Жー54 魔皇の噛痕 ~Dear Junk&Trashes~
その日、 斜陽が沈む深淵の魔の森を、 戦慄が劈いた――。
【快楽、 快楽。
有象無象の四足が何をか劃せしと想いきや、
焉にか斯様な諧謔で在ろうとは!
余の臆断を悠に超ゆる愚盲、 却って嗤いが沁みると云うモノ。
冥々で在った、 褒めて摂らす】
周囲に散らばる夥しい肉と臓腑の残骸は鮮血に塗れていたが、
その魔字が刻まれている “皮” は充分に涸びていた。
【由って其の罪劫、 不問に致すも一興では在るが余は寛大と廉潔を兼ねる。
我が眷属に戒示が附かぬ故、 汝が具申に神算を加えよう。
喃? 英霊殿】
【併し、 我が下僕とは云えど “半耳” 風情に存外報いを払うた喃?
望外の破格、 真に以て大儀で在る】
【沙呈、 名残惜しいが余興は此れ迄。
魔皇、 ノエル・L・メタトロンの名に於いて命ずる。
選り優ぐりの者が心ノ臓、 千を我に捧げよ。
其之が儀にして万一つ、 余の溜飲も下がる巳も知れぬ】
【惰弱き者は要らぬ、 贄を違える事、 露も罷り為らぬ。
刻限は蒼き上弦が欠けつる時まで。
此が約条、 違えば如何なるか諒解よの?】
【疾く儀に執り計らうが佳い。
相さな? 稟性に拠っては、 些少勘考吝かでないぞ?
呆苓、 よう視いや? 居るではないか。
穢らわしき光輝などに塗れた悍ましき愚物が】
【其れ為れば十で良い、 苦、 矩、 躯――。】
長文で在った。
だがそれに使われたと思しき背肉の皮は、
直近で所在不明とされた冒険者の数にピタリと符合した。
更に、 ソレを嘲るかのようにズタズタに引き裂かれ汚された
白き外套も、 朽木の惨状で末尾に串刺されていた。
宛ら百舌の早贄が如く。
此の事変に拠り、 正に世界《星界》は新たなる魔皇の誕生を知る。
世に云う、 【大暗黒星時代】 の幕開けである。
『異聞・偽史星界伝/エルトワール・L・クリューエル』