第??話
「お前は何が目的でこの世界に来た」
「全ては マスターのため」
被験No.064 無名の少女は無機質な真っ白の部屋で虚空を見つめていた 扉が開く
「64 来て下さい」
少女は白衣の男を一瞥しゆっくりと立ち上がり後をついていく 部屋は幾つもあるが完全に遮断されており中は見えない
「君は成功例です とても大変でしょうが頑張ってください」
少女に感情は無い 実験の過程で奪われたから
少女に自由は無い 実験に不必要だから
少女に希望は無い 実験だけが今の彼女を造ったから
これはカミラ・スカーレットの物語
「Dr.ラルフ 64はとても素質が良く従順です 本来の実験とは異なりますが現状は順調に進んでいます」
「64」 私が64人目の被験者として与えられた名前
Dr.ラルフ 20〜30代の高身長で整った顔立ち この施設の主導者 実験が終わると彼は私の前で屈み話しかけてくる
「よく頑張りましたね64 今日はこれで終わりです さぁ お家に戻ろうりましょう」
私のお家 白一色のトイレと扉 無機質で真っ白 そこが私のお家 部屋に戻るとただ虚空を見つめる 眠くなれば眠る 食事は実験の途中に点滴で補給され服も新品の白いものに取り替えられる 永遠に続く日常
(………)
言葉も意思も失った抜け殻のような存在となっていた そんな私が収容される施設 後に「最悪で卑劣極まりない実験」と称されることになる その実験の名は『人工覚醒能力』
貧困の街で捨てられた子供たちを攫うor闇市で取引を行う そして覚醒能力を人工的に引き出す実験台にする
Dr.ラルフ家は医師の家系という権威を背景に金にものを言わせ裏で様々な悪行を行っていた そしてこの実験の構成メンバーはなんと100人にも及ぶ
「Dr.なぜこの実験を行おうとお考えになったのですか?」
「おや 新人の君は知りませんでしたね 簡潔に言うと実験が成功すれば裏で世界を牛耳ることができるからです」
もし覚醒能力を人工的に引き出せるのなら国家最強の軍隊も作れる 金は湯水のように流れ込み結果としてラルフ家は安泰になり次期当主に間違いなく就任できるこれが建前である
「さすがですDr. 成功を心より祈ります」
「どうも」
しかし本音は単なる好奇心に過ぎなかったことを誰も知る由もなかった 建前は二の次にすぎなかった
「ですがなぜあの少女に目をつけたのですか?実験の趣旨とは全く逆…あの子は…」
「感情がない でしょう?」
「はい しかし覚醒能力は感情の極端な昂りによって引き起こされるものです 感情が欠落している彼女にどうして…」
「それが驚くべきことに彼女は今までのどの被験者よりも数値が遥かに上回っているんだよ」
「え そうなんですか?」
「これを見て下さい」
膨大な量のデータがスクリーンに映し出される 身体能力 知能指数 細部に至るまですべての数値が計測不能と記録していた
「金目当ての屑を集め被験者の親役として演技させ 長年寄り添った偽りの両親を目の前で殺しました しかし被験者の心は壊れ実験は失敗に終わりました 事実を伝えれば精神は衰弱し死にました」
新人は言葉を失った
「ある時は幸せを教授したと同時に壊す ある時は絶望から一瞬の幸福へ そして再び絶望に ある時は永続的な痛みを与える…」
彼は深いため息をついた
「だがどれも失敗に終わりました 今映し出されているこの膨大なデータはこれまでの全実験の記録です」
彼は少し興奮気味に語り続けた
「だが驚いた 感情が欠落している子が全てのデータを覆した!自我が芽生える前に無機質な部屋に閉じ込める それだけで…」
新人は言葉を失い萎縮してしまった Dr.ラルフのあまりにも冷酷で残虐な姿勢に 声を返すことすらできなかった
「おっとすみません 配慮が足りませんでした…まぁどちらの実験も引き続き進行させます」
人工覚醒能力の研究 そして“感情のない人間”が能力に与える影響 その両方を同時進行で追い続けてすでに10年が経過していた
「何が……何が違うんだ なぜ上手くいかない いったい何が…!」
苛立ちが頂点に達し思わず机を拳で叩く その時
「その答え教えてやろうか?」
「……誰だ?」
振り返るとそこには血塗れの屈強な赤髪の男が立っていた
