◆2-6
「にいさま。ふぃあなはにいさまがえらんでくれたごほんのおはなしがききたいです」
何とか自分の感情を整理して、ふと我に返ればなんとも恥ずかしい居た堪れない状況になっていて。
相変わらずフェルハントは優しく私の頭を撫でていて──時折、髪を梳いていたりもしていたみたいだけど。
そんな状態のフェルハントが自分から進んで私を放す事も、他の行動をする事も決してない。
ただ私が落ち着くまで、安心したと彼が納得するまで放れないのだ。
だから私が何らかの行動を起こさない限り、何時まで経ってもこの状態のままとなる。
何時までもその状態でいられるほど私の神経も図太くない。
それに、目の前に置かれた本の事も気になったのもあって声をかけた。
「ん? そうだね。フィアナが聞きたいなら喜んで読むよ」
私が落ち着いたと確認出来たのか──何時も私から声をかけるパターンだけど──抱きしめていた腕を外して、表紙を開けた本を二人の間へそっと移動させた。
言うまでもなく、私にはそれがなんて書いてあるのか全く読めない。
私はちょっと居住まいを正した。
だって態々読んでくれるというのだから、そこはやっぱり、ねぇ?
「それはいったい、なんのおはなしなのですか?」
「これはね。この世界の始まりのお話だよ」
「せかいのはじまり・・・・・・」
なかなか素晴らしいチョイスをする。
実際この世界がどういった名前なのか、それどころか自分が住んでる国名すらも知らないんだから、ありがたい。
ただ間違いなく子供向けだと思う。
態々私に読み聞かせるのだから、難しい専門的なものを選ばないと思うし、第一読む人間も子供なんだから。
昔話で絵本の類なんじゃないだろうか。
得られる情報なんて限られるものになるだろうけど、それでも何も知らない事に比べると遙かにマシだ。
「自分が住んでいる世界の事を知っていて損はないからね。
それにこれから勉強していく上での原点にもなるからね。だからこの本を選んだんだよ」
選んだ理由を丁寧に説明してくれる。
「ありがとうございます。さすがにいさまです」
素直に感謝の意を述べた。
六歳にしてこの考え。やっぱりフェルハントは頭がいいんだろう。
試しに自分の六歳の頃を思い浮かべたが、比較対象にすらならなかった。
微妙にダメージを受けつつ、読んでもらう体勢を作る。
作るといっても、ただ顔を本へと向けるだけなんだけど。
「そんな対した事じゃないけど、フィアナに褒められると嬉しいね」
そうしてふんわりと微笑んだフェルハントは、本を私が見やすいように移動させると朗読を始めた。
『むかしむかしのおはなしです。
このせかいにはすべてのはじまりのもと。
せかいをつくりしもの。
げんしょのおうとよばれるふたごのかみさまがおりました。
しょうねんのすがたをしたかみさま。
なまえを『えるはーべんと』といいます。
しょうじょのすがたをしたかみさま。
なまえを『ふぁいあーり』といいます。
せかいにはこのふたごのかみさまだけでした。
このふたごのかみさまはとてもとてもなかがよく、なにをするにもいっしょでした。
そんなふたりがすごすせかいには、つねにひかりがみちあふれておりました。
それはそれはとてもすてきな、すばらしいせかいだったのです。
ふたりはいつもなかよく、いっしょにすごしておりましたが、あるひ、ふぁいあーりがいいました。
『せっかくすてきなせかいなのだから、ふたりだけですごすなんてもったいないわ』
『そうだね。だれかがいれば、もっとたのしくなるよね』
えるはーべんともふぁいあーりのことばにうなづきました。
そんなふたりのおもいが、せかいにへんかをもたらしました。
ふたりしかいなかったせかいに、いつのまにかちいさなりゅうがあらわれました。
りゅうはいつしかおおきくせいちょうし、かずをふやしました。
りゅうのせいちょうに、かみさまたちはたいへんよろこびました。
そしてつぎに、せいれいたちがすがたをあらわしました。
