月絵師
机に向かい、新しく連載が始まったファンタジー小説の執筆に取り掛かっている柊斗亜は、良い感じに原稿を進めている。瞬間的に想い浮かんだ言葉を素早くキーで打ち込んでいく姿は、まるでそれこそ小説の主人公と思えるほどだ。場面毎に文字数の配分を計算しつつ改行し、見事に読みやすい文章が出来上がる。万一の事態が起こりデータが消滅しないよう、一フレーズずつ保存……折角書いた物がチャラになってしまったら気力が失せ、創作意欲に支障をきたしてしまう。それは小説家にとって、あってはならない事だ。(第二章完結……そろそろ頃合いかな)第二章を執筆し終え送信すると、斗亜は小説家から別の顔へと移り変わる。
机を折りたたみ、パソコンも部屋の隅に置くと斗亜の体勢、表情が変化した。斗亜が視線を向けるのは、窓の向こう側に浮かぶ満月。童話に出てくるような輝きを見せる満月に指を伸ばし、窓の面に滑らせた。次の瞬間、動かした指に合わせて、月面に線が滲み出てきた。小説を執筆していた時とは違い、少年の笑顔が斗亜に見え始めた。まるで窓がスケッチブックにでもなっているかのように、斗亜は月の表面へと線……絵を描いていく。「ん!」斗亜の顔付きが渋いものになる。窓の外に雨が斜めに降り注いだのだ。「まずい……!」天気予報では曇りだと気象予報士が云っていた。とは言え飽くまで予報。百パーセントの保証はない。(大降りにならないでくれ!)せめて、小雨程度なら絵は消えないでいてくれる。絵を描く指に力が入る。雨が強まらないでくれ……と、斗亜は念を送った。その思いが通じたかどうかは分からないが、二、三分ほど降った雨は止んでいった。(ヤバかった……つんだかと思った……)安心感を抱き、そしてまた自由な少年の顔になる。絵を描く斗亜の姿はどこまでも自由だ。「で……出来た!」窓の向こう側に完成した物、それはウサギが二羽お餅をついている場面だった。見事なムーンアート。斗亜はスマホを取り出し、電話をかけた。発信音ワンコールで相手が出る。『もしもし、お疲れ様です!【フレーズ&アート】の海老原です。柊先生?』出版社の担当者への電話だ。「お疲れ様です。柊です、御世話になってます。連載作品第二章完成した分、先程送信しました。はい……平行して執筆しました【お月見特集】用のムーンアートも今しがた完成しました」『お疲れ様です。出版社の窓から確認しました。絵心があって実に良い作品です。ありがとうございます』「恐れ入ります。絵心というよりは、遊び心ですがね」文章と絵の遊び心を持ち合わせた斗亜が仕上げたムーンアートは、月見を楽しむ人々に自然の娯楽を与えてくれた。




