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恒星間調査団機械化偵察護衛分隊

作者: mugi_LEO

空間をねじ曲げて移動するワープというのは、ブラックホールほどのエネルギーを制御しなければならない。そんな技術はかなり否定的だ。そんな時、量子もつれや量子テレポーテーションの話、またダークマターが原始ブラックホールではないかという話も聞いた。ダークマターは宇宙の至る所に散らばっている。量子もつれがどんな遠い場所でも関係ないと聞き、これってダークマターという我々からは見えない異次元への穴を通して時間も距離も関係なくつながってんのじゃない?・・・って考え始めたんだけど、SFとして使えそうだなと思ってしまったのです。まあ、基本はそれではなくて、遠い惑星での調査や戦闘の話になっちゃうんですけど。

宇宙母船ギャラクシー003は、ワームホールを一瞬で抜け、恒星間飛行に移行して地球時間軸42日目に入っていた。後3日ほどで N273銀河内アブユラシム(太陽)系の第三惑星惑星ユムハラムに到着する。船内、いや全長740mにも及ぶ小規模人工星間移動体はあわただしかった。基本は調査なのだが、この星間移動体の最終認証取得もかかっている試験飛行でもあるので、大きさの割に乗り組んでいる人員は極めて少数だ。それでも500人程度となるので、それなりなのだ。

これが地球並みの大きさと重力をもつ星に着陸したら、もう再び飛び立つことは不可能なので、シャトル型の宇宙船フロンティアが搭載されている。母船ギャラクシーは衛星軌道に入るのだ。



観葉植物というのは合成樹脂で製作されるには都合がよく、安価で作成できるのでこの休憩室にはそれなりの数が、飲み物のサーバーといっしょに置かれている。偽物と分かっていてもこれだけ本物(見たことはないのだが)そっくりだと、分からない程度に薄く塗られた淡い緑色の壁と相まって脳からはアルファー波が多めに出るらしい・・・。

「歴史を学ぶと本当に人類がとてつもない変化を経験していることが分かります。私は日本出身ですから、徳川時代なんかとても面白かったです。徳川家康から始まる時代ですね。火縄銃の時代ですよ。それからわずか300~400年でジャンボジェット=ボーイング747、自分はこの飛翔体が好きなんですけど、こいつが飛んでるんですね。まさか、総金属製で、ジェットエンジンを積み、600人もの人間を乗せ、高度10000メートルを時速1000キロメートルで飛ぶなんて、この時代には誰も創造できなかったでしょうね。それが、今、ワープを利用した恒星間飛行が現実のものとなっている。SF小説なんかで語られてはいましたが、まさか現実になるなんて当時の人たちは思ってもみなかったでしょうね。まあ、それだけの知性があれば、地球が現実に住むに絶えない星になるなんてこともなかったでしょうが。しかし、ワープ航法は考えられていた方法とはちょっと違った方法で実現されたようですね。」

藤塚1曹が両膝を抱きながらつぶやいた。それに答えてエマ軍曹が話し始めた。

「ワープのイメージというと、一枚の紙に点を二つ打ち、紙をくにゃっと曲げて点と点を重ねて説明はおしまいか、もっと丁寧な説明でもそこを鉛筆でぐさっと刺して穴を開けて説明されたいたんだが、そんな単純なものじゃない。例えば紙を曲げる行為を例にとるぞ。ゴムで出来た平面にパチンコ玉を乗っけるとその重さによってゴムは伸びて沈むだろう。相対性理論では重い星の質量で空間が歪む現象がこのイメージで説明され、実際に日食の時に太陽の裏側にあって見えないはずの星が観測されている。光は空間を直進するので、太陽の裏側の星が観察されるということは空間自体が歪んだ証拠なんだ。そこで空間を近づけるためには空間をう~んと沈み込ませるような極端に重い星が必要なんだ。」

「そこでブラックホールというわけですね。」

「そう。極端な話、ブラックホールがとんでもなく重く、空間がどんどん沈み込んでいけばやがて空間はしずくのような形になり、別々の地点がくっついてしまう。そうなればブラックホールも見えなくなってしまい、閉じた空間にブラックホールは閉じ込められてしまう。重い星によって沈んだその向かい側の地点がくっつくことがなくても。その近辺ではブラックホールに引きずり込まれた空間の分、空間距離が短くなるから移動時間を短縮することが出来る。まあ、この場合、時間の進み方も変わってくるんだけどね。」

「私も、その昔の理論は聞いていました。でも、今は別の理論なんでしょ。」

「で、新しい理論なんだが、我々はトイレットペーパー理論と読んでいる。」

「トイペって訊いたことはありますが、見たことはありません。排泄をした後に肛門を拭き取るやつですよね。」

「そうだ。さっきの説明では空間は平べったいゴムのようだと言ったね。そうではなくて、トイレットペーパーをイメージして欲しい。トイレットペーパーは木から取り出した繊維を細かく絡み合わせて作った紙の一種だ。」

「はい。」

「クソをトイレットペーペーで拭き取った後のケツはきれいになるよね。じゃあペーパーをつかんでいた手はきれいか?」

「それを聞くということは、きれいじゃないということですね。」

「そう、汚いんだ。トイレットペーパーというのは繊維の間が隙間だらけで、汚物は簡単にそれを通り抜け、手に付くんだ。一見、真っ平らで隙間無く見える空間も、本当は隙間だらけで網とかザルのようなイメージのものなんだ。私たちから見るとトイレットペーパーは隙間がない平面なんだけど、実際は私たちの次元から見ると隙間無く見える空間も別の次元レベルでは穴だらけなんだ。で、この穴こそワームホールと言われるもので異次元空間となる。そこには距離の概念も時間の概念もない。21世紀初めになぞとされた量子もつれや量子テレポーテーションはまさにこの仕組みで生じた現象だったんだよ。これを利用すれば、空間をねじ曲げるような巨大なエネルギーが無くとも恒星間飛行が可能となるんだ。空間をねじ曲げるような巨大なエネルギーを制御するなんて現実離れしすぎさ。」

「この穴、いや穴ではないですね。我々の次元からではつながっているように見えないんだけだれども、この次元ではしっかりとつながっていたということですね。」

「まあ、我々には見えないんだが、その質量とかは我々の次元にも影響を及ぼしている。例えば、銀河や恒星系って猛スピードで宇宙が膨らんでいるのにそのスピードでバラバラにならないとか。」

「つまり、その重力で形が保たれているわけですね。それってダークマター、イコール原始ブラックホールのことですよね。でも、巨大なエネルギーを必要としないで、どうやってそれを利用するんですか?」

「アファーマティブ(その通り)!原始ブラックホールやダークマターを持ち出してくるというのはけっこう勉強しているんだな。」

「一応、チームは皆、大学出ですから。いろいろな情報に触れるようにしています。」

「トイペ理論の提唱者、朝妻教授は量子熱力学の第一人者なんだ。質問、熱とはなんだ?」

「運動ですね。」

「そう。運動が高まると熱は上がる。それはやがて、分子を壊し、素粒子となる。素粒子を形成するものは?」

「量子です。振動により。いろいろな素粒子になる。・・・つまり、さらにその素粒子を壊れる程度までに振動させれば・・・。」

「やがて出現するのはダークマター、原始ブラックホールさ。これは、太陽よりも重い星を作り出すなんて非現実な試みでなくても、ちょい昔に実現した核融合発電技術の応用で作り出すことが可能なエネルギーなんだ。この実現可能な技術により、今まで見ることの出来なかった別次元を自分たちのものにしたのさ。」

「つまり、僕らの次元からでは見えない空間なんだけど、でも確かに存在する空間。それが我々の次元にオーバラップしている・・・。見えないけど、至る所に存在する。いや、我々も量子の塊とも言えるから、『存在そのもの』と言えるかも知れませんね。それを無意識から意識に昇華させたように、現実にしたのですね。」

「実際には、私たちの次元から見ることはできない。でも、これを見えるようにしたのが、あの理論物理学者、朝妻克哉なんだ。ただし、量子熱力学の数式でね。」

ちょっと思い出すように話を続けた。

「地球の海にはかつて潜水艦というものが存在した。暗い深海には光もなく、電波を使ったレーダーも使えない。周りは闇なんだ。しかし、音は水中を伝わる。その音は物体にぶつかると跳ね返ってくる。その跳ね返ってきた音を詳しく調べれば、周りに何があるか分かるんだ。ただ、音の波もいろいろなところからやってくると合わさって大きくなったり、小さくなったりと性質が変わる。実はそれらも計算で明らかに出来るんだ。実用になった装置はさすがにくっきりと、とまではいかなかったが、周りの様子をかなり正確に3Dで表現することも可能になった。アクティブソナーはもともと精度が高いんだけど、パッシブソナーでも相当な精度が出せたと聞いている。」

「それが、今は量子通信や量子レーダーで、この異次元世界間を量子レベルで関係付けることにより、恒星間でも遅延なしに、また、あったとしても何年もかけて・・・なんてことは無くなった。」

