猛暑の鍋パ
チャイムが鳴ったので玄関のドアを開けると、分倍河原幹人がビニール袋を手に立っていた。同じ大学に通う文学部国文学科の人間だ。備考・ちゃらそうなイケメン。俺はドアスコープを覗かずに不用意にドアを開けたことを後悔した。すかさずなかったことにしてドアを閉めようとするも、こいつはドアの隙間に身体をねじ込んで来た。さすが顔も彫りが深くて鬱陶しいが、やることも鬱陶しいことで定評がある男だ。
「坂原さーん。豆腐、買い過ぎたんすよ。鍋パしましょ、豆腐鍋」
「今は夏だ、分倍河原。暑い思考と一緒に立ち去れ、悪霊」
「ひで~」
堪えていない。
ケラケラ笑いながら断りなくうちに入るこの図々しさと豆腐からは程遠いメンタルよ。
ちなみに理工学部の俺がどうしてこいつと面識があるかと言うと、高校が一緒で実家が近所だったからである。
「あ、小野寺と迷宮さんも呼びましたから」
「分倍河原。まず俺の意思を尊重しろ。俺の予定やら都合やらを訊け」
「え~? そんなもの、どうでも良いも~ん」
「絞めるぞ」
「ギブギブ! 絞めてる! 本当に絞めてるって~~~~」
再び、チャイム。
分倍河原はリビングのフローリングの上できぜ、寝ている。
「こんにちはー」
「ちっす」
「小野寺、迷宮。暇なのか」
「大学は人生の夏休みですよ、坂原さん」
「その中でも今は夏休み。帰省しないんですね、坂原さん」
「お前らもな。小野寺は実家通いか。俺は母ちゃんが帰って来いってごねるのを必死に抵抗してるなう」
小野寺は分倍河原と同じ学科の、醤油顔のイケメン、迷宮は哲学科。知的イケメン。イケメン率が無駄に高いな。俺は自分の顔がそんなに好きじゃないが、客観的に見るとイケメンらしい。
来客にはまず、部屋に置いてある仏壇を拝んでもらう規則にしている。俺はじいちゃんっ子だった。だからと言ってどうして独り暮らしの大学生の住む部屋に仏壇までがあるかと言うと、家が仏具屋さんだからだ。小野寺も迷宮も慣れたもので、仏壇に手を合わせる。分倍河原にも同じくさせた。
え、それで本当に鍋パやんの?
くそ暑いよ、今日。蝉がミンミン鳴いてんじゃん。
どうしてお前ら、てきぱき俺の家で鍋の支度してるんだよ忖度しろよ俺の心。クーラーガンガン効かせるしかないじゃんか。それって地球に優しくないと思う訳。ねえ、聴いて?
そして俺のナイーブな心を置き去りに豆腐鍋パが始まった。
何なの。