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中編


そんなある日の下校時のこと。


いつもは真っ直ぐ家に帰るのだが、なんとなく図書室に寄って本を借りることを思い立った。婚約を解消して一月が経ったにも関わらず、ふとしたときにアガトのことを考えてしまう。本でも読んで、この鬱々とした気分をなんとか誤魔化したかった。


そう決めると、善は急げとばかりに教室を飛び出し、校舎裏の近道を通って図書館へ向かう。



そして、その選択が、間違いだったと後で思い知らされることとなる。




「っあ"ぁ…」



校舎裏を通ったとき、柱の影から、吐息混じりの(うめ)くような声が聞こえた気がした。


(この声の感じ…もしかして、誰か倒れてたりする…?)


一旦そう思い込むと、早く助けてあげなければと駆け足で柱の向こうを覗き込みに行く。


大丈夫かと声をかけようとしたところ、予想と大幅に異なり、立った姿勢のままことをいたそうとしているカップルとばっちり目があってしまった。


(う、嘘でしょ、こんなところで…!)

自分が聞いたのは呻き声ではなく、まさかの喘ぎ声。

男性側は制服のローブ袖の線の数から、最終学年の五年生だとわかる。女性側は私に見られたことで、慌てて衣服を整えながら走り去ってしまったので、何年生かわからずじまいだった。



…やってしまった。



死ぬほど気まずい。なぜ駆け寄ってしまった、私。

というか、屋外、しかも学校の中で何をやってるんだ。ときに校内にこういった盛った連中がいるとは聞いていたが、自分が実際に出くわしたのは初めてだった。


このとき、見なかったフリをして走り去ることもできたのだが、律儀にも非礼を詫びた。


「あの、お楽しみのところ、お邪魔してすいませんでした…」


それだけ言って、足早にその先輩の前から立ち去ろうとする。しかし、踵を返したところでローブに付いたフードを後ろからガシッと掴まれた。まさか引き止められると思ってなかったので、足元のバランスを崩し、危うく倒れそうになる。けれども引っ張った張本人が支えてくれたお陰でなんとか事なきを得た。


「…ちょっと、そのまま立ち去るつもり?君、何年?ローブの線からして一年っぽいけど…」


その人物は長めの金髪を掻き上げ、気怠げに私に問いかける。その顔はどこで見た記憶があった。


(あ、この人、魔法科のチャラ男先輩って言われてる人だ)


チャラ男先輩ことチャーリー・マイス先輩。

彼は数々の女生徒、果ては教師と関係を持ち、学校一のプレイボーイとして名を馳せている。彼の顔立ちは素晴しく整っており、中性的な感じが女性の受けが良さそうな雰囲気を漂わせていた。


チャラ男先輩の所属している魔法科はカリキュラムが非常に厳しくて有名なのだが、遊んでるイメージと違い、学習面は優秀であるらしい。そのギャップも彼の魅力の一つとされていた。


初めて先輩のことを間近で見たが、確かにカッコイイ。


「聞こえてる?」

「は、はい、聞こえてます。一年です、魔術学科の。」

「名前は?」

「キャスリン・ランツェです。」

「キャスリン…キャスだね。僕はチャーリー・マイス、魔法科の五年だ。ほら、僕のお楽しみを邪魔したお詫びに、君が代わりに相手してよ。」

「は、え?」


何言ってるんだこの人と思った矢先、壁際へと身体を押し付けられた。そのまま先輩の両腕に挟み込まれ退路を絶たれる。


「いや、ちょっと、私、…勘弁してくださいっ!」


慌てて止めて欲しい旨を伝えるが、

「ちょっとくらい時間あるでしょ?あ、付き合ってる彼がいるからこういうのは不味いって?」

「先日婚約者とは別れました。けど、先輩のお相手はできません。」

「へえ、婚約者ね。でも別れちゃったんだ。じゃあ尚更いいんじゃない?少し付き合ってよ。」

「よ、よくないですっ!見知らぬ男性と不埒なことはできません!」


ほぼ叫ぶようにして拒否を伝えると、目の前の先輩が驚いた表情をしていた。


「え、不埒なこと?魔法石作りが?」

「は、え、魔法石?」

「うん、魔法石。なんだと思ったの?」


え、さっき走り去った女性とも、魔法石作りをしていたということ?衣服が乱れてたのは、一体なぜ?