ポーン。女性のアナウンスが流れる。

「機械化護衛偵察分隊の皆様、これより資材確認が行われますので、第16番格納庫に御集合ください。10:00よりブリーフィングとなります。繰り返します・・・」

「お呼びだ。行こう。」




ダークマターが原始ブラックホールとして証明されてから、それを応用した恒星間移動が開発されるまでそう長い期間はかからなかった。いわゆる昔で言うワープである。宇宙のほとんどを閉めるダークマター、つまり原始ブラックホールは至る所にある・・・というより、今の宇宙にオーバーラップしていると言ってよい。上手に利用すればあらゆる宇宙座標間を移動することが可能になる、原理的には。ただし、宇宙規模のエネルギーの制御は簡単ではなかった。人類が諦めかけたその時、一人の理論物理学者が一つの数式を解き明かした。その数式により、原始ブラックホールというどこにでもあるものを利用し、凶暴なエネルギーを使わなくても本来の宇宙と同時並行なものとすることに成功したのである。これで資源をしゃぶりつくされ、汚染された地球というスラムから脱出できるという希望が生まれたのである。ただ、宇宙のどこででも人間が生存できるかというと、話はそう簡単ではない。地球レベルの環境をもつ惑星を特定しなければならなかった。そこで瀕死の地球連邦議会が探査を託したのが、先の技術を確立したフロンティア社だった。フロンティア社は探査候補を三百ほどにしぼり、順位付けを行った。

地球環境に似た星はある。だが、似ている星は当然、地球と同じような歴史をたどり、生物が繁栄し、場合によっては人間と同様の生命体が存在する確率も限りなく高くなる。

初期の人類、ネアンデルタール人とかの進化の過程であればよいが、人類をはるかに超える知的生命体が存在すれば、逆に人類の存在も危うくなる。


順位に基づき、探査候補惑星が選定され、最初は5つの惑星が候補となった。同時に探査できる限界まで調査する方針だ。

調査団には、地球連邦議会所属の護衛師団が編成され、それぞれ作戦群が付きそうことになった。

携行する武器は笑うなかれ、レーザー銃や波動砲ではない、何百年前に確立した金属薬莢の中に推進薬を入れ、弾丸で蓋をし、薬莢の底のプライマーを叩いて起爆する仕組みの弾丸だ。それを使った銃器が主役なのだ。極端なことを言えば、数百年前に進化の極に達した兵器を使っているのだ。ただ、それなりに進化を遂げているので、今でも十分現役なのだ。規格が数百年変わらないということは、逆に言えば、上位互換であり、昔の弾も撃とうと思えば撃てるということだ。もし、骨董品の9mmパラベラム弾や223レミントン弾、308ウィンチェスター弾などあれば、今もその規格で弾薬が設計、製造されているので、問題なく撃てるということだ。これは他にないことだ、実用的なメリットこそないものの・・・。


シン達の小隊は、惑星ユムハラムで任にあたることになった。地球から480光年ほど離れたN273銀河、アブユラシム(太陽)系、第三惑星だ。環境としてはかなり地球に近い。いや、近いというよりはほぼ同じだ。植物も地球と同じように進化し、酸素を排出して環境を激変させたのだ。動物も誕生していると考えられている。ただ、人間のような知的生命体が進化してきていることはないだろうと推測される比較的若い天体だ。ただ地球でも恐竜が栄えた時代もあり、そこの惑星でもどんな生物が進化しているか不明なため、異星人との戦闘というよりは、未知の巨大生命体に対しての対兵器が選択されていた。


まずは細菌とかウィルスがないか検査するチームの護衛が任務として与えられた。約250年前、月までの旅行が片道約一週間弱かかっていたのと比べると距離の概念がないので、480光年といえどもちょっとした出張気分だ。ただ、ワープに関しては安全性が100%確かめられたわけではないので、地球や探査対象星から十分離れた場所で行う必要がある。その地点までは従来のロケットやスイングバイを利用した飛行となるため、数ヶ月を要するのだ。ワープはあっという間なのだけど。


三重ロックの調査用出入り口から科学者数名と護衛の計十名ほど船外に出た。気温は緯度にしては若干高めの三十二度八分。酸素濃度約21%、二酸化炭素濃度0.03%ここで未知の細菌やウィルスが見つからなければ全く問題はなさそうだ。科学者達はサンプルを採取するとケースにしまい込み、船内に帰還する。第一ドックは高圧の水と空気で宇宙服を洗浄する。その後、宇宙服の限界まで加熱し、滅菌する。そしてやっと第二ドックに移る。ここでは宇宙服を外す。自動化されているといっても三十分近くかかる。宇宙服が隔離された後、下着とオムツが取り払われ全裸になってシャワーを浴びさせられる。乾燥した風が送り込まれ、身体が乾いたら第三ドックに移る。ここではもっぱら検査が行われる。異常がなけばやっと船内に入ることが出来る。


環境が同じならば、進化もほぼ同じように起きる・・・という理論を唱えた科学者がいたが、進化の選択肢がたまたま地球の場合はそれぞれの選択肢がその過程をたどっただけで、他では別の選択肢が進化し、全く違った結果が起きていても不思議はないという学説が大半だった。しかし、確率的に一番起きそうな選択肢にそって進化が遂げられるという先の科学者の説が正しい・・・ということが証明されそうだ。

サンプルの中にはウィルスや細菌なども見つかった。ただどれも地球上のものそう変わりは無く、病原性があっても対応するワクチンや抗生物質で対処は出来ることが分かった。今回のサンプルから想定される驚異に対抗できるワクチンや抗生物質が乗組員には投与された。効果が現れる2週間からさら2週間、計4週間は宇宙服の着用が義務づけられた。この間にも地球からモジュールが届き、最初の拠点宇宙船からどんどんコロニーが拡張されていく。

着陸地点は惑星の緯度四十度付近だ。地球と違い、地軸が公転面に垂直なので季節はない。地球と同様に70%は海水のような液体に覆われているが、緯度の場所によって地球よりも環境は極端に変わる。南極も北極も年中マイナス70度付近で赤道は逆に年中50度以上だ。極端な気温差があるため、大気の循環も極端で、風がかなり強い。自転の速度はほぼ地球並み、惑星ユムハラムの質量は誤差の範囲ではあるが、地球のそれよりわずかに少ない。そのため、重力は地球とこれも誤差の範囲だが、わずかに少ない。植物もそのためか、若干大きめなものが多いと感じる。おそらく、棲んでいるであろう生物も大きなはずだ。到着後、植物や微生物以外の生き物とは遭遇していない。目撃情報は若干あり、昆虫のような小型の生物は生息しているらしいことは想定されている。動物が居て欲しい。動物ならアミノ酸やタンパク質からなるから、現地で高タンパクの食料が手に入ることになる。

水も存在する。雨が降るため、淡水が存在するのだ。気候は極端なため、雨は激しい時は暴力的に激しい。若い惑星の割に浸食は激しいと感じる。


宇宙服はきつい。重力が地球とほぼ同じなため、装備は135kg程度になる。パワーアシストシステムがあるので、重さは感じないが、動こうと思ってから一瞬のタイムラグがあり、感覚的に嫌いである。こいつを着たまま現地の動物と戦うのはぞっとする。もうしばらく、自由になるまでその機会が訪れないようガラにもなく祈っている。しかし、大抵そんな時に限って出会いはやってくる。

シン達の今回の調査は淡水湖で水際の植生と岸部近くの水棲生物の探査に同行することだ。調査団は六名。植物学者三名と地質学者一名、後の二名は昆虫学者と魚類学者だ。

同行する護衛部隊も六名。エマ軍曹、トム曹長、藤塚1曹、ユーリ2曹、モン2曹、そして、シン少尉である。メディックは同行しない。宇宙服を着た状態はどうにも処置できないからだ。

一行は2台の軽クワッドコプターに分譲し、基地を出発した。座席が剥き出しでジープに車輪の代わりの小型ターボファンが四つ付いているような代物だ。雨が降っているときは悲惨だ。ただ、小回りがきき、使い勝手はよい。ペイロードもそれなりにあるので、サンプルを多く持ち帰ることが出来る。草木ばかりなので、本来着陸は出来ないのだが、前にドーザーで道を切り開き、周りの木々をなぎ倒し、草を刈り払って造った拠点がいくつかある。アルファベットと数字で拠点IDが付けられている。

三キロほど南のAC7が本日の着陸地点だ。水辺まではさらにそこから300mほどあるが、予めミニドーザーで道は確保されていた。宇宙服でさすがに藪漕ぎは出来ないので水辺の浜を移動する。水辺に出たところには旗を立てて、遠くからでも視認できるようにしておく。どこも似たような風景なので迷子になったら命に関わる問題となる。GPS衛星も順次打ち上げているが、精度が実用になるまでもう少しかかる。


水辺の端で何かが跳ねた。シン達が銃を構え、引き金をためらうのと同時に科学者の執念というか、投網が火薬で飛ばされた。網は先ほど何かが跳ねたところに落下した。科学者達は危険とか考えないのだろう、岸辺まで近づくと重い宇宙服などまるで関係ないように網を引いた。魚だ!数匹のキラキラと光る物体は、魚だ。地球と変わらない進化をしている。科学者達は、それをサンプルケースに収めると、網を最後まで回収した。くるくると網をまとめ、振り向こうとした時だ、大きなしぶきが突進してきた。ワニだ!いや、ワニのような生物だ。進化はすごい。歯も似たような進化だし、顎の形状もほぼいっしょだ。外見のゴツゴツしたところまで似通っている。

ガーン!

