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それは、世界の何処かに在った。

そう、確かに在る筈なのに世界からまるで切り離されているかのようにポツンと、暗く、光の射さない部屋が一つ。

自然光でも人光でも微かなりともありそうだが在るべき光源はどこにもなく、その部屋を支配しているのはただ闇黒のみ。

そんな部屋に誰も居るはずはないと思われたのに、そこに一人の男が居た。

いや──在った、と言うべきか。

部屋の闇に溶け込むかのように、それでも溶け込むことなく自身の存在を強烈な程世界に知らしめているかの様な男。

闇と相反する程の強烈な存在感なのに、闇と同化していてもなんら違和感を感じない。

そんな何とも言い難い雰囲気を纏った男は、ただ一人その闇の中に居た。

何をするでもなく、ただ一人闇黒が支配する部屋に。

光源が皆無な状況だというのに何故かおぼろげながら重厚な造りと分かる椅子に、気だるそうに頬杖をついて座っていた。

顔には何の表情も浮かべておらず、その瞳は何かを映している様で、何も映していない。

微塵も動きがみれず、ともすれば精巧な造りの人形かと思われた男が、言葉を発した。


「そうか、見付かったか」


 誰かへの問いかけのようで、だが男の眼前には何者の姿も、存在すらも、ない。

だが確かに男は、誰かと会話をいや、意識を、思考を交わしていた。

そんな中、意識せずに出た言葉だったに違いない。

光源のない闇に支配された部屋で、男の表情など分かるはずもないのに男が笑った事が分かった。

それほどまでに、男の心を動かしたものだったのだろう。

姿の見えないものとの意識交感は。

男の笑みと同時に震撼した──世界が。

その震えは、歓喜なのかそれとも──恐怖なのか。

推し量る事は出来ない。


「遅かったと言うべきか、早かったと言うべきか。まぁいい」


 くつくつと男の笑い声が木霊する。

心底嬉しくて仕方がないという雰囲気を醸し出しているのに、その中に垣間見える仄暗さがどうしようもなく違和感を感じた。

だが、それを指摘するものは生憎と此処にはいない。


「どうした。何を躊躇っている?」


 先程までの笑いは瞬時に消え去り、眉間に皺を寄せると男は誰かに問うた。


「一時の仮初の死だ。何故躊躇う必要などある」


 だが、男が思い描いていた答えは返ってこなかったようだ。

眉間の皺は自然と更に深くなる。


「お前のその優しさと勘違いしている偽善が、このような状況を生んだという事にまだ気付かないのか」

 

 その言葉に相手は何か言い返したのだろう。

男は口角を上げると、明らかな嘲笑を浮かべた。


「お前がどう思おうと、何と言い訳をしようと既に遅い。

 歪み、止まった時の歯車は動き出した。それを止める事は誰にも出来ん。

 お前でも俺でも、そして──世界ですらも、な」


 その言葉を最後に、男は口を閉ざした。

意思の交感をしていた相手との会話が終わったのか、それともこれ以上会話をする必要性が見出せなかったのか。

どういった理由にしろ、その事実は変わらない。

男は椅子から立ち上がると、歩き出した。

ただ真っ直ぐに。

明かりも無いというのにその足取りはふらつく事も迷いも無く、ある場所を目指しているようだった。

そして立ち止まると、手を前へと突き出した。


──ギギギッ・・・・・・


 まるで、酷く錆付いた重い扉が開く様な音が聞こえた。

どうやらそれは間違いではなかった。

その音と共に、闇に支配された部屋に光が差し込んだのだ。

闇に支配された世界に侵食するが如く、光が強まり、広がる。

今までほぼ闇と同化していた筈の男は、躊躇う事無く光溢れる世界へと一歩を踏み出した。

男の存在を相反する、光に満ちた世界へと。

そして、身体全てを光の中へと滑り込ませる前に一度だけ、振り返った。

誰も存在していない、闇黒が支配する部屋へと。

その視線は部屋の中央へと向けられていたが、それは時間にしてほんの瞬き程度だった。

そんな少しの間の為に、態々立ち止まり振り返る意味など普通はない。

だが、男には必要な事だった。

男は部屋を通して、別のモノを見ていたのだ。

それが一体何かなんていう事は本人以外には、分からない。

その何かを意識として認識したからか、男は一瞬だけ表情を崩した。

それは歓喜の様で悲しみの様で、嘲笑の様で。

全ての感情が綯い交ぜになったものだった。

男は何事も無かったように表情を消し去ると、顔を前へと戻す。

そして二度と振り返る事無く、光溢れる世界へと進んで行った。

身体は光を全身に浴び、その姿は白光に包まれて掻き消えていく。

男が消えると同時に、もう用が無いとでも言うように先程と同じように音を立てて扉が閉まっていく。

風も無いのに重い音を立て、ひとりでに。

完全に扉が閉まると、勿論光は消え去る。

その場所に残ったのは主を失った部屋。

音も光も無く、ただ闇黒があるだけの。

そして部屋はまるで闇に同化するように、徐々に消えていく。

主を失った事で、存在すらする必要が無いとでも言う様に。

部屋も消え去った後、そこにはもう何も無い。

ただ闇だけがひっそりとその場所に留まっていた。

更新はまったりペースとなります。

気長にお付き合いしてくださるとありがたいです。

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