第6話「証拠隠滅」
『きゃぅん?!』
あぁ、もう!!
あーーーーもう!!
どーーーーすんの?!
どーーーーーやったの?!
ホント、どーすんのよ、これぇ!!
……庭・に・ゴ・ブ・リ・ン・の・死・体……あるんですけどぉぉぉお!!
「ちょぉぉぉお……! もぉぉぉおお!! なに? なんなん? まじでなんなん?! こ、これって、ゴブリン?! え? マジで???」
マジでゴブリン?!
馬鹿なの? ゴブリンなの? 死ぬの?!
あ、死んでるわ。
『わふ、わふッ♪』
……って、『褒めて、褒めて』じゃない!!
「か、返してこい!」
今すぐ、元の場所に返してこ~~~~い!!
『わふ??』
「──わふ、じゃねぇ!!」
クリッと首をかしげるポンタに言葉が通じるはずもなし。……無駄に可愛いぞ、此畜生!
「くぅ……!」
罪なき瞳が無職には眩しいぜ……!
ポンタ的には、無職の高橋のために獲物を狩ってきた気になっているのかもしれない……!
だ・け・ど!
……やばいだろ、このシチュエ―ションは!!
「ああああああ、もう!! スマホ、スマホ!! どんな時でもスーマーホー!!」
……& 名刺!
「え~っと、東日本ダンジョン管理局の西東京? あれ、西日本だっけ? あーもう、ややこしいな───……確か目力さんだっけ? 番号は『080-』の……」
プップップー。トルルルルルル!
ガチャ、
『は~ぃ、もひもひぃー』
「もしもし、もしもし!! もしもーしぃぃい!! あ、あ、目力さん?! あの、昨日お会いした高橋です、その!」
俺のテンション高ッ!
『んぁー? 高ぁ橋ぃ~……ふぁぁ、あー昨日のー。どーもぉ』
……ありゃ、なんだこの人?
ね、寝起き??
「ちょ、ちょっと目力さん?! き、聞いてます?! なんか、その昨日塞いでもらったダンジョンなんですけどぉ」
『ふぁー……。あ、あー……あの犬小屋ね』
「は、はい! それでですね、そこからなんか、ポンタが変な魔物を取ってきまして」
『ポンタぁ? 魔物ぉ? ふわぁぁ~……。あのぉ、申し訳ないんですけど、今日土曜日なんですよー。ダンジョン管理局の当直か、月曜にかけなおしてくれませんかー?』
…………は?
───はぁぁぁあああ?!
何言ってんの??
ナ・ニ・イッ・テ・ン・ノ、コノヒトぉぉお!
「いや、ちょ! 魔物! 魔物ぉ! も、モンスターですよ!? なんかあったら通報してって───」
『だーかーらー、重ねて申し訳ないですが、ふぁぁ、窓口時間じゃないので失礼しますね』
プツッ。
「な?!」
つーつーつー……。
「…………き、切りやがった?! ふざけんなよ、公務員ーーーーーーーー!!」
し、信じられん……。
土曜だろうが何だろうが、対応しろよ!!
警察は24時間だぞ?!…………あ、くそ、ダンジョン管理局は警察じゃないの、か?
つーか、今日、土曜日なのかよ!
畜生……無職が長すぎて曜日感覚が狂ってやがる……。
「あーもー! ど、どうすんだよ、これ───こんなん、月曜まで庭に放置すんのーーーー?!」
ゴブリンの死体が、東京郊外の庭にある。
しかも、その家の飼い犬が口の周りを血だらけにして───…………。
…………。
……。
アカン。
これはアカン。
いや、アカンやろ?
「や、やばくね?」
……これ、絶対にアカンやつやん。
盛夏ほどではないが、残暑も盛り。
再就職には色々厳しい季節───じゃなくて!
みーんみんみんみんみんじー……。
うん……。
「これ、2日放置したら腐るよな……鳥とかも来そうだし。うっげー……つーか、すでに臭い」
ぷ~ん……。
察しのいい蠅まで飛んできやがった。
いっそのこのまま放置───……。
……いやいや!! アカンあかん! あかんって!!
腐るし、見た目が───……って、そ、それ以上に───違法?? 違法だよね、これ?!
ふと、昨日押し付けられた法律の「写し」が思い浮かぶ。
なにやらズラズラと書き連ねてあったけど、要約すると───……。
『無断でダンジョンに入った場合は───以下略』
「おっふ」
……いやいやいや、待て待て待て!! 落ち着け俺!!
入ったのポンタだよな?
ポンタしかいないよね??
だ、だって、このサイズのダンジョンに入れるのポンタだけやん!!
飼い犬はオッケー的な──────あああああああ、無理か?!
たしか、飼い犬の不始末って、飼い主の責任になるんじゃなかったっけ?
ああああ、やばい!!
やばい、やばい!!
「と、とりあえず言われたダンジョン管理局の当直に電話を──────って、ポンタぁっぁあああああ!!」
『がふっ♪ がふがふっ♪』
何食ってんの?!
「なぁに食ってんの君ぃぃい!!───って、しかも何その目! 『ん? 食べる?』じゃないよ君ぃぃいい!」
ちょっと目を離したすきに、ポンタの奴が庭で息絶えている真っ赤な肌をしたゴブリンに食らいついていた。
しかも、腸咥えて首をかしげている……。クリクリのつぶらなお目めが逆に怖いッ!