460ウエザビーマグナムが火を噴いた。トム曹長のがっしりした身体でも反動でぐらり後ろに後退する。ワニのような生物の上顎がまるごと吹き飛ぶ。まるでスプレーでばらまいたかのように派手に赤い破片が飛び散った。ここの生物もヘモグロビンを介して酸素を取り込み、二酸化炭素を排出しているらしい。魚類学者は振り向きざまに座り込んでしまった。宇宙服は座り込んだら、立ち上がるのか大変だ。他の科学者から支えてもらってやっと立ち上がった。シン達は新しい攻撃に備え、全身センサーの塊となって動かなかった。

安全が確保されたと確信すると、すぐさま部隊は科学者達の手を引き、撤退を始めた。魚のサンプルは持ったが、ワニのやつはちょっと危険すぎる。不用意に近づくとやつの仲間が居るかもしれない。宇宙服では危険は極力回避だ。ただ、近くに上顎の一部が吹き飛んで来たのでそれは拾って戻る。長居は無用だ。

クワッドコプターを飛ばし、急いで基地に戻る。予定時間よりもだいぶ早いが緊急事態のひとつだ。第一ドックに駆け込む。サンプルはここでダストシュートのような構造物に預け、怒濤のシャワーを浴びる。30名以上が同時に除染可能な施設なので、12名ではゆとりがある。空気がよそへ広がらないように気圧がぐんと低くなるので、耳が痛くなるが、宇宙服を脱ぐことができるので、嬉しい。オムツはここで処分し、下着で第二ドックへ移る。ここでは、全てを取り去りシャワーを浴びるのだが、男女は全く関係ない。出発の際に科学者達は先にここを通過していたので分からなかったが、科学者の半数は女性だった。年齢は20台半ばから30台後半といったところだろうか。護衛チームにも女性が1名混じっている。彼女を含め、全裸になるのは特別なことではなかった。



サンプルの解析が進むにつれ、まるで地球と変わらないような結果が出た。魚やワニも形こそ若干の違いはあれ、組織等はほぼ変わりない。我々人類にとって毒物と定義されるような成分は見つからなかったし、細菌やウィルスの問題がクリアした段階で全てこれらは我々の食料となり得ると判断された。

ただ、ワニは、は虫類の進化の段階である。は虫類の次の段階は哺乳類である。地球でもオーストラリア大陸というところにカモノハシという生物が居たらしいが、その生物は卵を産み、母乳で子供を育てていたらしい。そこの進化はどんな過程をたどっているか分からないが、少なくともは虫類程度の進化までは進んでいるらしい。地球では恐竜の時代も長く続いたが、小惑星の衝突で絶滅したとされている。この惑星では小惑星の衝突はないから、もしかすると恐竜レベルの生物がかなり進化している可能性も否定できない。

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対微生物・ワクチンによる免疫獲得期間が過ぎ、1週間の人体実験の後、地球上と同じ装備で活動することが許可された。

セラミックのトラウマパッドを装着し、銃器や非常グッズ、携行食・水分、無線設備や生命トランスポンダーなどを含めて装備は全部で15kgを切っている。アシストスーツがなくてもシン達はこの程度なら器械体操の鉄棒だってこなせる。本来なら30kgを超える装備を背負い、100km以上先の適地を数日間で攻撃・離脱出来るチームなのだ。

科学者達も軽微な防護スーツでの活動が許可された。

本日の目標は再びAC7だ。湖の3D地図の作成が第一目標だ。今回の調査団は先の連中に加え、恐竜を研究している科学者が二名加わった。シン達のチームにはメディックも一名加わった。

AC7には宇宙服がいらなくなった分、ゴムボートも軽クワッドコプターで運ぶことが出来た。第二目標のワニの調査の他、他の魚類の捕獲、両生類に該当する生物の探索などが含まれていた。3D地図作成に加えてワニ対策にも、簡易デジタルソナ-が使用される。元々こんな機器を運び込んできてはいないのだが、地球の司令部から異空間通信でデータを送ってもらい、3Dプリンターと昔言っていたインスタントパーソナルファクトリー、IPFによりここで制作されたものだ。多くの物を運び込むより、これ一台で必要な物の制作から壊れた物の修理までこなすことが出来る。次元旅行も、実はこの技術がなければ実用的な実現には至らなかったと考えられる。

このデジタルソナーは優れもので、発信源が4カ所あり、それぞれ波長の違うPINGを飛ばす。その反射波を解析し、立体的かつ、前方一六〇度の円錐形の範囲をリアルタイムで可視化出来るのだ。このデータを記録すれば3D地図が作成できる。後方にももう一台設置したので真横を除けば死角はない。移動しているから、真横の死角も実質的に無くなる。ワニのアタックも分かるし、他の生物の存在も探知できる。

おっと、もう後方の簡易デジタルソナ-がワニの影をとらえた。二匹だ。我々のボートを獲物と思っているのか。ボート1隻の大きさはペイロード別で八人乗れる大きさなのでワニにとっても大きい方であろう。生態系をあまり破壊したくはないが、コロニーのタンパク源も欲しい。藤塚1曹が別の銃の取り出した。レトロな自動式の散弾銃である。このブローニングにスラッグという弾丸を5発ほど込めた。前回トム曹長が使用したのは地球で象などの超大物を倒すときに使う大口径ライフル銃だ。強力で大物でも一撃に仕留める威力を持つが、お肉をいただくとなると強力すぎて食べられる部分が少なくなるのだ。対してスラッグ弾は親指ほどもある弾を少量の火薬で飛ばす。近距離でのノックアウトパワーは凄いが、音速の何倍もあるライフル弾の衝撃波は起きない。ボコッと大穴が開く。ライフル弾はそこそこどこに当たっても組織を粉々にするので致命傷となることが多いが、スラッグ弾は確実に急所を狙う必要がある。

地球上のワニと同様に目が二つある。立体視が出来るということだ。そして、脳から目が進化しているはずなので、おそらく目の間に脳があると考えられる。トム曹長とユーリ二曹がバックアップにつく。彼らはそれぞれ、M22と460ウェザビーマグナムを構える。

藤塚1曹がねらいを定める。波のある水面上を移動するボートからの射撃は簡単ではない。ブローニングは散弾銃なのでフロントサイトがおまけのように付いているだけだ。きちんと構えると身体と一体になった銃はそれだけで正確に目標を捉える。後は距離に応じたドロップ量を経験的に割り出し、船の挙動に合わせて引き金を絞る。25mまで近づいてワニは巨大に見える。が、おそらく脳は握り拳ほどもないだろう。一発目は左目のすぐ脇にめり込んでいった。すぐに二発目が目と目の間の中心をえぐる。三発目は若干その奥に着弾した。ワニはそのまま動きを止めた。二匹目が追いついてきた。四発目を発射した。しかし、予想外の波に突き上げられ、大きく弾は外れ、ワニの背中の横に大きな縦の水柱を上げた。床に転がるプラスチック製のケースは4つ。後一発だ。トム曹長とユーリ二曹がバックアップで照準を定める。だが、5発は見事にワニの脳天を吹き飛ばし、ワニは沈黙した。2頭のワニが腹をみせてゆっくりとひっくり返った。周りの水が赤へと色を変えて広がっていく。この巨大な生き物を持って帰るのは大変そうだ。

とりあえずブイをロケットアンカーでぶちこんでおく。 今晩はワニ肉のステーキか?コロニーのみんなが歓喜の声を上げそうだ。地球のワニはとっくに絶滅し、ときどきそのジャーキーが最後の楽園、オーストラリアで見つかることがある。どうも、オーストラリアの観光地でワニの肉もお土産として売られていたらしい。

さらに奥へと進む。支流があり、そのうちの一番大きな流れにそって進むことにした。川幅は50から30mほどだっただろうか。1kmほど上流を遡ったとき、大きな物体が空中から猛スピートで落下してきた。ボートの操作は我々のチームだったので間一髪わかしたが、直撃を食らったら一撃でボートは四散しただろう。その物体の発射源方向に照準を合わせていたが、別方向から同様の物体が発射された、明らかに組織だった攻撃のように思えた。機転を利かせたモン二曹の操船がなければ、このボートは今頃破片と肉片となったいただろう。しかし、事はうまく運ばない。第三弾を警戒しながらユーリ2曹がM1マシンガンを発射地点と計算された位置へと弾丸を大量に送り込んだ。「リロード!」そう叫んだ、その瞬間、ユーリ二曹は大きな影の下になった。次の瞬間、大きな水しぶきと共にユーリ二曹はその影と一緒に消えた。1秒、2秒、3秒・・・全員が「ヤバい!」と思った瞬間、大きな赤い水柱が吹き上がった。ボートにはしぶきと共にソフトボール大の眼球が飛んできた。みんながあっけにとられていると、ゴムボートのへりをニョキッと片手でつかみ、ユーリ二曹が這い上がってきた。460ウェザーマグナムライフルを背中に袈裟懸けにしていた。左腕がちぎれそうな程、深い傷を負っている。

