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この川辺でもアリたちは汗水ながして荷物を運んでいたし、蜘蛛は蓑虫の頭上で機を織り、雲は、ただ朝焼けの空をたなびいていた。つめたい風が蓑虫のみのを揺らした。キリギリスが半年前に通って行ったこの道には、虫の死がいがあたり中にぽつぽつと転がっている。もうあたりには音楽をかき鳴らす虫もなく、木枯らしの吹きすさぶ音ばかりが周囲に乾いた音を立てる。アリたちは木枯らしの中も働いていたが、しばらくして作業を休めると、巣の中に引っこもってしまった。
ドンドン!
と、アリたちの家のドアを叩く音がした。兵隊アリがドアを開けると、そこにはキリギリスがいた。バイオリンは折れてしまい、足を二本なくして、肌は黒く変色している。
「どうした、やっ、キリギリスか! 食べ物はないぞ!」
「そこをなんとか……」
「駄目だ駄目だ! 出てってくれ! 子どもたちが見てるだろ」
川辺はこの一帯の虫たちにとって村を形づくっていた。キリギリスはここで足を止めたが、食べ物が手に入らないことが分かるとさらに歩かねばならなくなった。彼は旅をしている身だ。足を止めるわけにはいかない。
キリギリスはどこへ行こうとしていたのだろう? もともと当てなんかなかった。けれど、帰ってきてしまった。
川に沿って、彼は地面をとび跳ねていく。ぴょんぴょんと。二、三跳びするごとに一つ休憩を入れ、それが終わるとまた前へと進む。体力は明らかに減っていた。そして時おり、思い出したように彼はこわれたバイオリンを弾いた。
風かぜかぜかぜ ビュンビュビュン……
風かぜかぜかぜ ビュン……ビュン
風……
そこでいったん歌を止め、キリギリスは空を見上げた。頭上には大勢のとんぼ達が、メスとんぼの尻を追いかけて、自在に宙を舞っている幻が見えた。キリギリスはとんぼに対してよく思う。トンボたちは自由だ。空をかけ回り、風を翼できるのはいったいどんな気持ちがするものなのだろう。そうだ。トンボには空がある。そして俺たちには……音楽がある。