子守歌を歌おう
分倍河原が風邪をひいたらしい。
馬鹿は風邪をひかないと思っていたが、実際は違うのか。携帯に弱々しい声で助けを求められた俺は、レトルトのお粥やフルーツゼリーなどを買ってあいつの住むアパートを訪れた。陽射しが暑い。アパートは築三十年と年季が入っている。
来てみると、小野寺と迷宮もいた。全員集合かよ。どうやら風邪で気弱になった分倍河原は、知り合いに連絡しまくったようだ。そして集まったいつものメンツ。
流しで小野寺が甲斐甲斐しく梨を剝いてやっている。良い奴だ。俺は小テーブルの上にレトルトのお粥を、冷蔵庫にゼリーを入れた。
「迷宮さーん。何か子守話してくださーい」
子供かお前は。
「ユリイカ!」
いやそれは違うだろう、迷宮。
「なんすか、百合以下って」
知らんのか、分倍河原。
「ギリシャのアルキメデスが、金の純度を量る方法を発見した時に叫んだ言葉だ。発見した、という意味」
「迷宮さん、それ子守話じゃないっす」
「暑いな。室温、もう少し下げられないのか」
「聴いて、坂原さん!? このアパート、ぼろいから……」
梨を剝き終わった小野寺が皿に載せた梨を運んで来てやる。あーん、と調子に乗って口を開けた分倍河原は小野寺に無言でデコピンされた。甘やかすと付け上がるタイプか。
「坂原さーん、子守歌を歌ってくださーい」
俺にお鉢が回って来た。とことん図に乗る奴だな。
子守歌か。……子守歌。
俺はおもむろに口を開いた。
「おーどんまーぼんぎりぼーんぎり、ぼんさありゃーああ、」
「待って、待って、坂原さんっ」
歌を中断された俺は不機嫌になる。せっかく、リクエストに応えてやろうとしているのに。
「なんすか、それ。何語? それともお経っすか」
「失礼な奴だな。子守歌だ、れっきとした」
「五木の子守唄ですね」
さすが迷宮、解っている。小野寺も懐かしいなあと頷いている。
「え? ここアウェイ? 知らないの俺だけ?」
「ぼーんがあはーよおくーううりゃあ」
「平然と続き歌わないでええええ。悪夢見そう」
「そうだ、小野寺も迷宮も知っているのなら、みんなで分倍河原の快復を祈って一緒に歌おう」
「良いですね」
「賛成」
悶絶する分倍河原。
「おーどんがーうっちんじゅーうちん、たーがあなーいてくーりょおかああああ」
四番に至ったところで分倍河原が挙手する。いちいち煩い男だ。
「そこ、どういう意味すか」
「俺が死んだところで誰が泣いてくれるだろうか」
平然と解説する迷宮。知的イケメンの風貌が冴える。
「おかしくない? 病人に歌うのじゃなくない?」
分倍河原の疑問はさらりと無視された。
「うらのまーつーーやーまあああ、せみがあなあくううう
せえみーじゃーごーざんせーえぬー、いいもおとおおおでえごーざーるー、
いもとなあくうなあーよおおお、きにかーかーるうううう」
ちなみに七番まである。
全てが終わる頃、分倍河原は生きる屍と化していた。
お前が歌ってって言ったんじゃん。
五木の子守唄は人により細部が異なる場合があります。