「油断した。」

突然のワニの攻撃で左腕を噛まれ、そのまま水の中に引きずり込まれたのだが、右手のみで至近距離から急所めがけてライフル銃を発射したのだ。弾は真下からワニの脳を吹き飛ばした。ライフルの弾自体は水中でも発射可能だ。推進薬は燃焼剤と酸化剤の混合されたものだから、空気のない水中でも発射できる。ただし、水の密度は空気とは比べものにならないほど高いため、弾丸を発射する時の抵抗が半端ではなく、銃身には強い負荷がかかる。確かに460ウェザーマグナムライフル銃の銃口付近はトランペットのようにぐにゃりと広がり避けていた。右肩近辺には反動で大きなアザが出来ていることだろう。

ユーリ二曹が床に横たわると同時に、メディックの雪菜が飛びついた。瞬間的に損傷を観察し、先ずユーリ二曹のサスペンダーからターニケットを取り出し、肩関節の少し下をぐるっと巻いて絞り込んだ。ターニケット等は本人のものを使うのが鉄則だ。自分の物を使うと、自分が怪我したときに使えないからだ。ライフル銃等による損傷では30秒以内の処置が鉄則だ。ライフル銃による組織の損傷は激しく、出血多量を招く。ユーリ二曹の出血は吹き出るほどにひどかったが、ボートの床が汚れないほど鮮やかにしかも瞬時に最初の止血を終えた。腕は巨大なワニの歯でまるでコンバットナイフでズタズタに刺されたみたいになっている。雪菜は傷口を感染症対策用の洗浄液で素早く消毒すると組織保護材で左腕をくるんだ。さらに2本目のターニケットを巻いて最悪の場合でも必要最小限の犠牲で済むようにした。付属のペンで時刻を記入する。

他の護衛はその様子を見ていなかった。神経をとがらせて周囲を警戒していたが、応急処置の間、巨大生物や謎の攻撃はなかった。

雪菜はメディックキットから点滴を取り出すと右腕に素早く注入を始めた。そして保温ケープで全身を包んだ。

「少尉、すぐ搬送した方がいいと思います。・・・が、限界は40~30分です。移動を含めると活動時間は15分程度かと。次になんらかの攻撃があるとユーリ二曹の保証は出来ません。御判断を。」

「俺は大丈夫だ。まだやれる。」

シン少尉はそう言うユーリ二曹をチラリと見た。

宇宙服では応急処置が出来ないため、緊急に基地に戻る必要があったが、今回はミッションとのバランスもある。謎の攻撃者のこともあるが、シン少尉は15分間でミッションを終わらせる決断をした。

「トム曹長、カウントダウンを!30秒毎に合図を!モン二曹、操船を!何があってもボートを止めるな!後は周囲の警戒を怠るな。」

ボートをソナーの限界までさらに加速させる。湖の端でボートを反転させるまでに約4分が経過した。3匹目のワニが浮かんでいるところまでさらに4分。

「 藤塚1曹、先ほど何か飛んできた場所が近づいたら、2カ所とも容赦なくマシンガンをぶち込んでやれ!」

10秒もたたないうちにM1機関銃が火を噴いた。細い木々はバラバラになってへし折れていく。次の場所も。あっという間にそのポイントを通過した。攻撃はなかった。

「軍曹、何か見えたか。」

見るとエマ軍曹は双眼鏡を除いていた。

「まさかと思うんですが、人影のようなものが見えたように思います。何か鎧のような物を身につけているようにも見えました。」

「人影?仲間はいないはずだ。」

「はっきり分かりませんが、基地に戻ったら映像を確認します。」

「残り2分!」

トム曹長が叫ぶ。旗の立っている岸辺はもうすぐだ。勢いを保ったままゴムボート毎岸に乗り上げる。軍曹がデジタルソナーから記録カードを抜き取っていく。曹長とモン2曹がユーリ二曹を抱えてかけていく。藤塚1曹がM22をフルオートで水面に向けて発射する。激しい雨を思わせるような水しぶきが水面を覆う。ひとまずゴムボートと機関銃、ソナーなどを放棄して、軽クワッドコプターに向かって走る。300mを装備や人を抱えたままで1分かからずに走り抜ける。軽クワッドコプターにまたがると15秒ほどで緊急点検、エンジン始動。12名が離陸できる推力が安定して出るまでに約20秒。さらに10秒ほどで科学者達到着した。藤塚1曹がしんがりで到着する。同時にクワッドコプターが離陸した。科学者達に高齢者はいない。ほぼほぼ20~30代で占めている。最高齢でも36歳である。それは、このような時に速く走れないからである。科学者も全員が厳しい体力テストをパスしているのである。


基地に戻る。ヘリポートにゆっくりと着陸した。すでにストレッチャーが用意されていた。科学者たちは銘々にドックに移動し、コロニーの中へ入っていった。

別のチームがワニ2匹の回収に高馬力ヘリで湖に向かった。ヘリには左右にM1機関銃がそれぞれ配置されている。攻撃らしきものを受けたポイントではないが、念のため地上10m以下には降下せず、遠隔操作のロボットアームで引き上げる。ワニは全長8m、重さ5tに及ぶため、1頭ずつ引き上げる。3匹目は攻撃地点上空なので断念する。

回収されたワニは科学者チームにより徹底的に分析された。その後、食卓に上るはずだ。丸々1匹を分析出来たことにより、いろいろなことが分かった。一つ目の事実が、骨格や筋肉の構造、循環器系や内臓なども地球のワニとそう変わらないものであり、亜種と言えるくらい似通っていたことである。(神様がデザイナーなら、かなりの手抜き?)二つ目の事実が、身体を走る神経には重要な部分が高度に発達した部分があり、脳と言えるような働きをする。そして、それがネットワークを形成していいることだ。これは身体にいくつかの脳が出来、ネットーワークで繋がれることにより、より機敏に動いたり(※わざわざ頭にある脳に信号を送らなくてもよくなり、足そのもので判断が出来る)自然に状況に合わせて動いたり出来るということだ。やがてはメインの脳が機能しなくなっても他の脳が補完し合って脳の機能を維持できるということだ。死なないというか、より生命力が強くなっていく方向に進化するのではないか。


基地のブリーフィングルームで、軍曹が記録した映像をチームで検討していた。

「確かに人間のような動きをしてますね。でも、人間の格好としては不自然ですね。」

「あの当時、他のチームも科学者もコロニー内に居たはず。コロニー管理官の記録にも外に出たのは私たちの12名しかいません。」

「原住民のようなものがいるのかな?」

「今まで調査したサンプルは少ないのですが、進化の過程は魚類から両生類、は虫類、そして恐竜の段階で、確かに恐竜としてかなり後期というか、哺乳類が登場してもおかしくない段階なのですが、人まで進化するには早すぎます。」

「すると、我々のように他の宇宙から来ている者?」

「そうであれば、何らかの証拠が見つかってもおかしくありません。例えばGPS衛星。まだ実用化する精度が出ていませんが、あのような物の痕跡があってもいいはずです。」「この映像は、鎧というより何だろう?うろこ?嫌、鳥の羽ので覆われているようにも見える。」

「なるほど。確かにそう言われるとそういう風にも見える。」

「マシンガンの弾着がかなり激しいので、映像がぼやけている。もっと鮮明な画像が欲しいところだな。」

「まあ、確かに何かが居るようだということは、間違いなさそうだ。」

「???これ?何ですか?」

「木材で出来ている構造物のようだな。マングローブの中に隠れてはいるが、自然に出来た物ではなさそうだ。」

「櫓ですかね?見張り台?」

「これは!?古代戦史で学んだ投石機の構造にそっくりだ。」

「投石機!?じゃあ、あの飛んできたやつは石!?」

「確かに。とっさのことでよく見なかったが、確かに巨大な石のようにも思える。」

「デジタルソナーに沈むところが記録されているはずだ。至急、解析してくれ。」

「少なくとも人間、人間のような生物が居るということですか?」

「なんとも言えないが、映像記録からは可能性は非常に高い。しかもかなり原始的方法ながら我々に対して攻撃を行う知性と意思を持ち合わせていると考えるのが妥当だ。石器や小野なんかじゃない、少なくとも中世に存在した武器を最低限、想定しておく必要があると思う。」

そこに一人だけ参加していた古生物学者、特に恐竜が専門のメイ・ニトロワという若い女性が立ち上がった。

「恐竜の進化系と考えることは出来ないでしょうか?」

その女性は発言した。一見すると昔の映画に出てくる女優のようだが、中身はバリバリの科学者の意思を感じる。

地球では6500万年前に隕石が地球に衝突して、その際に恐竜は絶滅し、一部が進化して鳥類となったというのは、皆さんでもご存じの有名な地球史ですよね。ホモサピエンスも人類として誕生してから400万年程度でここまで進化しています。ここではそのような絶滅の痕跡が今までの分析ではありません。仮に恐竜が絶滅せずに進化を遂げていたら?」

