エピローグ
この話で完結です。
日が沈んで辺りは既に真っ暗になっている中、魔法科棟の一室から灯りが漏れている。
他の生徒はとっくに帰宅しているだろうに、その生徒は研究室で一人、自身の卒業研究のための実験データを記録していた。
彼のデスクの上には水色に輝く石が一粒。
その恐ろしく透き通った小さな魔法石を観察し、形、大きさ、生成された環境や時間に至るまでを詳細に記録していく。
「手を繋いだときのことを思い出しただけで、これかぁ。仲直りした後はどれだけの純度ものが生成できるんだろうな…」
彼の他に誰もいなくなった部屋で、チャーリーがペンを走らせながらつぶやく。
従兄弟がずっと大切にしてきた婚約者のキャス。これまで頑なに紹介しようとしてくれなかったから話でしか聞いたことがなかったけど、今日、偶然にも本人に会うことができた。
従兄弟は婚約者がいつも自分に流されていると言ってたが、今日見た限り、彼女はしっかりと自分の意思を持った性格のように見えた。さらに言えば、従兄弟から聞いた話と違って、彼女は自覚が無かっただけで、普通に従兄弟に親愛以上の感情を持っていたように思う。従兄弟は変なところで思い込みが激しく、そこが馬鹿で可愛い。
自分より四つ下の本当の弟のように可愛がっている従兄弟は、婚約者に関することになると途端に残念な子になる。しかし、彼は魔法使いとしてのポテンシャルは非常に高い。自分が魔法科で習ってやっと習得した魔法を、この従兄弟は独学でなんなく使いこなすような才能の持ち主である。
この間なんて自分の卒業研究に付き合わせ、彼の魔法石を生成してみたら、やはりと言うべきか、瞬きをするくらいの時間で見事な大きさのものが生成された。しかも全属性に適正があることを示す虹色の輝きを放ったもの。純度に至ってももちろん素晴らしい出来だった。
研究調査のため、その時の状況を本人に質問形式で問うと、「そんなもんキャスのこと考えるだけで俺はいつでも心拍数が爆上がりするんだよ。」と真顔で答えてきた。
もはや気持ち悪いを通り越して、怖い。
彼は実技を学ぶ魔法科に進めばきっと将来は立派な魔法使いになれるはずなのに、「は?魔法科?興味ない。あそこ四年生は長期実習で一年近く学校を離れるんだろ?キャスと離れるなんて考えられないから端から選択肢に入ってない。それよりもキャスが他に目移りしないように自分以外の男を認識阻害できる魔法とか、キャスにちょっかいをかけようとする輩を瞬時に締め上げる魔法とか、そんな魔法を開発したい。」と婚約者に合わせて魔法理論を学ぶ魔術科へと進学してしまった。
勿体ないと思いつつ、彼は婚約者のためなら自分が考えた万人受けは絶対にしそうもないニッチな魔法を本気で開発しそうである。ある意味彼の才能というか熱意を十分に生かせそうな進路に進んだともいえる。
そんな彼は昔から婚約者のことでアドバイスが欲しいとよく相談を持ちかけてきた。最近は自分への対応が雑だし、可愛げがないようにも見えるが、恋愛相談のときだけはなぜか真剣に自分を頼ってくる。
こういっては何だが、自分はめちゃくちゃモテるし、女の子と付き合ってきた数は平均より多いと思う。
ただ、誰かと本気の恋をしたことなんて未だかつてなかった。
告白と言えば相手から、付き合う理由は相手が好きって言ってくれるから。
それでも純粋な従兄弟は自分に恋愛のアドバイスを求め、そのたびに適当に返していた。
「手でも握ったら?」
「キスしてみなよ。」
「セックスしたら嫌でも意識するんじゃない?」
まさか自分の糞バイスを全てきちんと実行するとは。
しかも実行するたびに落ち込んで、終いにはあんなに好きだったのにも関わらず婚約解消までしてしまった。
婚約を解消したと聞いたときは、さすがにほんの少しばかり責任を感じ、誰か女の子を紹介してやるかと考えていた。けれども、きっと今日のあの感じだと、今頃彼女とヨリを戻しているのではないだろうか。
「あー僕も一瞬で魔法石が生成できるようなトキメキが欲しいな。」
棚に所狭しと並んだ、濁り切った色の魔法石の陳列を見て、彼は誰ともなしに呟いた。
(おわり)
恋とはなんぞやをキャスに教えてくれた先輩は恋を知らなかったっていうオチ。手を重ねるくだりが書きたいがために書きました。
モテ男は題名に登場する割にサブ中のサブだったので、今度彼が本気で恋する話を書けたらいいな。




