方だったからなのですよね」
「……」
「ふふ、嬉しそうに話すのですね」
「いえ、もっと聞かせてください」
「彼女のことを」
「…………」
「…………」
「まあ、そんな愉快な方だったのですね」
「殿下をそんなに笑顔にできるなんて」
「彼女が羨ましい……」
「あ」
「この言い方では誤解させてしまいますわね」
「誓って、もう彼女を傷つけるつもりはありませんわ」
「謝らなくてよいのです」
「これまでの行いを思えば」
「殿下が咄嗟に警戒なさるのは当然ですから」
「彼女は殿下を支えてくださっているんだもの」
「感謝しているくらいなのです」
「ただ、その立場になれなかった自分が不甲斐なくて」
「ですが、最後に殿下の笑顔が見られて満足ですわ」
「ああ、また誤解を生む言い方をしてしまいましたわね」
「世を儚むつもりはありませんわ」
「ただ、今でも私は殿下に恋い焦がれているのです」
「きっと簡単にはこの想いは消えてくれないのです」
「だから、私は殿下と距離を置きたい」
「殿下とあの方が結ばれることを心から祝福できるようになるまで」
「……え」
「殿下も」
「変わると、そうおっしゃってくれるのですか……?」
「嬉しいですわ」
「とっても」
「……ええ、今度はただの友人として」
「一緒にお茶を飲みましょう」
その後、王太子と公爵令嬢の婚約は、静かに解消された。
季節は巡り、卒業パーティーの日が訪れる。
夢の中で、公爵令嬢が裁きを下されたはずの場所で。
王太子は、一人の女性の手を取った。
その女性も王太子も穏やかな顔をしていた。
拍手が響く。
断罪の言葉は、どこにもなかった。
誰かの罪を暴く声も、誰かを貶める叫びもなかった。
ただ、二人の未来を祝福する声が、広間に満ちていた。
公爵令嬢はその光景を見つめていた。
震える手をそっと握りしめ、誰にも気づかれないほど小さく微笑んだ。
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