チームは一斉のこの科学者を見て、それぞれの表情を確かめ合った。

「猿が人に進化したように、恐竜も人に進化したってこと?」

「まあ、それは人とは言いませんが・・・。」

「ダイナ・ソー、巨大な・トカゲとヒュー・マン、大地の・人から造語して。ソー・マン、トカゲの・人とでも名付けるか。」

「で、どの程度の進化状態なんだろう。」

「惑星ユムハラムには4つの大陸が確認されています。それぞれがかなり離れているので、それぞれがある程度独自に進化している可能性もありますし、昔の地球でも金属製の大型飛行機が飛ぶ時代に、裸で弓矢で狩りをし植物を採集するといった文明初期の生活をしていた地域があり、かなり違った文明が混在していた事実があります。だから、先ほどの映像記録で映っていた事柄とは違う高度な文明をもつソーマンがいる可能性もゼロとは考えない方がよいでしょう。」

「そうであった場合、この星はそれらのもので我々はここを侵略することなってしまう。つまり、この星は地球人にとって移住に適さない可能性が極めて高くなる・・・ということだな。」

「連邦規約に従えば、もちろんそうなりますし、フロンティア社の内部規定でも同様です。」

「今回の場合、この原始的なソーマンが標準的であるとすると、ちょっと微妙だな。」

「彼らを生け捕りにして真相を明らかにし、調査範囲を惑星全体に拡大するということになるわけですね。」

「いずれにしろ、ソーマンを確認しなければならない。すぐにでも役員会に報告をあげ、指示を仰ごう。記録をまとめ、調査報告を至急作ってくれ。朝の会議まで8時間あるので、4時間で作成して欲しい。4時間後再び集合して確認する。あ、そう。それまでに他の関係ありそうな学者連中にも声をかけて集まってもらってくれ。解散する。」

と言いつつ、シンは映像をその後も見続け、拡大したり、スローモーションで見入っていた。


再び会議が始まった。今回はかなりの数に上る。50名近いだろうか。科学者の他にもこのコロニーのマネージャーや幹部も数名参加していた。中には睡眠を邪魔され、あくびをしながら参加しているものも居た。そういう意味ではシンのチームもあくびだらけのはずだが、あくびどころか目は爛々としていた。何せ、世紀の発見のような事態が期待されていたから、眠気はコントロールしても、この興奮はちょっと抑えがたいものだった。


「では、第3会AC7P2調査の臨時会議を始めます。」

「チームリーダー、今回の調査の目的と、調査時における状況の概略、評価を簡潔に述べてください。みなさんは、大型ディスプレイをご覧ください。お手元の端末にもダウンロードされますので、後でご確認も可能です。それでは始めてください。」

シンが端折って説明しただけども、かなりのインパクトがあったが、例の美人科学者が説明を加えると、半分は落胆に変わっていった。ところが、経営陣の幹部に似つかわぬ若者が挙手して前に歩み出ると静かに話し始めた。

「映像を見る限り、人間のように見えますね。・・・申し遅れました。フロンティア社取締役で開発プロジェクトコンサルティイングをしております広田と言います。」

「また、随分とお偉いさんまでいらしているんですね。」

「それは皮肉ですか?それとも歓迎の挨拶ですか?いずれにしろ、この事態をなんとかしなければいけない責任を負っておりますので。・・・実は、環境テロリストが別の惑星探査の妨害をして甚大なる被害を我が社に与えたという情報が来ています。彼らは偽装したテロリスト、つまり人間ではないのですか?」

「それはかなり厳しい見方かもしれない。どうも人間の動きとは根本的に違うように思える。それに狙うならコロニーだろう。」

「でも、あの攻撃は明らかに我々を狙っていたように思うのですが。」

「確かに。待ち伏せのようでしたね。油断してたらヤバかった。」

「テロリストの妨害行為なら待ち伏せもありだが、あのワニみたいやつとか、まだ未知の生物がいるかもしれない中で我々より自由な行動がとれるとは考えにくいのだが。」

「やはり異星人?ソーマン?」

「実際に捕まえてみれば分かるんだが。」

「例のポイントでは派手に機銃掃射をしたらから死体があるかもしれませんね。」

「あのポイントは危険だ。それに重機関銃で撃たれたら死体も原形をとどめていない可能性が高い。いずれにしろ、安易な行動は危険だ。司令部に提案して捕獲作戦なり、掃討作戦なりが必要だろう。ユーリ二曹が負傷し後方へ送られるから補充をもらいチームを再編し、習熟訓練を経なければ出動は無謀だ。他チームに任せるか、もう少し時間をかけるか、思案のしどころだな。」

「補充を待ち、その間に捕獲作戦を立案しましょう。」

「本国からとなれば検疫を経なければならないから1ヶ月から1ヶ月半にもなる。別チームからスペシャリストを回してもらうことにしよう。それでも補充が決まって合流するまでに最低2日間は必要だろう。司令部に行ってくる。この後は休息をとり、次の作戦に備えてくれ。」



ユーリ2曹の交代のエルマー2曹が合流したのはそれから4日後のことだった。実は作戦に応じたコンバットアイテム・・・いや、コンバットというのはちょっと違うかもしれない。捕獲用アイテムをIPFで制作していたのだ。既存のデータからの製作では間に合わず、かなりカスタマイズしなければならなかったので時間を要したのだ。それでも2日ほどで製作してくるのは、このエルマー2曹はかなり優秀な人材らしい。

この捕獲用アイテムは個人携帯型のロケットランチャーでロケット推進で先頭に超小型のデュアルカメラが内蔵してあり、ロックオン時の人型を記憶し、後方に4枚あるしなるプラスチック製動翼を炭素繊維でつなぎ、1個のアクチュエータで制御しながら追尾する。この弾頭は対象物の2mほど上空に達するとロケットモーターを切り離し、同時に動翼が90度に展開してブレーキをかける。そして下向きの制御がかかると同時にネットを発射する。ネットは蜘蛛の巣状で半径約2.5m。対象物を包むとセンサーが作動し、一番外側の糸が化学変化を起こし、0.2秒で急速に縮んでしまう。これでネットに対象物を包み込んでしまうのだ。ネットは非常に柔らかく弾力のある優しいものだが、ワイヤーカッターでなければ切断できない丈夫さも持ち合わせていた。対象物を傷つけず、遠くまで飛ばし、確実に捕獲する為には結構な仕組みが必要でしかも極力小型軽量にする必要がある。ちなみ単純に網を飛ばすだけだと3~4mが限界である。未知の相手にこの距離は危険すぎる。このランチャーは理論上は120mほどの距離から使用することは可能だが、実用上は20m~80mとされた。近すぎても動翼の動作も安定しないし、センサーの安全装置が正確に作動するには早すぎるのだ。

決行は次の日となり、この間に手順並びにランチャーの習熟訓練が行われた。また、ランチャーからモーターを切り離すタイミングが遅く、ネットが奥で展開する不具合も修正された。ちなみに対象物が動いていても大丈夫なことが確認できた。しかし当然だが、真上でネットが完全に開いてしまうと木や枝に掛かってしまう凡ミスが明らかになり、下方に木や枝を感知した場合、ネットの展開を半径0.75mに押さえ、下方向に散開するように調整がなされた。そのため、左右の移動速度が秒速10mを超えるとエラーになる確率がぐんと高くなることも分かり、その為の発射制限や作戦の見直しも行われた。


翌日、コロニー時間7;00、シンたちの小隊は出かけた。今回、科学者の同行はなしだ。ヘルメットにはカメラも付いており、コロニーで待つ科学者たちにも中継されるはずだ。通信衛星が機能していないので、軽クワッドコプターに装着した中継器が頼りだが、通信状況は快適とは言えない。メディカルモニターやその他の通信でその容量はかなり厳しい。かなり粗い映像となるはずだ。音声分の容量を回してやっとである。必要とあらば、現場でもう1機、小型の通信クワッドコプターを上空に上げ、中継をさせる予定だ。また、今回はアシストスーツを2台ほど積載した。対象物を捕獲した際、それらを確保するために木々をなぎ倒す必要があると思われるからだ。また対象物を確保して運搬するにも力持ちが居たほうが良い。ちなみに一台は電動アシストだが、もう一台はエンジン駆動で3~5倍ほどの力を数時間持続して発揮できる優れものだ。ただし、扱いは難しい。1級クラスの免許が必要だ。