「俺はアルフィール“粛清屋”って名で動いてる 聞き覚えくらいあるだろ?」
「君が粛清屋…正義を気取った英雄様が何の用でしょうか?」
「実験に対する不満からの不当解雇と称した暗殺 暴力沙汰に脅し 恐喝 やりすぎなんだよお前」
「一人脱走した子がいましたね あの子の仕業ですか?」
かつての新人 脱走を行い命を狙われながらも粛清屋アルフィールの元へと辿り着きいた
「彼は……元気ですか?」
「いや殺した 理由はどうであれ実験に加担した側だ だが覚悟は一人前だった」
一週間前
「アルフィールさん 僕が粛清対象であることは承知しています でも僕の命と引き換えに どうかDr.の実験を止めてください」
「いいぜその覚悟 俺の血に誓おう」
情報を提供し終えた新人はその場で粛清された
「私とは違うベクトルの屑ですね 暴力を正義と履き違え粛清と称して人を殺す あなたの行いと私の実験 何が違うと言うのですか?」
「そうだな 確かに大差は無いかもしれん」
アルフィールが構える ラルフも静かに だが確実に身構えた
「……なんだ 鼻血が…?」
それは始まりの合図だった
ラルフの固有能力 孤毒の王それは毒を霧状に散布する能力
これまでの実験で培った薬品の知識 人体への効果 濃度と拡散速度 全てを最大限に活かし 彼は自らの能力を武器として昇華させていた
霧状の毒が周囲を蝕み 空間そのものを侵す 彼は手元に薬品を撒き霧に反応させる すると死神の鎌が 毒の中から生まれ落ちた
「貧相な見た目から随分グレードアップしたな Dr.ラルフ」
さらにラルフは薬品を全身にまとい毒の鎧を形成する
「これが私の研究の全てです この力であなたを殺します」
「粛清開始だ」
アルフィールの固有能力 死期太陽 体に宿るのは超高温の灼熱の炎 己の肉体ごと太陽と化し振るわれる一撃は 触れたものすべてを焼き尽くす
拳が地を打つその瞬間 施設全体が粉々に崩れ落ちた
崩壊する瓦礫の中 毒のオーブを身にまとい自身を護ったラルフ
その対面には手のひらを天にかざし 炎で瓦礫をすべて溶かし尽くしたアルフィールの姿があった
「これで毒を撒いても無駄だな」
「それはどうでしょう 墓棺」
ラルフの奥の手 絶対不可避の最凶の技が発動する
「……嫌な能力だ 繁殖性のある毒 身体が腐食していく」
「炎で繁殖を抑えているようですね さすがです」
「お前を逃がせばゲームオーバー……か」
「その通り 私を“殺す”まで能力は解除されません さあ鬼ごっこの始まりです」
「鬼ごっこ か ならスリルが欲しいだろ?」
アルフィールは地面に拳を突き立て炎を這わせる 一瞬で灼熱のドームが二人を包み込む
ふたりの姿は紅蓮の檻に閉じ込められた
「……嫌な能力ですね」
「さあゲームスタートだ」
灼熱のドーム —— 時間制限付きの殺し合いが始まる
「俺の炎で焼かれるか 毒で蝕まれ死ぬか……ゲームスタートだ」
灼熱を纏った拳がDr.ラルフに襲いかかる 空を切っただけで肌が焼けるような熱 直撃すればただでは済まない
「毒が溶け出しているぞ? 大丈夫かぁ?」
アルフィールが首を傾け不気味に笑う
「ええ 想定済みです」
「そうかそうか!仮初めの鎧が恐怖を和らげる唯一の方法か!」
再び拳に炎を纏い突進してくる
「確かにあなたの攻撃は脅威です……が 当たらなければ意味はありません」
鎧が溶けた箇所を即座に修復し ラルフは軽やかにその攻撃をかわしていく
「毒々沼」
アルフィールの踏み込み先に紫の沼が発生する 足が沈んだ瞬間 地面に拳を叩き込む
「太陽の拳!!!」
地面ごと毒沼すべてを灼き尽くす爆発 辺りが揺れる
「これだから脳筋は嫌いなんです」
「ハッハッ だが今の毒……俺の足を少しずつ蝕んでる 一筋縄じゃいかんなぁ Dr.ラルフ」
「こちらも同感です おかげで鎧は溶けては再生の繰り返し 面倒で仕方ない」
「怖くなってきたか?安心しろ……一撃で終わらせてやる」
アルフィールが力強く一歩ずつ近付く 大地を踏み割るように 圧そのものが殺意に変わっている
「弱っている人間とは到底思えませんね」
ラルフも再び構え直す
(この消耗戦……先に倒れるのは俺 やるしかないか)
「終焉の太陽」
上空に偽りの太陽が出現する 草木は瞬時に枯れ異常な熱がドーム内を包み込む
