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◆3-2

じーっと一切逸らされる事のない視線に、私は動くに動けなかった。

呼吸をするのですら、細心の注意が要るほどに。

じっとりと嫌な汗が噴き出てきているのが分かるが、それを拭う事すら出来ない。

私の一挙手一投足が目の前の竜に刺激を与えてしまう可能性があるから。

だから私は動けない。

ツーと背中に伝う汗を感じながら、竜の視線を真っ向から受け止めていた。

心の中で早く目を逸らしてっ!! と叫んでいたって私の心の声は竜に聞こえる筈もない。

だったら私から逸らせばいいのかと言うと、残念ながらそれは出来ない。

何故なら『肉食動物は視線を逸らした方の負けだ』と聞いた事があるから。

逸らしたら最後、襲い掛かられるのだ。

ん? 肉食動物じゃなく熊だったかな?

なんか記憶が曖昧だけど、今はそんな些少の事を気にしている場合なんかではない。

私の命が懸かっているのだ。

折角新しい人生をはじめたのに、こんなところで死ぬなんて生まれ変わった意味ないじゃないっ!!

と、心の中で叫んだのだけど……ん?

あれ、これって夢じゃなかったけ?

そう、夢よ、夢!

なーんだ。だったらそんなに必死にならなくてもいいわけか。

なんて思わず気を緩めそうになったけど、慌てて気を引き締め直した。

駄目駄目!!

例えこれが夢でも、バリバリと食べられて死にたくなんかないっ!

痛みを伴わないと分かっていても朝からスプラッタ、悪夢でお目覚めなんて絶対に嫌だ。

思わずしてしまった想像を、慌てて頭の中から叩き出した。

うー……。私スプラッタとかグロ系本気で苦手なのよね。

想像だけでも鳥肌が……。

思わず自分の両腕を擦りたくなったが、今はその動作すら命を危険に晒してしまうので自重する。

もう、とりあえずどこかに行くか目を逸らすかぐらいしてくれないかな。

一番良いのは私が目を覚ます事なんだけど、そう都合よく目覚める事が出来ないのよね。

これも俗に言うセオリーっていうやつだと思うけど……。


『何を一人で百面相をしているのだ』


 突如、声が聞こえた。

静寂が───嫌な緊張感が支配しているこの場所に。

本当に、突然、唐突に。

それでもこの静寂は破られる事はなかったが。

ここに私以外の人間がいた事に少なからず驚いたものの、だからと言って動けるわけじゃない。

こんな状況じゃなかったら、探したいところなんだけど。

勿論、交流を深めたいとかそんな理由なんかじゃない。

だって女性に向かって余りにも失礼な発言じゃない?

文句の一つでも言いたくなるわよ。

いやそれ以前に、竜に襲われそうになっているのに助けもしないって酷いんじゃない?

竜に敵いっこないからっていうのは分かるけど、それならせめて気を逸らすとかでもしてくれたらいいのに。

そうしてくれたら、脱兎の如く逃げ出すのに。

───逃げ切れるかは別として。

……。我ながら情けないけどね。


『・・・・・・返事なし、か。まさか声が聞こえぬと言うことはあるまい。

 ならば、口がきけないのか?』


 私が無言を貫き通した所為か、果てしなく斜めな言葉が。

独り言のようにも聞こえるけど、どこかで私のリアクションを待っている風も感じられた。

いやいやいや!

動けるものなら激しく手を横に振って、速攻否定の言葉を吐いただろう。

でもそんな事出来るはずがない。

この緊迫した状況が分からないとでも!?

人の顔を百面相だなんて失礼な事を言っておいて、まさかこの竜の姿が見えないなんてそんな馬鹿な事ないわよね。

竜は人の言葉が理解出来ないのか───耳が聞こえないっていう事はないと思うけど、一切動かないし。

申し訳程度についている耳も全く動いてないし───そいういえば竜の耳は犬猫のように動くのだろうか?

なんて事を一瞬考えてしまったけど、今はそれどころじゃない。

相変わらずの膠着状態が続いている。

多分ここで僅かな変化───勿論声以外の───があれば、一気にこの膠着状態は崩れるだろう。

ただそれを誰が齎してくれるか、なんだけど。

勿論、私が自らなんてのは絶対ない。論外だ。


───ああ、私以外の誰かお願いします!


その願いが通じたのか、変化は突然起こった。

唯その願い一体が誰に通じたのか。

神か悪魔で言えば悪魔の方じゃないかと、私は思った。

心底、本気で思った。


───動いたのだ、竜が。


竜が首を前へと、ゆっくり私の方へと突き出してきたのだ!

わわわわわっ!!

膠着状態がなくなったのは良かったけど、出来れば竜じゃなく第三者の方が良かった!!

そうじゃないと私の生存確率が、格段に、もう本当に底辺を這うどころか突き抜けるんじゃないかと思うほど下がるっ!!

なんて事を考えてる場合じゃないでしょ!!