1号機に続いて2号機が離陸する。離陸の際の押しつけられる感覚は、みなそれほど嫌いではないが、着陸時のちょっと内臓を持ち上げられる感じはちょっと苦手だ。前進するために機体が前方に傾けられる。ゆっくりと機体は速度を増しながら前進する。ヘリコプターの複雑な操作はいらない。コンピュータ制御で機体は一定高度でホバリングする。前進するには前に行くことをフライバイワイヤで伝えるだけだ。高度や左右のバランスは自動で調整される。操縦だけなら幼児でも可能だろう。いや、目的地を入力すると自動でAI がコースを提案してくれるので、後は条件を指定してやるだけで最適なフライトプランが作成され、操縦すら必要ない。しかし、修理やセッティングはかなり高度な知識と技術を有する者でないと無理であり、必ずエンジニアの資格を持った者が操縦するか同乗することになっている。万が一不時着等となれば、ここでは命に関わるが、地球ではそんなきまりはなく、自転車とかいう不安定な乗り物と同様、運転するのに年齢制限以外資格はいらない。ただし、地球ではもう乗れる場所は極限られている。


AC7が視認出来た。交信をして着陸許可をもらう。すでに数分前に超小型ドローンが偵察を終えている。異常はないので、許可がすぐに下りた。


着陸は地点を指定して、モードを切り替え、コマンドを送るだけだ。もし、間違って藪の上など着陸出来ない地点を選んでも近くの安全な地点が自動で選ばれるか、着陸が拒否されるかである。問題なく着陸が出来た。着陸地面はスキャンされ、地形に応じて脚が制御され、重力に対して垂直になるように着陸する。斜面でも可能だが、脚の長さの許容制限はそれほど大きくない。出来るだけ水平の地点が望ましい。今回は岸辺を移動する。距離は4kmほどになる予定だ。エマ軍曹がエンジン式、トム曹長が電動式のアシストスーツを着用する。もっとも、エンジン式の方は乗り込むという表現が正しいような気がする。電動式は2mを切る大きさだが、エンジン式は4m近い。重さは6倍にもなる。小型の自動車のようだ。エマ軍曹はアシストスーツドライバーの1級ライセンスをもっているだけあり、器用に操縦していく。両腕にはそれぞれチェーンソーユニットと、シザースユニットが装着されている。エマ軍曹を先頭に大がかりな藪漕ぎが行われるのだ。巨大な電動のこぎりとハサミのコンビでなぎ倒すのだ。ちなみに、シザースユニットはハサミの他に指が2本あり、枝などを固定しながら切断できるようにハサミを合わせて4本指となっている。チョキの下に親指と小指があるような格好だ。

岸辺には砂浜のような場所がある一方、マングローブがずっと突き出していて通れないところがある。そういう場所はエマ軍曹がアシストスーツのパワーで木を切り倒し、枝を払ってく。その後をトム曹長が電動式のアシストスーツで木を脇にどけ、道を切り開いていく。基本的に軍用なので、エンジン式でも騒音はサイレンサーで消されている。しかし、ユニットタイプのチェーンソーはいい音を出している。木と回転刃がぶつかって生じる騒音はちょっとした機関銃なみだ。


三〇分で500mほど前進できた。マングローブが出ている場所は150mもあったが、機械の威力22~23分で突破している。1分で6~7m切り拓いている計算になる。いい調子だ。この調子なら四時間ほどで調査地点まで達することが出来る。湖は複雑な形をしているので、岸から全体を見渡すことは不可能だ。そこで時折偵察用ドローンを飛ばす。トロイダルプロペラのこの偵察用ドローンは静かだ。1回の充電で1時間弱飛べる。セットはトランクケースに収まる位で、直径は75cm位ある。プログラムさえしておけば、何かが近づいた時にトラウマパッドキャリーの上部についた振動してくれる。もちろん、こいつに100%頼るわけにはいかないが、常の100%の緊張をしていなくてもよいので、咄嗟の時に余力が出来、全集中出来る。

「静かに!」

左手を挙げてシン少尉が叫ぶ。右の人差し指がトリガーガードからトリガーに移動する。

「11時方向から水面を何かが近づいてきますね。」

エマ軍曹もトム曹長もアシストスーツの動きを止め、エマ軍曹はエンジンをアイドルまで絞った。当然両手のユニットはOFFだ。

「ワラジェットボート?」

「水噴射式のボートと同じような音だ。それなりに速度がありそうだ。」

「全員装填!まだ、安全装置は外すな。 藤塚1曹のみ、安全装置を外し、射撃体勢をとれ。他は出来るだけ身を低くし、遮蔽物に移動して身を隠せ。」

藤塚を除くみんなが一斉に動き、身を隠すと右手を挙げた。藤塚は左手だ。

音は近づいてくる。やはりボートのようだ。それなりに大きいボートのような音だ。

やっとドローンが警告を発し、映像を送ってきた。ドローンも身を隠すため、今回は静かに急上昇していく。だんだん小さくなる映像に湖の一部と視界を遮るマングローブの林、そして湖に描かれる白い航跡。その先には推定15~20m程度の大きさの船型の物体が見える。人のようなものが5~6確認できる。と、その時奥の方から何か物体が飛ばされ、ボートのようなものに向かって飛んでいく。その物体に水しぶきがかかるほど、近くに落ちたが、当たりはしなかったようだ。もう一発、そして間髪空けずに3発目。いずれも高い水しぶきを上げた。ボートのようなものは、急反転すると発射地点側へ向きを合わせ、スピードを上げた。しかもジグザグに動いている。回避行動?水柱が上がる!うまく避けている。発射地点近くで減速した?何だ!グレーの膜がボートから広がり・・・発射地点に覆い被さる。今まで見えなかった人のようなものがそのグレーの膜に巻き取られるようにいっしょに引き寄せられている。1、2、3・・4,5人!その連中もボートに乗ってる奴らとおそらく同じタイプだ。まるでボートの連中が岸辺の連中を捕まえているようにしか見えない。何やってんだ?こいつら。ボートのようなものは、人のようなものといっしょにグレーの膜を取り込むと再び動き出し、スピードを上げて遠ざっていく。その岸辺からは再び石のようなものが発射されるが、その反撃はボートのようなもののはるか離れたところに着弾しただけであった。

ヘルメットに装着したゴーグル型端末に映し出された偵察ドローンから映像を見ていた全員はそれぞれが離れた居るのに顔を見合わせていることが分かった。

「全員、弾薬はそのまま、アルファ(順番1=指揮官)に集合!」

全員が集まるのに30秒とかからなかった。

「理解に苦しむのだが、現地の『ソーマン』自体、二手に分かれて戦闘状態にあるように思った。」

シン少尉が発言し、それに続けて藤塚1曹が発言する。

「確かに争っているようですが、対等に戦っているようには見えませんでした。何か、ボートのソーマンは、岸辺のソーマンを捕虜にしに来ているような感じを受けました。」

「前回、我々を攻撃したソーマンをショアマン=岸辺の人とし、ボートの連中をボートマンととりあえず呼ぶことにする。『藤』はボートマンがショアマンを狩りに来ているというような印象を抱いたということだな。」

「まあ、そんなところです、」

「俺たちも映像を見ている限り、そんな雰囲気を感じました。」

「じゃあ、今回の目標よりも大分近いあと500m程のところまで進み、『ショアマン』とやらを先ず確認しようじゃないか。 」

「確認したら、やはり捕まえますか?」

「状況によりけりだな。争いに巻き込まれるのは困る。」

「出たとこ勝負、臨機応変てやつですね。」

アシストスーツはエンジン全開となり、木々をなぎ倒していく。

先ほどの倍のペースだ。15分強で到達出来ると思う。急ピッチで作業を進める。偵察ドローンは降下してきて、シン少尉がプログラムを解除し、警戒から隠密偵察にモード変更し到着予定地点に進めている。木々や枝などを利用し、今度は極力高度を殺して見つからないようにしている。


やはり人間のようなものがいる。数は10人程度と言えばよいのか10匹程度と言えばよいのか。結構派手な外見だ。着飾っているものが数名で、残りは薄茶色の迷彩をまとっているようだ。投石機もある。非常にきれいに仕上げられている。木材加工の技術が進んでいるらしい。残念ながら地球では大気保全のため、森林も伐採が禁止され、100%屋内の畑でなんとか栽培されている農産物の茎などが圧縮加工された人工木が利用されているが、高くて庶民には手がでない。住宅はケイ素系の材料を使った石やガラスのような材料で出来ている。木材の加工技術など極一部を除き、忘れ去られてしまっている。石も大きさが整えられており、分度器のようなメモリが投石機の脇についているので、おそらく角度や重さ、植物繊維の反発力などを計算する力があり、石を目標まで正確に飛ばす能力を持ち合わせていると思われる。あの石が直撃すればアシストスーツはおろか、パワードアーマースーツ(動力装甲装具)でも破壊されてしまうだろう。しかも3連装で、巨大な石もてこの原理で装填出来るようになっている。携行装備はどうだろう。槍や剣のようなものがある。弓矢のようなものもあるが、飛び道具はそれだけのように見える。銃がないらしいのは助かるが、弓矢と戦闘を交えたことはない。しかし、進化というのはそれなりに似てくるものだというのは、恐れ入る。