「なんか違う方向に考えがいってたみたいだけど…ほら、さっきの子に逃げられちゃったから、君が協力してよ。人の体内から魔法石を作り出すのが僕の卒業研究のテーマなんだ。」

「人の体内から?」


普通、魔法石というのは高位の魔獣の死後に生成されたり、魔力濃度の高い場所で自然発生したりするものである。人から生成されるとは聞いたことがない。


「中々面白い研究テーマでしょ。人から生成される魔法石の大きさはその人の魔力量に左右されるんだけど、どれだけ小さくても装飾品になるくらいのものはできるよ。世界にひとつだけの、自分の魔力でできた魔法石がね。記録が終わったら君にあげるから、協力してくれない?」


世界にひとつだけ、自分の魔力でできた魔法石…

なんだろう、そう言われたら、とても欲しくなってくる。


「とっても…興味深いテーマだと思います。すいません、勘違いしました、私でよければ、協力させてください。」

「よし、決まった。じゃあ君の気が変わらないうちにさっさと終わらせよう。座ったほうがいい?」

「あ、はい。」


特に考えもせず返事をしたのだが、先輩が突如パンっと両手を合わせる。

すると、地面の下から細い木が生えてきて、その幹や枝がぐるぐると円を描き腰掛けのようなものを作り出す。


「はい、座っていいよ。ちょっとやそっとで折れないから大丈夫。」

「は、はい。ありがとうございます。」

「そうだ、ちょっと待ってね。魔法鳥メールを先に送っとかなきゃ…」


すごい。


魔法科の五年生ともなれば、詠唱なしにこういった魔法が使えるんだ。超初級のしょぼい魔法すらやっとの自分としては、これほど自在に魔法を扱えることが純粋に羨ましいし、尊敬する。


私が先輩の魔法に感心してる間に、彼は用事を済ませたらしい。

「よし、完了っと。じゃあ、早速キスしていい?」

「…はい?」


キス?私と先輩が?

尊敬すると思ったことを撤回したい、いきなり何を言い出すんだ。


「待ってください、魔法石を作り出すんですよね?」

「うん、そうだよ。感情が高ぶったり、人の心拍数が上がるときが、純度の高い魔法石が生成されやすいんだ。で、性的興奮が一番心拍数が上がるでしょ?」

「絶対そんなことないと思います!」


やっぱりチャラ男先輩はチャラ男だった。

この人、毎回魔法石を作るときにそんなことしてるの?さっきの逃げて行った女の人は、やっぱり何か先輩とことをいたそうとしてたんじゃないか。


「キャスは男女のやりとりでドキドキしたりしない?」

「出会ったばかりの人にそんなドキドキしたりしません。元婚約者にだって、そんなことほとんどなかったのに…」

「え、そうなの?君って処女じゃないと思うんだけど、行為の最中とかも興奮したりしなかった?」

「・・・」


なぜに処女では無いと見抜かれてしまったんだろう。

というかこの人は一体何を確認してるんだ。


「先輩は誰かに対して興奮したりしますか?」

「え、僕?うん、するよ。もちろん。女の子が僕を求めてくれる時は特にね。最高潮に心臓の動きが激しくなる。」

「先輩には特定の恋人はいますか?」

「ううん、いないよ。さすがに彼女がいたら、不特定多数の子と関係をもったりしないかな…一応最低限の貞操観念はあるからね。」

「そうなんですね。」


まて、私も一体何を確認してるんだろうか。


「で、どうしようか。僕からのキスはダメってことは、他に何があるかな…。例えば、君が心拍数が上がるのはどんなとき?あ、無理に話さなくていいよ、少し考えてみて。」


なんだろう、心拍数が上がるとき・・・緊張や恐怖を感じたときとか?