「鬼畜ですね……」
「ハッハッハッ!」
高笑いとともに灼熱の拳が空を裂く 触れてすらいないのに鎧が溶ける
(……もしこの鎧がなければとっくに死んでいる)
ラルフの動きが鈍る 鎧の再生が間に合っていない
「さすがですね ですが貴様の方は……」
「ハッハッハッ……ハッハーー!」
アルフィールの目が爛々と輝く 理性が剥がれ落ち炎は制御を失い威力を増していく
炎の竜巻が地盤を飲み込む 逃げ場のない地獄が完成しつつあった
(時間が経てばいずれ地面は炎に呑まれる その前に殺さなければ…)
荒炎の猛攻を掻い潜りアルフィールの正面に辿り着く
大量の毒を凝縮し小刀に具現化 闘気をまとわせ鋭い刃がアルフィールの脇腹を貫いた
一瞬の静寂
「ああ……全くうんざりだ」
ラルフの言葉は乱れ 呼吸も浅い 貫いた刃は即座に溶け毒さえ浄化されていく
アルフィールの戦法は理に適っていた 理性を捨てリミッターを外すことで放たれる狂炎は毒さえも焼き尽くす
ただし それには重大な代償がある
一つは理性の喪失
そしてもう一つは止まらないこと
この炎は自身の肉体が尽きるまで燃え盛る 我を取り戻すまで終わらない
「業火……烈日……太陽……灼熱……」
「……何をブツブツと」
(何故だ……私はなぜこれほどイラついている?)
それはアルフィールも気づいていない能力 他の生物にも理性の欠如を促す
知らぬ間に 自然に じわじわと相手の理性を侵食する まるで毒のように
「殺してやる……」
その瞬間 Dr.ラルフの背後から 鋭く光る刃が心臓を貫く
無機質な少女が立っていた 頬に一筋の涙を流しながら
「64……何のつもりですか」
「……」
少女は何も語らない 本能が彼女を動かしたのか アルフィールの炎により理性を侵食されたのか それは当の本人も分からなかった
「……あなた 感情があったのですか?」
「知らない……」
倒れ込むラルフから刀を引き抜く 見下ろすその瞳には感情の無いそれ の目をしていた
「ふふ……私の最後に相応しいですね さようなら64……次こそ必ず……」
ラルフは崩れ落ちた アルフィールは理性を取り戻したが唖然としていた 毒により壊死した右足は既に炎に焼かれ立つことも出来ない
アルフィールが驚いたのはラルフの死ではなかった
この灼熱の地獄を生き抜き 息を潜めていた少女の存在に驚きを隠せなかった
「今ならあなたも殺せる」
少女は血を払った刀を手に ゆっくりと歩み寄る アルフィールは座り込んだまま
「小娘……どうやって生き延びた」
少女は答えない ただ無言のまま目の前に立つ
「俺もここまでか……」
「あなたが……」
「?」
「私……白と黒と赤以外 初めて見た あの上の色はなんていうの?」
アルフィールは呆気にとられながら空を見上げた そこには満天の星空が広がっている
「小娘 俺もあの色は知らん」
「なんで 知らないの?」
「色は沢山ある 自分で調べろ」
少女は空を見つめたまま目を細める その瞳には ほんの微かな光が宿っていた
「胸が……変なの なんだか胸の中が……痛いの」
「それは決別だ 過去の自分との その別れに胸が苦しくなる だがそれはお前の 新たな人生だ」
「……あ…え……」
「わかんねぇか まぁいい……俺についてくるか?教えてやるよ この世界を」
「世界を……」
少女は静かに頷いた
「小娘 名前はなんだ」
「64」
「後でお前に名前をつけてやる」
「あなたの名前はアルフィール 私知ってる 私を出してくれた……人……」
「そん時は『ありがとう』でいいんだよ」
「ありがとう アルフィール」
「呼び捨てかよ……」
「アルフィール あの光る空の色 人は……なんて言うの?」
「あー……」
「知らない?」
「いや 俺もよく分からんが……たぶん“美しい” だ」
「美しい……空 とても美しい アルフィール」
「ああ そうだな」
Dr.ラルフとアルフィールの決戦から十年後…
「カミラ 悪いが少し肩を貸してくれ」
「はい マスター」
綺麗な花が咲き誇る場所に小さな家がポツンと立っている 辺りには美しい川が流れ山には豊かな山菜が実っている
「悪いな この頃体が言う事を聞かん」
「マスター どうかあまり無理をしないで下さい」