こちらも派手に音を立てまくっているので、気付かれたようだ。音をとらえる器官もあるようだ。こちらは風上なので、匂いを嗅ぐ器官があってもおそらく大丈夫だ。投石機が向きを変え始める。石も装填されていく。何人かが弓矢を空に向けて放つ。数本の矢が我々のいる方に向かって飛んでくる。が、デタラメな照準で当たることはない。それよりも木の上に潜んでいる奴がいないか、ちょっと心配だ。スナイパー的な役割のやつがいると非常にやっかいだ。

あと5mほどで視界はほぼ向こうが見通せるところまで来た。矢が放たれる。数本が飛んでくる。だが、他のものは矢を収めた。しかし、一本は木に突き刺さり、一本はアシストスーツのカーボン筐体を傷つけて跳ね返り、最後の一本はモン2曹の胸に正確に当たった。

「ヒット!」と叫びその場に転がる。

他のものは地面に伏せ、安全装置を外して指示を待った。

モン2曹の胸に着弾した矢は、トラウマパッドの隙間無く埋め込まれている蜂の巣状のセラミックプレートの1枚を粉々にし、スパイダルファイバーの編み込みに捕らえられていた。もう少しで戦闘服に到達するところだ。しかし、全く問題はない。状況を確認するとモン2曹は声を張り上げた。

「ファイン!ノー・インジョリーズ!」

指示は出なかった。シン少尉は他のものが矢を収めたのを見逃さなかった。矢は3本ほど事故で飛んできたが、明らかに戦意がなく戦闘放棄だ。

「ウエイト!プット・オン・セイフティ!」

「ガンズ・ダウン!」

「シースファイヤ!」


「めちゃくちゃ命令だすな。絶対撃つなってことだ。」

それぞれが銃にセイフティをかけ、銃口を下に向ける。

シン大尉が藪をかき分けながら少しずつ前に進む。藤塚1曹がシン大尉の軸線から外れ、少しずつ位置を変える。藤塚1曹だけ、セイフティはなしだ。腰のファイブセブンなら部隊一の早撃ちで瞬きする間にプラスチック製のホルスターから銃を抜いて3発は撃てる。しかし、ちょっと距離があるし、威力が心配だ。M22新型アサルトライフルならなんとかなるだろう。木の枝やつる性植物が折り重なっているので、自動照準は当然OFFだ。


「なんてこったい?」

シン少尉は自分の目を疑った。人か?鳥か?恐竜の進化系かも知れないと聞かされてはいたし、不鮮明とはいえ、映像も見ている・・・しかし、鳥のように羽毛をまとった人だ。噂の恐竜の進化系?関節の動きも体型も人とは違うが、知的なレベルはおそらく私たちとそう変わりない。文明の進化は別として。目を見れば分かる。明らかに知性を持った目だ。感情もあるようだ。私たちとそう感情の違いはないかもしれない。怒りの目、悲しみの目、驚きの目、警戒の目、敵意は感じられない。

ただ、どう接すればよいか?銃をおく。ナイフや弾薬、拳銃等はモールから剥がして地面に置いた。万が一のため、トラウマパッドは身につけておく。両手を挙げ、手のひらを見せ、敵意がないことを示している・・・つもりだ。さすがにビビる。平常を少しでも保っておかないといざという時に動きが鈍る。急な動きは禁物だ。一定のリズムを保ち近寄る。相手も組織だっているようだ。派手な迷彩?の奴が一歩前に動いた。もう一人・・・「匹」では無く「人」が相応しいだろう・・・が斜め後ろに陣取る。うちの藤塚と同じ任務だろう。先頭の派手な奴が弓矢を地面に下ろし、剣のようなものを同様に外した。

相手の行動を理解し、それに応じた行動をとれるというのは、非常に高い知性だ。相手を信用するというのだ。・・・とはいえ、どうしたものだろう。やはり、贈り物か。 

シン少尉はゆっくりとプレートキャリヤーを外す。そして、モン2曹を呼んだ。モン2曹は藪を漕ぎながら前へと進み、開けたところでシン少尉の身振りにしたがって武器を置いた。プレートキャリヤーには穴が開き、重い矢を左手に携えていた。後ろで目だだない迷彩の者がひとり、目を丸く見開き、両手?で口を塞いだ。なんと驚きのしぐさだが、そこまで同じか?モン2曹に駆け寄ろうとして後ろ側の派手な奴に止められた。シン少尉は、モン2曹を近くまで呼び寄せるとモン2曹のプレートキャリヤーと矢を示し、自分のプレートキャリヤーをぐっと先頭の奴に突き出した。少しずつ近づきながら1回、2回、3回。明らかに先頭の派手な奴の表情が緩むのが分かった。贈り物という状況を理解したのだ。現地の知的生命体との交流は特別な許可が必要と定められているが、現実問題としてこれがファーストコンタクトだ。具体的な手続きなど決められるはずもないが、最低限、現地の文化の汚染や争いへの介入は御法度とされている。武器ではないが、準武器と言えるものを供与しては、規則違反は明確だろう。

先頭の派手な奴はそれを受け取った。すると茶色い目立たない奴がモン2曹に駆け寄り胸の辺りを撫で回し、傷の確認をしているようだ。ただ、その行為はセラミックプレートの効果を確かめるために行われているのでは無く、明らかにモン2曹に怪我がないか確かめているようであった。ウソだろうと顔をつねりたくなったが、怪我を確認できなかったので安堵表情まで見せたのである。こいつが矢を放ったんだろう。攻撃中止の命令を聞いたが、矢が放たれた瞬間のことで間に合わず、矢は正確に目標を射貫いたはずであった。

なのに、貫かれたはずの目標が生存して現れたのである。どうして?なぜ?神に感謝するといったような超高度な精神作用がここにもあるのか。やはり神が全ての意思の源なのか?

先頭の派手な奴はプレートキャリヤーをこちらに向けて、食い入るような表情をした。しくみがどうなっているのかって?硬い物質が破壊されることで飛んできた武器のエネルギーを奪い、その後にある強靱な繊維が貫通を阻止するとともに衝撃を吸収する。そして最後の薄いジェルマットが衝撃を身体に伝えないよう、エネルギーを自分自身の中で分散する。・・・共通言語なしにそんな複雑なことは説明なんか出来ない。試しにシン少尉は地面にしゃがみ込むと小石で地面に絵を描き始めた。トラウマパッドの構造を描くと指で矢を模して三層になっている上記の役割を演じて見せた。分からないだろうと思う反面、これがある程度理解できたらコミュニケーションは絶対に可能だという期待もあった。


先頭の派手な奴は同じように小石をつかむと同じように地面に「絵」を描き始めた。矢のような直線が、プレートキャリヤーを示していると思われるところで跳ね返され、矢が当たったところには最初は石?次は木?そして? ・・・奴は指を指した。指した先は岸辺だが、近くでは無く遠くを指していた。そこは岸がくぼみ、泥がたまっていた。

オイ!、トラウマパッドが飛んでくる物体を防ぐことはもちろん、その構造的なことまで理解している!なんてことだ。それに視線の先を指さすことができるということは、こちらも目で見ているという共感的な理解も出来るということだ。これは、もしかすると良好な外交関係も築けるかもしれない。また、さっきの状況も聞くことが出来るかも知れないし、その状況も教えることが出来るかも知れない。聞いてみる価値はありそうだ。問題は絵を時系列で並べて説明して理解ができるかどうかだ。この惑星も自転しているため昼夜がるので、大雑把な時間の感覚もあるかも知れない。すると時系列の理解も可能だろうろ思われるが。シン少尉は空間認識力を信じてジャングル、岸辺、湖と川を地形通りに描きながらそれぞれを指さし、次に彼ら我々を描き、彼らの方を指さした。派手な奴らはそれを目で追い、最後に自分達を指さされ、彼らは自分達自身を指さした。そして別の一行を示し、こちらを指さした。自分達自身を普通に認識しているし、他人を区別して抽象的な図と結びつけて認識することも可能だ。高度な知能と知性を持ち合わせていることは確実だ。目がある以上、もしかすると文字を持ち、言語を操っているかも知れない。声を聞いていないが、耳があるので、もしかすると音声による会話をしているかも知れない。ただし、発生する周波数によっては我々人間に聞き取れないものかも知れない。音声による反応も見ながら地面に絵を書き足す。

「これはボートで向こうから進んできた。何かが乗っていて、君たちが石を飛ばした。石は命中しなかったが、近くに落ちた。すると、このボートは向きを変えて。」

ボートの絵を反転させた絵を描き、前の絵を消す。

「君たちのところまで進んできて、何かで君たちの仲間を連れ去った・・・?」派手な奴はシン少尉がやったことを繰り返したが、その中で二つ違う動作があった。ひとつはボートの何かを、自分達全員を一人一人指さしていったことだ。こいつら全員がここにいたはずだ。それがボートに乗っている?・・・まさか!この連中と同じソーマン!?だとしたら、どういうことだ?争いごとをしているということか?だとすると、深入りは大変に危険なことになる。介入は完全に連邦規約とフロンティア社の内部規定違反だ。もう一つの動作はボートの位置から手を広げていって、彼らを鷲掴みにする動作だった。

網みたいなもので捕獲しようとしたんだろうか。まるでシン少尉達がやろうとしていたことだ。シン少尉は立ち上がるとエルマー2曹を喚び、反対側の空めがけてランチャーを発射させた。爆音と共にロープが伸びていき大きく展開した。奴らが一斉に弓を構え、こちらに向けて構えた。

エルマー2曹はすぐにランチャー毎遠くに放り投げた。我々は両手を挙げ、敵意のないことを示した。

派手な奴が先の手の動作を行った。やはりこんなヤツで捕獲されたんだ。でも、なぜ?争っているんだったら、殺すなり怪我をさせるなりした方がてっとり早いだろう。人質?なにと交換するんだ?対等な戦いには見えないし、こちらに捕虜など居そうもない。すると人質をとって交渉する意味もない。どういうことだ?

