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ある者の語り

ある逆行令嬢の告白

作者: ヒイラギ
掲載日:2026/07/02

「……私が殿下に断罪される」

「そういう夢を見たのです」

「待ってください」

「お願いです」

「私の話を聞いてください」

「殿下の気を引くための嘘ではないのです」

「信じてくださらなくても構いません」

「馬鹿な女の戯れ言だと、笑ってくださって構いません」

「それでも、どうか最後まで聞いてください……」

「ありがとうございます……殿下」

「今朝、悪夢を見たのです」

「夢の中で、私は彼女に嫉妬していました」

「殿下の寵愛を受けるあの方が許せなくて」

「嫌がらせをしていました」

「ええ、今の私と変わりません」

「私は愚かですわ」

「ですが、夢の中の私はさらに醜かった」

「彼女が殿下に生徒会へ招かれて」

「彼女が殿下の隣に立って」

「お二人が笑っているのが」

「憎くて仕方なかった」

「彼女を害そうとして、殿下にさらに疎まれる」

「その怒りを彼女にぶつける」

「そんなどうしようもない連鎖に堕ちて行きました」

「そして、卒業パーティーの最中」

「殿下は私に裁きを下しました」

「その中には、紛れもない私の罪と、身に覚えのない誰かの罪が混じっていましたわ」

「怒らないのですね」

「夢の話とはいえ、殿下への侮辱にあたるのに」

「そうですわよね」

「幼い頃から殿下に執着し、殿下を縛ってきた」

「さぞ、私のことが憎いでしょう」

「このままいけば、私を断罪なさるでしょう」

「すみません、言葉が過ぎました」

「殿下を責めたいわけでは、ないのです」

「これは未来の話」

「……いえ、夢の話ですから」

「ですが、悪いだけの夢ではなかった」

「私は正気に戻れたから」

「ですから」

「婚約を解消しませんか?」

「……ええ、本当です」

「そうですね、これからは別の道をゆきましょう」

「…………」

「…………!」

「……いいえ……いいえ」

「違います」

「それは違うのです」

「幻想でも、勘違いでも」

「……ないのです」

「私は」

「今でも、殿下を愛しております……!」

「心から」

「でも、一緒にいれば駄目になる」

「殿下も」

「私も」

「……殿下が、私に手を貸してくださったあの日から」

「殿下への想いが冷めたことはありません」

「きっとこれからも」

「気持ちは簡単には変えられません」

「でも、それは殿下も同じだと思うのです」

「私がこれからどれほど正しくあろうとしても、殿下が私へ抱いた嫌悪感を拭いきることは難しいでしょう」

「ええ、私はそれだけのことをしてきました」

「王太子としての責務に追われる殿下を支えるべき立場なのに」

「私は一方通行の愛を押し付けて、殿下を苦しめた」

「だからと言って」

「婚約者ではなく、一介の女生徒を気にかけることまで仕方ないとは思いませんが」

「もういいのです」

「そのことは、夢の中の私が、もう十分に憎みましたから」

「……」

「……ありがとうございます」

「謝罪してくださって」

「私も、今までのこと全て謝罪いたします」

「あの方にも誠心誠意、償います」

「きっと、彼女は簡単に許してしまうのでしょうけど……」

「夢の中でも、彼女は最後まで私を庇おうとしてくださった」

「私はそんな彼女に罵詈雑言を投げ掛けてしまいました」

「もともと、私は王妃になるべき人間ではなかったのです」

「一度でも私情で我を失ってしまう人間など危うすぎる」

「彼女の方が、相応しいわ」

「少なくとも、私よりずっと」

「殿下が彼女に惹かれたのも」

「彼女が誰に対しても、まっすぐ向き合う方だったからなのですよね」

「……」

「ふふ、嬉しそうに話すのですね」

「いえ、もっと聞かせてください」

「彼女のことを」

「…………」

「…………」

「まあ、そんな愉快な方だったのですね」

「殿下をそんなに笑顔にできるなんて」

「彼女が羨ましい……」

「あ」

「この言い方では誤解させてしまいますわね」

「誓って、もう彼女を傷つけるつもりはありませんわ」

「謝らなくてよいのです」

「これまでの行いを思えば」

「殿下が咄嗟に警戒なさるのは当然ですから」

「彼女は殿下を支えてくださっているんだもの」

「感謝しているくらいなのです」

「ただ、その立場になれなかった自分が不甲斐なくて」

「ですが、最後に殿下の笑顔が見られて満足ですわ」

「ああ、また誤解を生む言い方をしてしまいましたわね」

「世を儚むつもりはありませんわ」

「ただ、今でも私は殿下に恋い焦がれているのです」

「きっと簡単にはこの想いは消えてくれないのです」

「だから、私は殿下と距離を置きたい」

「殿下とあの方が結ばれることを心から祝福できるようになるまで」

「……え」

「殿下も」

「変わると、そうおっしゃってくれるのですか……?」

「嬉しいですわ」

「とっても」

「……ええ、今度はただの友人として」

「一緒にお茶を飲みましょう」


その後、王太子と公爵令嬢の婚約は、静かに解消された。

季節は巡り、卒業パーティーの日が訪れる。

夢の中で、公爵令嬢が裁きを下されたはずの場所で。

王太子は、一人の女性の手を取った。

その女性も王太子も穏やかな顔をしていた。

拍手が響く。

断罪の言葉は、どこにもなかった。

誰かの罪を暴く声も、誰かを貶める叫びもなかった。

ただ、二人の未来を祝福する声が、広間に満ちていた。

公爵令嬢はその光景を見つめていた。

震える手をそっと握りしめ、誰にも気づかれないほど小さく微笑んだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


他にもいくつか作品も書いておりますので、よろしければそちらも覗いていただけると嬉しいです。

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