あの闘いの後 アルフィールは後遺症が残った 歳を重ねる事に症状が悪化する 看病する少女の名はカミラ・スカーレット No.64である
アルフィールは残りの時間をこの少女に注いでいた 過去の自分と境遇が似ていたから放っておけなかった
カミラの上達速度は類を見ない程速かった 空を知らなかった少女が今では自分を看病するまでに育った
またアルフィールはカミラの能力を考慮し必要な技術を叩き込んだ 彼女は過去の自分を完全に消し去り新たな人生を歩める力を手にした ある事を覗いては…
「カミラ…俺はもう長くない」
川辺で釣りをしながら話す カミラの表情は変わらないがじっと見つめ話を聞く
「一つ気掛かりがある お前の笑った顔を見てみたかったもんだ」
少女は感情だけ欠落していた この十年間 一度も泣く事も笑う事も無かった
「ごめんなさい…」
俯いた頭を大きな手で撫でる
「気にすんな これからは沢山の美しいを学べ 今のお前なら一人でも大丈夫だ」
「どうしてそんな悲しい事を仰るのですか」
「残りの余生をお前と過ごした 悪くなかった 悔いは無い やりたい事もやった」
アルフィールが大きな魚を釣り上げる
「美味い飯もお前と食べた もう充分だ これ以上老いる自分を見たくない」
カミラは無言のまま けど大体わかる この時彼女は言葉を探している 適切な言葉を
「帰るぞ」
魚料理に山菜を使った彩のある料理 いつも豪華だが今日はいつも以上に豪華だ
これがカミラなりの恩返し 表現なのだ
その日は沢山話した 今までの事を 二人は語り尽くした そしてその日眠りについたアルフィールは息を引き取った
彼女は花園の中心に墓石を建てた その日は雨が降っていた 彼女は感情を知らない それは雨と思った
「マスター…私は…」
この世に公正な裁きは無い 真実と虚偽なんて誰にも分からない アルフィールが最も嫌っていたのは見えない罪
彼の過去が罪を捌く道具と化したのだ その過去をカミラも知っていた 彼女はその意志を継いだ 絶対的公正且つ平等な裁きを行うと
その時に現れた神言 運命か悪戯か 彼女は願った 真実を元に下す神判所を創ると 太陽の意志を継いだ少女は 神の権利を得るため 殺し合いの世界に投じた
感情の無い彼女は殺しを躊躇う事は無かった 多くの屍を築き上げ自身もまた傷付いては修復を繰り返した
(マスターの望んだ世界を 私が実現させる)
そんな中出会った女 宿木桔梗 運命の歯車が 失っていたはずの感情が 動き出す
カミラ・スカーレット
少女に感情は無い 少女に自由は無い しかし微かに継がれた希望が 灯火となり動かす
カミラ・スカーレット これが少女の名前
時が戻り…
「全てはマスターのため そして…」
(闘気が揺らいでいる…来る!)
「私が私である為に」
身軽な身体 一瞬で距離を詰め寄るカミラ
(速…!)
「貴方は死を前にどうして余裕でいられるの?」
美しき刀 肌で感じる程表面化された殺傷力 直感で分かる これを…
(これを喰らうのはまずい!)
振り下ろされる刀 無駄の無い完璧な刀捌き それは誰もが見蕩れ誰もが慄く アルフィールの残した遺産
「闇…」
左手から闇玉を爆発させ距離を取る作戦だった だがどうしてだろうか 闇玉が発動しない
「玉…………?」
視界に映ったのは左腕が地面に落ちている最中 間髪入れず心臓目掛けて貫かれる 桔梗の目から光が消える
目を見開くカミラ そしてすぐ様退く それは本能が彼女を反射で動かした
桔梗は死んだ?NO┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈▶︎本気を出した
「冥夜を灯そう お前の命を以て」
翼が形成され剣を右手に掴む 体を這って構築される鎧 100%の闇を使った本気の姿
そこに優しい桔梗は居ない ただ自らの生命を脅かす生物の駆除を行う それだけ
「初めて見る色 とても危険な色」
桔梗の本気を最速で引き出したカミラ
そのカミラを本能で退かせた本気の桔梗
二人の壮絶な殺し合いが火蓋を切る
先手を取ったのはカミラ・スカーレット 体制を整え構える 悠然と歩を詰める桔梗 二人の距離が縮まる度に圧が辺りを覆う 両者目の前
先に動いたのはカミラ 一撃が致命傷と成りうる攻撃 絶え間なく襲いかかる刀
「」