すると派手な奴がランチャーを示した。そしてヤツの弓矢を差し出してきた。まさか交換してくれと?そんなバカな!武器の供与は想定外だが、これは絶対に禁止事項だろう。・・・いや、捕獲ランチャーは武器か?こんな時は本部に連絡し、確認をとりたいところだが、通信衛星はまだ運用前で使えない。中継用ドローンは?

「エマ軍曹、通信の中継ドローンを上げてくれ。高度は150mもあればよい。」

「ロジャー。」

エマ軍曹はマングローブの中にいた。エンジン付きアシストスーツのバックパックから小型のトランクを引っ張り出し、中からドローンとコントローラーを取り出した。それぞれスイッチを入れるとドローンのアームを展開した。コントローラーでモードを通信の中継用に切り替え、高度を150mにセットした。テイクオフボタンでドローンは軽い音をたてながら器用に枝葉をかわして上昇を始めた。ドローンがマングローブの先端を抜けた時だった。一本の矢が見事にドローンを射落とした。全員が一斉に身構える。

「撃つなっ!」シン少尉が叫ぶ!見ると地味なヤツのひとりが構えた弓の弦が振動している。派手なやつがそいつに向かって何か話しているように見える。言語?おそらく向こうもだろう。周りのものが構えた弓矢を下ろす。周りにも聞こえているのだろう。シン少尉も銃を下ろすように命令を出す。派手な奴が手をまっすぐ前に突きだし、腰を曲げた。まるで水泳の飛び込み姿勢だ。だが、それは謝意を表すボディーランゲージだとすぐに理解できた。矢を放った奴も同じポーズをした。派手な奴は個のミスをチームのミスとして表現しているのだ。集団というバーチャルな意味を理解しているのだ。

しかし、通信手段が破壊されてしまった。連絡の取りようがない。この場合は現場の判断となるが、あくまでルールの範囲内でのことだ。しかし、なんとかこいつらとコネクトを維持しておきたい。どうする。ランチャーは使い捨てではないが、再装填は基地に戻って行う必要がある。念のため、3セットは持ってきてあるが、残りは2セットとなる。最初の目的の通り、いっそこいつらを捕獲して捕まえていくという手もあるが、それは最後の手段になったということだ。捕まえるという目的の目的はこの正体を知るということで、捕獲よりももっとその目的が達成できる状況にあるということになる。

シン少尉は一度太陽を消して再び太陽を描き直すと、その太陽を指さしマングローブとの角度をつくった。そして2つのグループが合流する絵を描いた。さらにランチャーを指さし、ランチャーの絵が彼らのグループに渡るところが描かれた。念を押し、もう一度太陽を指さし、この場所を指さした。この時刻にもう一度ここに来れば、ランチャーを渡すということだが、彼らは理解しただろうか。

まあ、明日彼らが現れなくとも、少なくとも装備に付けてあるカメラが一部始終を記録しているので、大収穫ではある。

シンのチームは急いで引き上げると、コロニーに向かった。


シン達が着くとそれぞれの記録メディアが真っ先に回収された。シン少尉とエマ軍曹は司令部に呼び出され、コロニー内の大部分の科学者達に召集がかかった。大規模な会議となるので、会場の確保ならびに招集には時間がかかる。まあ、シン達にとっては少し休憩の時間がとれることになるのでありがたい。


13:00 コロニーの大会堂が会場として割り当てられた。チームは15分前には集合している。予定調和的な発言が求められることは皆無なので、全員が確実に集合しているかが重要なのだ。

コロニー議長の簡単な挨拶の痕、先ずシン達チームのそれぞれの映像がマルチ画面で表示された。映像が流れる間中、会場からは「おー!」などの歓喜の声が上がりまくりだった。

その後、質疑応答の時間があったが、シン達の職務範囲を超える質問が全てだった。質問が出揃うとシンは静かにマイクをとって述べた。

「皆さん、いろいろな推論と推測、データに基づいた解釈。やっぱり全人類を代表するような頭脳の皆さんだと思いました。我々、全員が少なくとも大学出であっても軍事面で肉体と精神を鍛えることが優先されましたので、脳みその必要な学術的な事はちょっと・・・。しかし、我々は実際に彼らに向かい合い、言葉ではないですが会話もし、信頼関係とは自信をもって言えないもののそれに近いものをあの場で経験いたしました。少なくとも彼らは私たちと同じレベルの精神活動を営んでいると確信いたしました。彼らは私たちにとってとても望ましいパートナーとなるか、それともとてもやっかいな敵となるか、今が重要だと思うのです。まだ下等生物しか生息していないと考えるのは危険です。」

髪も髭も伸ばし放題といった男性の学者が手を挙げた。

「哺乳類学者のケン・マッケンジーです。この星の進化段階は地球で言えば『新生代の中期』に入っています。もう哺乳類が現れ、多様化が起きていてもおかしくはないのですが、人の段階までの進化には早すぎます。ただ、気候的には恐竜が巨大化し、繁栄した超温暖下とは違い、我々地球人が快適に過ごせる気候となっています。サイズ的には地球の恐竜時代ほどの大型生物はいないのではと考えています。むしろ、サイズ的には地球型の生物と同じくらいかやや大きい程度ではないかでしょうか。この惑星ではディープインパクトがなかったと考えられているので、そう考えていくとニトロワ先生がおっしゃるように恐竜が進化を続け、人間のように進化した・・・そう考えるのが妥当のような気がします。そのため、確率的に哺乳類のような生物が見られてよいはずなのですが、恐竜が進化を続けたため、哺乳類の繁栄は後回しになっている・・・・。映像は明らかに二足歩行ですし、手を器用に使っています。姿勢は人間と同じ程度にまで直立していますので、脳の巨大化にも耐えられ、大きな目も発達させることが出来る。コミュニケーションを高いレベルでとれると言うのも納得できます。」

「地球でもディープインパクトやウィルスによるパンデミックがなければ、哺乳類ではなく恐竜の子孫が地球で反映していたってこと?」

古代微生物学者のエルザ・ベルリッチが声を上げた。

「そうであっても不思議はないわ。少なくともこの惑星がそれを証明しようとしているように思います。」

「彼らは・・・、あえて『彼ら』という言葉を使わせてもらいますが、16世紀に人類が次々を大陸を発見し、そこで全く見たことも聞いたこともない人種と文化に遭遇したのと同じように、『彼ら』も私たちとそう変わらないというか、私たちが想定していた化け物のとか、ケダモノとかではない人類、進化の系統樹で全く違った系統にはなるものの、到達点はうり二つのような『彼ら』と言えるべき存在だと私、いや我がチームは確信しています。」

発言したのはシン少尉だった。

「『彼ら』は恐るべき存在ではなく、友好な関係が築ける一種の民族のような存在だと思いました。」

エマ軍曹が続いて発言した。

「実は私たちもそう思いました。なにせ、このあり得ない状況が目の前で繰り広げられていたんですから。仮装した人間とごく普通に会話しているようでした。もちろん、一色触発の危機感を抱いていないわけではなかったですが、それは向こうも同じに感じました。つまりは、とても違和感なく、言葉は今のところ通じなくても十分なコミュニケーションがとれる、いや、とれていると感じられる時間でした。」

「つまりは、先住民がいる星に我々が移住するということは『侵略』に他ならないということだね。」

発言したのは調査団長、ナリヌベーイ・リチャシコワだった。

「調査とはいえ、既に移住計画は決まっているのだ。予定調和だよ。それがなし崩しになると会社は傭兵部隊を密かに送って彼らを殲滅してしまうかもしれない。」

「団長、友好的な移住、つまり彼らは私たちを『移民』として扱ってくれそうな気がするんですが、それでもでしょうか。」

「人間ほど好戦的な生物はいないからな。会社の判断は厳しいだろう。」

「でも、友好的な移民が成功すれば、私たちは彼らからこの星のかなりの情報を手に入れることが出来ます。一から調査するという膨大な支出をしなくてもいいことになります。これは会社にとってはかなりのメリットになるのではないでしょうか?」


~ 続く ~

とりあえず異星に行ってしまって冒険が始まったんだけど、タブーを侵して異星人とどう関わるかが今後のポイントとなりそう。


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