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 どうやらキリギリスが町の方角(ほうがく)に向かっていることが、それとなく、コオロギにもわかってきた。町の(あかり)がだんだん近づいてくると、コオロギは好奇心(こうきしん)もあってか、キリギリスに町とはどんなところなのか尋ねてきた。


 「それよりおれが聞きたいね……。いったい……、田舎ってのは……、どんなところなのかってね!」


 「よく……知ってるだろ」


 それはキリギリスにとっていつもの光景で、普通の景色だ。「まあ……田舎より、町はいいぜ。何よりあったかい。火があるんだ」


 「どうやらなかなかいいところのようだな」コオロギは言った。


 「紹介が少し遅れるけど、俺……、キリギリスだ」


 「よろしく」


 二匹は触覚(しょっかく)をつかって、握手しあった。それから町への進み続けている間も、夜空の月は、二匹の上にこうこうと、大きくかがやいていた。静かな風の音楽があたりを満たしていた。


 ふと後ろを見やると、息を切らす声が後ろから近づいてきた。


 先ほどのコオロギの話でキリギリスも理解した。それは人間の姿だった。だが人間は少し年老いている。七十から八十の歳がある。しかし二匹にはそうしたことは分からない。おばあさんも、子供の人間もただの人だ。雪を重たそうにかき分けて進む姿は何だか哀れで悲しそうだった。老婆の進む方向と平行して、その足元をコオロギとキリギリスは前へ進んでいく。老婆は少し疲れているのか、息遣(いきづか)いは荒い。よく見ると重たそうな荷物をせおっている。


 「あれに……、乗ろうぜ……」コオロギが言った。


 「あそこまで……飛べないよ


 「ちえっ……、こうやるんだ.……見てろよ」コオロギはそういうと、老婆の荷物の中へとび込んだ。老婆は頭に雪をかむっていた。コオロギがとび込んできて驚いたのは老婆だ。大きな声を一つ上げると、落ちていた木の棒をつかって、コオロギを殴りつけた。彼は地面にたたき落され、こりゃたまらんとばかりにはね回ってその場から逃げた。キリギリスは大笑いして、即興(そっきょう)で歌をつくり、曲を弾いた。



 老婆の周りでもの悲しげに歌っていたのはキリギリスだけではなかった。雪原にポチポチ見える草々も、木々も、風さえ悲しそうに歌っていた。木枯らしも、雪さえも。しかし辺りの人間たちにとっては、その日の晩もいつも通りの夜だった。


 死は二匹に近づいてきていた。

 

 「死ぬべきか……生きるべきか」キリギリスは言った。


 老婆は二匹の先へ、先へと行ってしまった。おそらくもう会うこともないだろう。だが、よくあることだ。


 キリギリスとコオロギの二匹は、跳ねては休み、這いずっては休みをくり返して、ついに五日後、北の門までたどり着いた。全身(ぜんしん)びっしょりで体力はとうにつきかけていた。北の門には、町に入れずにこまっている人々が大勢いて、門の外で文句をいう声を上げていた。多くは商売をしに来る村の農民(のうみん)たちだった。


 行列の奥からやってきた馬車が、門を通り過ぎようとして、衛兵(えいへい)につかまった。すかさず赤と白の縞々(しましま)の(ころも)に身をつつんだ道化(どうけ)が、四人乗りの馬車の運転席からさっと飛び降りると、衛兵たちに気どったお辞儀をした。


 「あれだ」コオロギが言った。「あれについていこう」馬車が過ぎるとすぐに門はしまったが、二匹がそこを通り抜けることができるぐらいの時間はあった。



 二匹がたどり着いたのは小さな庭のある宿だった。キリギリスはその庭に住みかをつくり、屋根(やね)(うら)に居つくことに決めた。二匹がおのおのの食事で夕食をすますと、その日は夜になった。庭には立派な菩提樹(ぼだいじゅ)(ひいらぎ)の木が二本植わっていた。菩提樹は元からここにあったもののようだった。だが柊はどうやら人間がうえたものらしい。


 「あったかいね」


 「うん」


 「あったかいってさ……いいことだね」


 「俺……歌うよ」


 キリギリスがその日の晩も唄に(せい)を出していると、宿のベルを鳴らす音が響いた。この家の下宿人(げしゅくにん)が来たのだ。見ると、それは今朝の道化だった。キリギリスはバイオリンをつかって、そのことをコオロギに伝えた。

 

 羽根を故障しているコオロギには、楽器が弾けないので、その答えを返すことができなかった。コオロギは下宿人のこぼしたパンくずを食べ、キリギリスのかき鳴らす(うた)を聴き、満足してその日はねむった。きょう生きている奇跡(きせき)に、二匹は感謝(かんしゃ)しあった。一階からは、道化の(せき)をする声が聞こえてくる。



 でも神さまは、二匹の明日を保証(ほしょう)してくれるとは限らない。その日の晩はとても冷えこみ、翌朝、二匹は屋根裏で凍え死んでいるところを一階に住んでいた道化が見つけた。眠っている間に、二匹は神さまの元へ旅立ってしまったのだ。


 翌朝、道化はチェンバロをかかえ、都の王宮へ繰りだしていった。小脇には箱をかかえている。王宮に着くと、王女に道化は呼び止められ、箱の中身は何かと訊かれた。「それがですね、昨夜の冷え込みで同胞が亡くなってしまったので。ぽっくりと、ああ寿命って線もありますがね」道化は箱の中身を開いた。「ですから、こいつらに王宮の楽団で葬送曲を聞かせてやりたいのです。王女陛下もコンサート、お好きでしょう? ほら先日も王宮を抜け出してさ……」


 「わかったわかったから、楽団を貸すわ。好きに使いなさい。そうね、なかなか面白うそうだから、母上も呼びましょうか」


 「女王陛下を? へへーっ! めっそうもない! 有難き幸せ!

 ではさっそく、おーしお前ら、話は聞いたよな! 演奏を始めやがれ!!」


 王立の楽団員たちは、道化がまた馬鹿やってるよと、顔を見合わせたが「仕方がない。つき合ってやるか」と腹を決め、すぐに大音量の演奏を始めた。王宮いっぱいに音楽は鳴り響き、やがて女王陛下がみえられた。


〈FIN〉

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