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 「キリギリスさん。今日も(うた)三昧(ざんまい)かね」アリがそばを通りかかると、ため息交じりに彼に声をかけた。遊んで歌うことしか念頭にないキリギリスに少々呆れているようだ。キリギリスは一瞬アゲハチョウのことを念頭から忘れて、アリに返事をした。「俺が歌をうたわない日なんてないぜ」それは嘘じゃなかった。キリギリスは生まれついての歌手だったし、彼のバイオリンと心中していいとさえ思っていたのだ。


 しかし観衆はまばらだ。キリギリスたちは皆、同じことを考える。


 アリは呆れて言った。「そんなんじゃお前、いつか苦労するよ。愉しい時間は、そういつまでも続かないんだ……お前、俺の言ってること聞いてないだろう?」


 そんな言葉を真に受けて聞きいれるほど、キリギリスは成熟していない。


 「じゃあこのアゲハチョウはもらっていくからな」おもむろにアリは言った。キリギリスは驚いた。アリはつづけた。「このアゲハチョウはもう駄目だ。あとは俺たちが始末をつけてやる」そして言うが早いが、アゲハチョウの羽根を一枚、鋭い顎でむしり取った。「いい子だから、抵抗しないでくれ」


 「いや、いやっ!」羽根を一枚むしられたアゲハチョウは何とか叫びながら、そこら中を逃げ惑った。羽根を咥えていったアリに続いて、後ろから三匹のアリが現れると、アゲハチョウに攻撃を仕掛けていった。それからさらにアリの数はふえていったが、怠けている数匹を除いてどのアリもアゲハチョウには優しくない。美しかったアゲハチョウは段々と解体され、器械の部品のように小分けにされ、運ばれていき、そして後には何も残らなかった。


 最後に残った数匹のアリはアゲハチョウの胴体部分と物言わぬ頭部を運んでいるところだった。キリギリスはややためらいがちに「なあ、君たちは何でこんなことができるんだ」と、彼らに尋ねた。


 「生きるためだよ」一匹が言った。「そしてこれは女王さまの命令でもあることだからな」つづいてもう二匹目が言った。


 「俺には君たちの言うことが少しも理解できんね」キリギリスは少々不満げに言った。「その《女王さまの命令》ってのは、俺には到底理解できない思想だね」


 アリたちはしかし、それを聞いていなかった。


 「所変われば、常識も変わるのさ」怠け者のアリがちょっと博識なところを見せようとしたが、キリギリスにはそれが不快だった。ただ働いているからって、それでアリの方がキリギリスよりものを知ってるということにはならないんだからな!


 キリギリスは考えた。俺のコンサートに誰も集まらないのはここがすごいド田舎だからではないか。もっと都会の方へ出たら、俺の歌も、そしてバイオリンも、ちゃんとした聞き手が、ちゃんとした評価を下してくれるのではないか、と。「町は、この道でいいんだな」キリギリスは確認するように怠け者のアリに尋ねた。「俺は町に行くぞ」


 「危ないから止したほうが良いですぞ」怠け者のアリはキリギリスに忠告した。曰く、町に(まぎ)れ込んだ田舎者の虫が生きて帰ったためしはないこと。「しかもあなたは良い声で鳴く。人に捕まったら、見世物にされてしまうかもしれませんな」


「誰に捕まるって?」話を聞いていなかったのか、キリギリスは言った。バイオリンを一つ合図代わりに弾くと「平気の平佐だぜ!」、と言った。


 怠け者のアリは道をよく知っていた。彼はキリギリスにまず川に出る道を教えた。このでこぼこ道をまっすぐ行って、水仙(すいせん)の咲いている所で右の草むらに分け入る。そのまま水仙と鋭い草の葉の植わっている中を進むと、川辺に出ることができるはずだ。しかし気をつけてくださいよ。この道はネズミ共のねぐらでもある……もし捕まったら……。


 「ありがとう!」キリギリスはもう道を踏み出していた。重ね重ねアリに礼を言うと、もうこのアリのことを怠け者だとは思わなくなっていた。



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