ANOTHER/PROLOGUE ~Life Goes On…~ ③
「この野郎!」
突如怒声と共に、 ソイツの頭で無数の木片が弾けた。
ぬるりと柄から手が離れ膝をついたソイツの背後で、
頭にタオルを巻いた中年の男が半分以下に砕けた立て看板を
振り下ろしたまま荒い吐息をあげている。
血が流れる頭部を押さえ歯ぎしりしながら狂気の瞳で
睨み付けるソイツに男は一瞬怯んだが、
「う、 うぉわあああああああッ!」
もう一度壊れた看板でソイツの顔面を殴りつけた。
「みんな! やれ! やっちまえ! 一人だけに任せてるんじゃねぇ!」
それが自分の事なのか私の事なのかは不明だが、
その声に合わせて周囲の人間がやがてさざなみのように、
そして明確な感情を露わにそこらへある物を手に取り近づいてくる。
ソレは狂熱を孕んだ、 勇壮とはかけ離れた悲鳴にも似た喚き声、
そこから先はあっという間だった。
「テメエ!」
「ふざけやがって! この野郎! この野郎!」
「馬鹿じゃねえのか! 頭オカシイんか!」
「このクソ野郎! クズ野郎!」
「女や子供ばっか狙いやがって! クソ! クソォォォ!」
年齢も体格もまちまちな、 10人近い男達がソイツを取り囲み
物や足で一方的に暴行を加える。
初めの威勢はどこへやら、 ソイツは胎児のように丸まって
やめてやめて、 とか細い声で必死に訴えていた、
それも怒声と罵声に掻き消される。
そこでようやく振り向いた背後、
子供を抱えた先刻の女性が涙を流しながら
祈るような仕草でこちらを見ている。
瘧のように震える身体、 恐怖で声も出ないのだろう。
それを認識した刹那、 突如糸が切れたように
両足の力が抜けた。
見上げた夜空が落ちてくるような、
薄ら寒い喪失感が全身を包んだ。
「おい兄ちゃん!」
先ほどのタオルの男が身を起こし
充血した眼で怒鳴り声をあげる。
「しっかりしろ! 今救急車呼んだからな!
だから死ぬなよ! 生きてろよ!」
その男は何故か泣きそうな表情で、
事実眼に涙を浮かべて必死に肩を揺らす。
「こいつが! こいつが助けたんだ! 俺は見てた!
こいつが止めなかったら! 後ろの親子はあいつに殺されてた!」
暈ける視界の中、 人の集まってくる、 気配がする。
警察は、 呼んだのか? 共犯者は、 いないのか?
問いかけようとするも、 言葉が声にならない。
ただ、 頬に、 血に塗れた手に、 首筋に、
温かな雫が、 落ちるのを感じる。
途切れることなく、 何度も、 何度も。
がんばれ! 死ぬな! 懇願するような、 遠い声が、 する。
抗いようのない眠気と、 暗転する意識の中、
たくさんの人々の顔が、 浮かんだ。
微笑って、 いる。
今、 自分は、 微笑っている。
最後に何故か、 そう想えた。
『天・地・開・闢……!』