◆1-1
気が付くと、真っ暗だった。
自分の周りにはただ闇だけがあった。
───いや、闇だけしかなかった。
もしかしたら見逃しているだけかもしれないと、右を見ても左を見てもただ闇が広がるだけで何も見えない。
明かりがない。光が存在していない。
それでも諦める事が出来ず目を凝らそうとして、おかしい事に気付いた。
目が開かないのだ。
開けていたと思っていた、開けて視界を埋め尽くしているのは闇だと思った。
だが、目が開かない以上その闇は自分がもたらしたものなのだと分かった。
瞼が開かないと、強烈な光以外は認識する事が難しい。
だから闇しか感じる事ができないのだ。
どうして目が開かない?
半ばパニックに陥りそうになる思考を、どうにか冷静に持っていこうとした。
そして何とか落ち着こうと、深く深呼吸をする事にした。
完全に冷静になれるわけではないが、それでも若干の落ち着きは取り戻せる。
だから深呼吸を、と───そこでまた違和感に囚われる。
手足が自由に動かない。
縛られているわけではない、それは感覚でさすがに分かる。
それなのに動かない。
目が見えない以上、自身の現状を確認する事は視覚ではできない。
出来る方法といえば唯一つ。
───感じとる事だけだ。
ならば、その方法を試すしか無いだろう。
やった事がないが、だからと言ってやらないわけにはいかない。
今のところそれしか思い付かないのだから。
それだけが、現状の確認を出来るものなのだから。
───全神経を自分の周りへと向ける。
目が開かないから、その点に関しては集中しやすいかもしれない。
果たして、何処までその感覚が信用できるのか。
それ以前に本当に、感覚で判断出来るものなのか。
疑問は尽きやしない。
それでもやるしかない、自分を信じるまでだ。
信じるってなんだ?なんて思いが一瞬頭を掠める。
そして思わず鼻で笑ってしまった。
未だ嘗て、そんなふうに考えた事はない。
人は切羽詰れば柄にも無い事を考え容易く受け入れてしまうのかもしれないなと、人事のように思ってしまった。
そんな思いを頭の片隅に押しやりながら、手足が自由に動けば触感という手も使えたのにとチラリと考えてしまうのは仕方がない事だろう。
こんな事をつらつらと考える余裕があるんだな、なんて思いつつ集中に専念する。
───音は聞こえない。光も多分ない。そして風も無い。
空気の動きも感じられない。
考えられるとすれば、密室?何かの箱の中?
私の身体は・・・・・・。
何かに包まれている?
身体中に冷たい感覚はない。そして硬い感触も無い。
少なくとも床の上にそのまま放置されているわけではないらしい。
どういう事だ?
身体を何かで拘束されているわけではなく、それでも自由を奪われ尚且つ、音も風も光も遮断するような場所に閉じ込められている。
───監禁。
そんな言葉がチラリと頭を掠めた。
そして言葉を認識すると同時にじわじわと、心を侵食していく。
今まで冷静さを保っていた思考は容易く崩壊をし、坂道を転がるように恐慌へと切り替わった。
一体自分の身に何が起きている?
誰がこんな事をした?
目的は一体なんなの!?
この状況を、疑問を、誰に問いかければいいのか?
生憎と今現在、自分の周辺には人の気配がしない。
人を閉じ込めるだけ閉じ込めて、放置したのか?
それによって齎される結果は───衰弱死。
そんな事を考えると、死の足音が聞こえてくる気がする。
すぐ傍で死神が、鎌首を擡げている様な幻まで見えてくるような気がするからなんだかおかしくなった。
目が開かないのに、幻?
そんなの意識下での出来事じゃないか、全て。
恐慌状態の中でそんな事を考える自分に思わず笑いが零れた。
きっと今の心理状況は、狂う一歩手前なんじゃないだろうかなんて、人事のように分析している自分がいる。
分からない、分からない事が多すぎる。
半ばやけになりながら、無駄だと知りつつも手足をばたつかせた。
全く動かないと思っていたのに意外と動いたな、なんて頭の片隅で思った。
その時に足が何かに当たる。
恐慌状態ながらもそれは分かった。
どうやらその事が、心をほんの少し静める効果を齎したらしい。
私はその何かを確かめるべく再度、足をばたつかせた。
思いのほかその何かは近くにあるようで、簡単に足に当たった。
感触としては柔らかく、弾力がある。
だがそれが何かなんて事は感触からは、残念な事に分からない。
目が開かないから、見えないからそれが何なんて事は確かめる事は出来ない。
ただ、硬くない事から蹴破れるのだろうか?
先程の感触を思い出しながら、やってみようかと思った。
思って再度足をバタつかせ様とした時だった。
──トントン
まるで労わる様に、慰めるようにリズムを伴って送られてくる振動。
なんだろう、これは?
自分の身体に直接ではなく、自身の周囲から伝わってくるようだった。
定期的に与えられる振動と同時に、温かい気持ちが自分の中へと流れ込んでくる。
普通に考えれば、そんなものが流れ込んでくる筈も無いのに。
それでも確かに、自分の心に直接温かい気持ちが流れ込んできていると分かる。
振動が、トクントクンと自身の心音と連動するかのように。
先程までのパニックに囚われていた思考が、徐々に冷静さを取り戻していく。
それは偏に、この労わるような振動と何処からか流れ込んでくる温かい気持ちのおかげだろう。
冷静さを取り戻して今から考える事があるのに、まるでリズムを取って送られてくる振動と、温かい気持ちに触発されたのか。
それとも張り詰めていた気が、突如緩んだせいなのか。
意識が混濁していく、そのまま闇へと深く沈み込んでいきそうになる。
要するに、睡魔に負けそうだという事だ。
抗えるなら抗えるべきだと思う心と、現実から目を背けたいという心。
軍配はどうやら後者に上がるらしい。
そう思ったのが最後だった。
私の意識は、暗く深い闇に沈みこんだ。
逃げ込んだ眠りという先が、仕組まれたもので。
尚且つ、自分の現状を説明してくれるものだったなんていうのは当たり前だが、この時の私には知る由もなかった。