旦那さまの見た目は長身痩躯で沈魚落雁の美男子ですが、本当は甘えん坊なのです
「…………」
旦那さまのリシューさまに抱き締められた私は、近すぎて見えない旦那さまのお顔を脳裏に思い浮かべる。
細身で身長は高いながら、馬上槍試合では負けなしの鍛えられたお体。
僅かに日焼けしたお顔を縁取るのは、艷やかな青みの強いシルバーブロンド。つり眉に、長い睫毛に囲まれた冷たい色調の碧眼。切れ長なのも、冷たさを強調している。高い鼻筋。引き結ばれた、薄い唇を持つ口――――
人を寄せ付けない雰囲気も相まって、『動く氷像』とあだ名されつつも、社交界を賑わせていらした。
そんな旦那さまは、お帰りになるといつもこう。
人払いをして夫婦の寝室に籠もり、満足するまで私を抱きしめて暫くの時を過ごすの。
前は並んで座って抱き締めてられていたのだけど……長い時間、身じろぎもせずにそうしていると、無理な体勢でいたから後であちらこちらが痛むの。そう伝えたら、旦那さまの膝に座らされて抱き締められる事になってしまって…………早一月。
「旦那さま?」
今日は、いつもより長いような?
そう思い、声を掛けてみる。
「……………………もう少し……エリー、このままで……」
私はやれやれと思いつつ、肩に載せられた旦那さまの頭を、滑らかな髪を撫でる。
旦那さまは、公爵家の嫡男として厳しく育てられたみたいです。ですが、それは甘えるとか、甘えさせてもらう事は許されなかったという事でもありますわ。
私たちは、半分恋愛結婚のようなもの。幼い頃に婚約し、打ち解けるのには多少なりとも時間が掛かりました。
打ち解けてから、旦那さまは人の温もりや愛情を求めていらっしゃるのだと痛感いたしましたの。
ご両親の期待に応えようと努力して、やっと認めて頂けて返ってくる言葉は「次は、ここまでできるようになれ」と……。それだけ。
褒められる事も、抱き締められる事もなかったそうです。
「リシューさま、凄いです! もうそんな事も習っていらっしゃるのですね!」
幼い私は、一生懸命リシューさまを褒めました。たくさん、抱擁もしましたわ。
ご両親の愛情の代わりにはなれずとも、精一杯の愛情を傾けたのです。
そして、旦那さまが私には笑って下さるようになり、年頃になっていた私は、すっかり旦那さまに夢中になりましたの。
「……エリーの言った通り、抱擁は心が落ち着くな」
やっと満足したらしい旦那さまが、ようやく頭を上げられましたわ。まあまあ、お顔に服の皺の線が……
「くすっ。旦那さま、お顔に線が付いてしまいましたわ」
頬に手を伸ばし、そっと撫でる。それに、肩にくっつけていた頬も赤くなっていて……世間の評価と合わない旦那さまのお姿に、笑みが溢れてしまったの。
「……こんな姿は、エリーにしか見せない。問題ない」
そう仰り、今度は私の反対の肩に、旦那さまの反対の頬を付けてゆっくりし始められたの。
異国の言葉で、大変な美女を沈魚落雁と言うそうです。旦那さまが女性なら、間違いなく沈魚落雁の美女でしたでしょう。そんな旦那さまの、人には見せない甘えん坊な姿を見詰める時間は、私にも至福の時間ですもの――――
今夜も、晩餐はいつになるか分かりませんわね。
旦那さまが満足なさって、笑うのが好き。だから、もうご飯にしましょうなんて、私からは絶対に申し上げませんもの。
―終―