私は自身にを叱責すると、慌ててくるりと身体の向きを百八十度変えた。

そしてそのまま脱兎の如く駆け出す。

本来なら背後なんて見せたくないのだけど、スピードを求めるとなるとこれしか方法がなかった。

後ろ向きでなんて、こける可能性は高いわ、スピードは出ないわ、障害物は分からないわと、マイナス要素が高すぎるからだ。

背中から『がぶり』なんてやられたら一発でお終いだけど、今の私が出来る最善の方法なのだからやられたら諦めるしかない。

本当は簡単に諦めたくなんかない。足掻けるなら足掻きたい。

だけど、どう考えても体格差からして無理がある以上、諦めるしかないと分かっている。

だから万に一つの生存をかけて、今正しく『死ぬ気』で走っているのだ。

その生存確率が一ミクロン、一ピーピーエムだったとしても。


『一体何処へ行くのだ?』


 私の必死さなんて、微塵も分かっていないのだろうな。

疑問を滲ませた誰かの問いかけが。

いや、見たら十分に分かるでしょうにっ!

今回は黙っている必要性も無いので、半ば八つ当たり気味に叫んだ。


「見たら分かるでしょっ! 逃げているのよっ!」

『逃げている? 一体何から?』


 不思議そうに聞いてくる声に、本気で殴り倒したいって私が思ったとしても仕方ないと思う。

いや、正当な行為だと言えるだろう。

私はその怒気を一切隠す事無く叫んだ。


「そんなの決まっているじゃないっ! 竜からよっ!!」


 叫びすぎた所為か、喉に一瞬痛みが走った。

最悪っ! と、心の中で悪態をつきつつも足を緩める事無く、唯只管前へと動かしていく。

まるで壊れた自動人形(オートマトン)の様に。

急激な全力疾走に身体は悲鳴を上げているが、それでも止まる事は出来ない。

それが、それだけが私が生きる為のただ一つの手段だからだ。

だが、その手段すらも失われた。


「ぐえっ」


 急激に喉が圧迫された為に、思わず呻き声が漏れ出る。

一体何!? と顔を息苦しさで顰めつつも、強引に顔を背後へと向けた。

目に映ったのは果てしなく鋭く尖った大きな爪。

それは紛れも無く、竜の爪だった。

───ああ、ここで終わりなのか。

未だギリギリと圧迫される喉に、自分の終焉を悟った。

このままいくと窒息死という事になるのだろうか。

酸欠になる頭でぼんやりとそんな事を考える。

身体はズルズルと、後ろに引っ張られていた。

竜が自分の方へと引き寄せているのだろう。

引き寄せた後、パクリと頭から食べるのだろうか。

このままだと間違いなく先に意識がなくなるから、食べられるとしたら好都合なのか?

半ば自嘲気味に浮かんだ考えは、突如消えた圧迫感と急に肺へと入ってきた空気に激しく咳き込んだ事によって掻き消えた。

ゴホゴホッと数度咳を繰り替えし、苦しみからか生理的な涙が目尻に浮かぶ。

それでも現状の確認をと視線を自分の後方へと向ければ、そこには僅かばかりに情けない顔をした竜がいた。

───情けない?

そんな事を思った自分に、首を傾げたくなった。

竜の顔は人間ほど、表情を豊かに表せる事は作りから言って難しいと思う。

なのに、どうしてそんな事を思ったのだろうか?

竜は私をじっと見つめたまま、動こうとはしなかった。

だがそれは先程までの緊迫した硬直状態のものとは、全く違うもので。

そう、雰囲気が、竜の瞳が違うのだ。

しいて言うなら私を気遣う雰囲気が滲み出ているという感じだろうか。

しかし何故……?


『すまぬ。そなたには苦しい思いをさせてしまったな』


 また、あの声が聞こえた。

しかし、告げられた言葉の意味が分からない。


『人の身が如何に脆弱か知っていたのだが……。

 口も聞きたくない程、怒ってしまったか』


 明らかに落胆の色を滲ませた声に、疑問は未だに払拭されなかったが誤解をさせたままというのが些か居た堪れなかったので返答をした。


「別に怒っているわけじゃないわよ?

 あなたに謝られる理由がないから、返答を窮したわけだし……」

『理由がどうあれ、そなたの首を絞めるようになってしまった事は事実。

 謝罪をするのが当然だろう』


 ん? ちょっと待って?


「私の首を絞めたのって……」


 まさかという思いで眼前の竜を見つめる。

その所為か、私の眼差しと竜の眼差しがピタリと合う。

逸らされる事のない視線に、無常にも言葉が紡がれた。


『ああ、我だ』

「って、え? えっ? えー!?」

『そう驚く事でもあるまい』


 罰が悪そうにぷいっと逸らされた顔。

余りにも勢いがつきすぎたのか、小さい風が起こった。

いや、そんな事よりも……。

今の今までこの声は何処かにいる人が発していたのかと思っていたのに、まさか目の前の竜が喋っていたなんてっ!

あまりの事に私は唯、目の前の竜を凝視する事しか出来なかったのだ。

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