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おなべのフタ

 魔法を教わっても魔力がないと使えないらしい。

 「使えたじゃん」と僕は師匠(おねえちゃん)に言う。

 「魔力を借りれば使える魔法もあるのよ。

 でも普通魔力は人からは借りれない。

 『魔力のある、なし』が生死を分ける事もあるからね。

 それぐらい魔力には価値がある。

 だから『魔力回復ポーション』はかなり高価なのよ」

 「でも師匠は『魔力』を貸してくれたじゃない」

 「『師匠』じゃないでしょ?

 『お姉ちゃん』でしょ?」

 「お、お姉ちゃん・・・」

 我慢しろ。

 この娘はダークエルフだ。

 僕が『おばあちゃん』と言っていた人らよりも遥かに長寿だ。

 僕ら人間の子供がヨボヨボの老犬を『可愛い!』と言っているのと変わらない愛情を僕に抱いているのかも知れない。

 『お姉ちゃん』と呼ばれた事に気を良くしたマリンは僕の頭を撫でながら言った。

 「私はタバサの『お姉ちゃん』です。

 『魔力』は貸すんじゃない。

 いくらでもあげます。

 でも問題はそこじゃありません。

 レベルが上がって、自分で『魔力』を手に入れるようになることが大切です。

 自分で手に入れた『魔力』でないと使えない魔法があります。

 レベルが上がらないと使えない『魔術』もあります」

 『レベル』

 やっぱり異世界に存在したか。

 異世界とゲームの中になかったらどこにあるの?という話やね。

 今は『ステータス』って言うの?

 自分の能力は確認出来ないけど。

 とにかくレベルが上がらないと色々出来ないらしい。


 簡単に言うと能力は『元から持っている能力』『努力によって手に入れる能力』『潜在能力』の三つに分けられるらしい。

 僕の場合、『元から持っている魔力』は0。

 『潜在魔力』はかなり高いらしい。

 でも井戸の『呼び水』みたいなもんで外側から『魔力』を注いであげないと『魔力のタンク』は全く『魔力』を吐き出さない。

 だからマリンは僕の『魔力のタンク』に『魔力』を注いだ。

 後はきっかけがあれば『魔力のタンク』に魔力は自力で補充される。

 その『きっかけ』がレベルアップだ。

 つまりマリンは僕に「レベルアップしろ」と。

 『レベルアップしなきゃいけない』のはわかった。

 でも『どうやったらレベルアップするのか?』は全然わからない。

 「タバサちゃんたら『どうやったらレベルアップするかわからない』という顔ね」とマリン。

 どういう顔やねん。

 ツッコミ入れたいけど、話が面倒臭くなるから取り敢えず頷く。

 「『修行』してもレベルアップはしないのよ」

 だったら今すぐ修行やめまーす。

 やってられるか!

 僕は荷物をまとめて『神ハウス』を出ようとする。

 ・・・荷物なんてほとんどないけど。

 『水の羽衣(はごろも)』着て、脱いだ服くらい。

 「結論を急がないで!

 『修行』は『実戦』の『方法』を学ぶ大切な場所よ!」

 なんのこっちゃ。

 マリンの説明を何度も聞く。

 つまりはこういう事だ。

 地球にも『武道』がある。

 『昇級審査』『昇段審査』を受けないと級や段は上がらない。

 同じように『実戦』をこなさないと、レベルアップはしない。

 『修行』の中でも強くはなる。

 『武道』でも練習の中で強くなるようなモノだ。

 でも『神』がいるファンタジーな世界だ。

 『魔術』がある摩訶不思議な世界だ。

 レベルアップによる『限定解除』がある。

 レベルアップごとに能力がアップする。

 使える魔法が増える。

 『修行』による『能力の上り方』は地球での能力の上り方に近い。

 『レベルアップ』による『能力の上り方』は地球の人間が経験した事がないような劇的なモノ・・・らしい。

 マリンの話を噛み砕いて理解すると、そんな感じだ。

 で『実戦』とは何か?

 『モンスターと戦う事』

 「ムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリ」

 さて僕は何回『ムリ』と言ったでしょう?

 そんな事はどうでも良い。

 今まで争いとは縁遠いところで生きて来た。

 縁遠すぎて『受験戦争』を避けて来たせいか、入った大学は八流大学だ。

 『ラブアンドピースを一つの単語にすると玉三郎になる』

 嫌いなモノ暴力。

 そんな僕が何でモンスター退治しなきゃいけないのさ?

 『良くわからないけど、覚えたい魔術があるんじゃないの?

 レベルアップしないと、新しい魔術は覚えられないよ?』とマリン。

 ふと思う。

 僕の『地球に帰りたい』というワガママのせいでモンスターを殺しても良いんだろうか?

 「今、火の軍勢と事を構えることになりそうなのよ。

 レベルアップして身を護る術を身に付けておくべきだと思うけど・・・」とマリン。

 「身を護れなかったらどうなるの?」と僕。

 「どうもならないよ、死ぬだけで」とマリン。

 決めました!

 モンスターを狩ります!

 殺ってやります!

 『モンスター狩りは残虐なんじゃないか?』

 知った事か!

 僕自身がスプラッターな死に方するより、遥かにマシだ。

 『モンスターだって生きている』?

 知るかよ!

 テメーはヴィーガンか!

 異世界に丸腰で放り込むぞ!


 マリンが僕の装備を見繕う。

 最初に『木の杖』を渡される。

 ・・・重い。

 どうやら装備出来ないらしい。

 マリンが『コイツ、正気か!?』というような顔をしている。

 次に『竹の槍』を渡される。

 ・・・やっぱり重い。

 「ウソでしょ!?

 子供でも持てるのに!」とマリンが思わず口走る。

 次に『(ひのき)の棒』を渡される。

 ・・・重い。

 マリンが頭を抱えている。

 結局装備出来たのは『ペーパーナイフ』と『果物ナイフ』だ。

 「耐久性を考えたらペーパーナイフは一回の戦闘が終るまで使えないだろう」という事になり、僕のメイン武器は『果物ナイフ』という事になった。

 それが右手。

 左手には盾として『おなべのフタ』

 これは僕の思いつきだ。

 この装備、子供時代のビアンカと同じだ。

 マリンが可哀想な娘を見るような目でこちらを見ている。

 わからんぞ!

 将来『イオナズン』を覚えるような大魔術師になるかも知れないぞ!


 「じゃあ軽くモンスター退治でもしましょうか?」とマリン。

 「おー!」

 何か僕も遠足気分になってきて、はしゃいでいる。

 これが思わぬ、大冒険になるとも知らずに。

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