といっても普段から緊張することはほとんど無い。同じく怖いものも特にない。アガトに婚約解消を宣言されたときなんかは、逆に心拍数はゼロになっていたと思うし。


振り返れば、浮かんでくるのは決まってアガトのこと。

数ある思い出のひとつがふと脳裏をよぎり、思わず「そういえば」と呟いた。


「ん?何か思いついた?」

「数年前、元婚約者に手を繋いでもらったんです。そのときに初めて、少しドキドキしたことを覚えてます。」

「お、いいね。じゃあ、早速試してみようか?」

「先輩で?」

「そうだよ、元婚約者も僕も同じ男性だろう。さ、手を出して。」


なんて広い括りなんだろう。

しかし、特に反抗することもなく、おずおずと右手を先輩の方へと差し出す。


彼は優しくその手を取り、自分の右手の上に乗せる。


「ほら、こうして指を絡める。」


先輩はそう言って自身の左手を私の右手に重ねた。

そして、彼の長くキレイな指で私の手の甲をするりとなぞり、私の指を絡め取る。


「今の気持ちはどんな感じ?」


手と手が触れ合ったまま、先輩が私に尋ねる。

重なった部分にじわりと汗が滲んでくるのがわかる。


「正直、緊張しかない、です。」


「うん、だろうね。何とも思ってない異性からの触れ合いなんて、緊張だったり、怖かったり、もしかしたら気持ち悪いって感じると思う。けどね、」


長い睫毛に縁どられた彼の視線が、指先から私の目へと移った。


「これが好きな人だったりすると、とんでもなく嬉しい気持ちや安心感が湧いてくるんだ。それが、恋。きっとね。」



その瞬間、ドキっと、心臓が跳ねた。


ああ、そうか。


先輩の言葉で気が付いた。



(私、アガトにちゃんと恋してたんだ。)



今更ながらに気付いてしまった。


互いに恋愛感情はないと思っていた。きっと家族愛だとか情だとか。

でも、しっかりと私はアガトに恋をしていたのだ。だって、彼に触れられると、いつもとんでもない嬉しさと安心感に包まれていたのだから。


先輩はわずかにビクッとした私の動きを見逃さず、短く呪文を唱え出す。


呪文と共に私の身体が淡い水色に輝き、光の粒子が身体から溢れ出した。その光が身体の前方に集結したかと思うと、それらの一切の輝きが失われ、地面にコロンと水色の結晶が転がった。


「水属性だね。君は魔力量が少ないみたいだから、ほんの小指の爪しかないサイズだけど…いいね、とても透き通ってる。」


先輩が私から生成された魔法石を指でつまんで目を輝かせている。

私の魔法石。自分の得意属性なんてないと思ってたけど、水属性だったんだ。


突然、頭がフワっとし、全身から力が抜けた。

椅子から転げ落ちそうになるところを、先輩が抱きとめる。


「ああ、魔力切れか。本当に()()()が言ってた通り貯蓄量が少ないんだね…回復薬を出すから、少し待って。」


先輩が私を抱きしめながら、自身のローブのポケットを探る。


力が入らない。いまは指一本すら、動かすことが困難になっている。魔力切れでこんな状態にまでなったのは、今日が初めてのことだった。


私を抱きとめる先輩の身体は、同じ男性でも、アガトとはまた違うんだな、と当たり前のことをぼんやりした頭で考えていたそのとき、



「おい、キャスに何してんだよ。」

耳馴染みのある声が、頭上から聞こえた。



あと一話続きます。長くなれば二話に分けるかも・・・

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