ANOTHER/PROLOGUE ~Life Goes On…~
私の名前は、 草薙 陽ノ介。
其の古風な響きから幼少の折より野武士だの浪人だのと揶揄われたが、
呼ぶ者の気持ちも解らぬではないのでまぁ仕方あるまい。
私としては両親が授けてくれた名前なので、
一応誇りを持ってはいるのだが。
さて、 唐突ではあるが私は昨今、
生まれて初めて 「転生」 というものを体験した。
生きているのか死んでいるのかよく解らぬ喩えだとは想うが、
私自身も実はよく解ってはいない。
ただありのままに起きた事実のみを、
此処に明記して於きたいと想う。
あれは、 初夏の息吹を微かに感じさせる静かな夜だった。
長かった仕事がようやく一段落つき、
近くの自然公園で行われている花祭りに
夕涼みがてら出かけた時の事だった。
他の者はどう思うか解らぬが、 花を愛でるのは嫌いではない。
また夜気の中でしめやかに映える色彩が、
陽光の中で咲き誇る豊麗よりも惹かれるのだ。
名前と相反すると想われるかもしれぬが、 諒とされたい。
穏やかな初夏の宵、 樹々のさざめきと草の匂い、 子供達の喧騒、
仕事を終えた開放感もありその長閑かな涼気に浸っていた日常は、
突如何の脈絡もなく崩壊の憂き目に襲われた。
最初は、 ある種冗談のような雰囲気の変遷に、
不覚にも現状の認識が遅れた。
周囲の人々も、 恐らくそうであったのだろう。
草食動物が岩陰から現れた肉食動物と至近距離で遭遇した時、
その身が硬直するように。
それくらい “ソイツ” の存在は、 茫漠としていたのだ。
薄闇の中で濡れた衣服、 返り血だったのだろう、
その背後に広がる血溜まりも轍も、
黒く明確な色彩を持ってはいなかった。
現実感を喪失した、 何もかもが虚ろな光景の中、
ゆらりとソイツの影が動いた。
ドツッ、 と身体がブツかる音ともに、
傍で硬直していた女性にソイツの影が覆い被さる。
見る見る内にその表情が苦痛の色に染まり、
喉の奥から絞り出すようなか弱い悲鳴と共に、
華奢な女性の身体が頽れる。
ソイツの手には、 血に赤黒く濡れた牛刀と呼ばれる
刃の長い包丁が握られていた。
変わらず気配は虚ろなまま、
しかしその眼だけが手にした凶器以上にギラつき
焦点の合ってない瞳で周囲を眇めた。
だがその口元は、 笑っていた。
笑っていやがった!
ようやく現状を認識し連鎖的に放散する叫喚と狂乱に合わせるように、
ソイツは手にした牛刀を間近の人間から滅多矢鱈に振り回し
次々と切りつけていく。
粗雑な手つきだがその力任せの杜撰な軌道が却って
その傷口を惨たらしく挽き破り、 苦痛と殺傷とを押し広げていく。
身体の動きは正に素人そのものだが、
人を切りつけるというその一点に対して
やけに手馴れている、 というより躊躇いがない。
心を病んでいるのか違法の薬物でも接種しているのかその両方か、
身体がその場から離れなければと激しく早鐘を打つ。
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