せいれいたちはいろいろなすがたをしておりました。
そしてもっているのうりょくも、みなそれぞれちがったのです。
そんなせいれいたちは、せかいにいろどりをつけ、へんかをつけました。
ひびちがうかおをみせるせかいに、かみさまたちはまたたいへんよろこびました。
かみさまたちがよろこぶと、りゅうもせいれいもしあわせをかんじました。
なにせりゅうもせいれいも、じぶんたちをつくってくれたかみさまのことがだいすきだからです。
りゅうとせいれいとともにしあわせにすごしていたかみさまたちでしたが、このせかいをもっとすてきなものにしようとかんがえておりました。
そうしてさいごにひとをつくったのです。
ひとはりゅうほどおおきくちからもなく、せいれいほどせかいにみちあふれているちからをつかうことはできませんでした。
そしてじゅみょうもりゅうとせいれいにくらべるとはるかにみじかかったのです。
そんなひとに、ふぁいあーりはなげきかなしみました。
じぶんのちからがたらなかったせいだと、ふぁいあーりはじぶんをせめました。
ふぁいあーりのなげきかなしむようすに、えるはーべんともりゅうもせいれいも、そしてひともおなじようになげきかなしみました。
そのなかでもひとは、じぶんのそんざいこそがわるいのだと、よりいっそうじぶんをせめました。
でも、ひといがいはだれもひとのそんざいをせめることはしませんでした。
なぜならひとも、かみさまにあいされてうまれてきたそんざいだからです。
そんなそんざいをいとしくおもうことはあっても、きらいになることはありませんでした。
しかしひとはそうではありませんでした。
じぶんがいなくなればふぁいあーりも、そしてほかのものたちもかなしませることはないとおもったのです。
いままでどおり、たのしく、うつくしいせかいで、なげくことも、かなしむこともなく、みんながしあわせにくらせるとおもったのです。
だからひとはけつだんしました。
じぶんのそんざいをけすことに。
きえることはこわいことだとおもっていましたが、みんながしあわせになるならそれはけしてこわいことではないとおもえたからです。
かみさまにつくってもらったいのちをむだんでけしてしまうことだけは、こころをたいそういためましたが。
そしてひとはこうどうにうつしました。
しんちょうにきをくばって。
ひとのけいかくは、さいわいといっていいのかわかりませんが、ほかのだれにもきづかれませんでした。
ひとはあんどのきもちと、これからむかえるおわりにふるえながらも、じぶんでじぶんのいのちをけしたのです。
ひとのいのちがきえようとしたとき、ふぁいあーりはひとのけはいがないことに、はじめてきづきました。
いままであたりまえにかんじることができたけはいが、いきなりきえたのです。
まさかと、ふぁいあーりはおもいました。
そしてひとのすがたをひっしにさがしました。
ふぁいあーりのようすに、えるはーべんともりゅうもせいれいも、ひとのすがたがないことにきがつきました。
そして、おなじようにひっしにさがしました。
そんなみんなのどりょくもむなしく、みつかったのはつめたくよこたわっているひとのからだだけでした。
からだをゆすっても、こえをかけても、なまえをよんでも、うごくこともへんじをすることもいっさいありませんでした。
ただそこには『ひと』のぬけがらがあるだけでした。
ふぁいあーりは、つめたくよこたわっているひとのからだをだきしめました。
そしてただただ、なみだをながしていました。
えるはーべんとも、りゅうもせいれも、かなしそうにふぁいあーりとそのうでのなかで、まるでねむっているようにみえるひとをみていました。
せかいはかなしみにつつまれたのです。
『どうしてこんなことに・・・・・・』
それはいま、ここにいるすべてのものたちのおもいでした』
ひらがなばかりで、たいへんよみづらくなってます。
すみません。