「ぐっろ! ぐっろぉぉおお!」
うぇぇ……グロイ。めっちゃグロイ!!………………んー、グロイけど、何のこれしき!!
「な、舐めんなよ、ポンタぁ! こう見えても元ブラック企業の戦士! しかも、前職はモンスター素材の卸業だぞ!!」
本物のモンスターもびっくりするほどの社畜を育てていた、文字通りモンスター会社の忠実なる社員だったのだ。
──その中で、こんな素材くらい、嫌というほど見て来たわい!!
「…………ええぃ、畜生! かくなる上は───」
ザ・隠蔽ッ!
「……しょ、証拠がなければ問題なし!」
だって、ポンタが食べたんだもん!! 知らないもん!!
慌てた高橋は、ゴブリンの残骸を回収すると一輪車に乗せて、家の中に運び込む。
土間に連接したそこは作業場になっているのだ。
うおおおおおおお! どけどけー!
隠ぺい工作の開始じゃー!!
『わんわん!! わんわんお!』
「わんわんお、じゃないよ! どきなさい。ポンタぁ! あとバッチいもの食べない! しー! 悪い子! ポンタ悪い子!! どうせとってくるなら、せめて食えるモンスター捕って来いよ!!」
『ぐるるるるるるる!!』
獲物をとられたと思ったのか、ポンタが珍しく反抗している。
牙をむき出しにして高橋を威嚇。
「ちょ! 怖い! ポンタ怖い!! 血だらけの顔で睨むなしッ!」
チワワの凶暴さとゴールデンレトリーバーの風格が合わさったポンタはなかなかの迫力だ!
だが、負けんッ! こっちは飼い主だ──────くらえ、丸骨印の『骨々ガム』だ!
ワンチャンまっしぐらのCMどおりに───……。
「そぉい♪」
『わふん♪』
チョローーーーーイ!
「くくく……。お前の好物は熟知してるっつーの!」
ポンタの大好物を庭に放り投げ注意をそらす。
すると、さっきまでガルル! とか言ってたくせに、1秒で表情を輝かせて尻尾を振りながら庭に飛び出していった。
「ふふん、所詮はケモノよのぉ───あーっはっはっは!」
って、笑ってる場合じゃない。そんなことより早くこれ何とかしないと……。
「と、とりあえずバラすか……」
高橋は家の一階に設けられている作業場にゴブリン(?)の死体を運び込む。
そこには、夜逃げしたブラック会社の様々な器材があった。
製品加工に使うプレス台やら、人口ダイヤモンドカッター付きの骨切断 機、
さらには、手術台にもみえるモンスター解体用の作業台もあれば、スキャナ付きの記録用の器材もある!
そして、生ものを発酵させるコンポスター等、高橋家にはちょっとした工場並みの設備があった。
そこもこれも、
元々、モンスター素材を下すあの前職の会社が、社員に家に帰っても仕事をさせるために準備していたものだ。
───残業時間は月100時間以下!
しかしそのカラクリは───……ノルマ達成できなきゃ、家でも仕事しろ……ってね!!
(今思えば、どんだけブラックなんだよ……!)
ま、まぁ、おかげで住宅街の一軒家が、ちょっとした解体所&加工品工場みたいになってる。
これも本来なら、夜逃げした企業の資産として差し押さえされるはずだったのだが、
かなりの年代物だったため、倒産後も回収されることはなかった。
ついでにいうなら、退職金の現物支給とか言って弁護士に押し付けられたものだったりする。
……ぶっちゃけ処分するにも金がかかるので、ゴミを押し付けただけなんだろうけどね。
(あーもう、またコイツを使う羽目になるとは……!)
……とはいえ、今日ばかりはこれがあってよかった。
「と、とりあえず解体して素材にしてしまおう。コンポスターもあるし、肥料にすれば匂いはなんとか……!」
本来なら、モンスターの死体はダンジョン開発に参入している各企業が回収している。
ゴブリンなんかは使用用途は少ないものの、解体し、様々な骨や肉などを様々な製品として活用している……らしい。
「そいや、ゴブリンはよく扱ったな───使用できる部位が少ないけど、ダンジョンの低層でよく出現するのから、民間の冒険者たちが素材として持ち帰ることが多いみたいだしね」
さすがに食用にはならないが、肥料や魚の餌として、なんとか活用しているらしい。
このサイズのゴブリンなら、骨は焼いて焼成骨粉に、肉類はつぶして肥料に、
……見た目はアレだが肥料としての質は、結構よいらしく、高級肥料として取引されていたものだ。
なんか、ダンジョン産の肥料で作ると旨い野菜になるんだとか?
……ほんまかいな。
だが、実際にダンジョン関連会社が農園などでは、積極的に使用しているという。
俺は食いたいとは思わんけどな。
そもそも、ほとんど流通していないし、値段も馬鹿みたいに高い……。
「にしても……。これじゃ、やってること、前の会社の時と同じじゃねーか……」
給料が出ない分、こっちの方が更に悪いかも?
しょんぼりしながら、ブラックな会社勤めを思い出す高橋。
あの時は死んだような目をしながら、ひたすらモンスター素材を解体加工していたなーと、懐かしくもない思い出に浸る。
……もっとも、今やっていることは仕事ではなく、ただの証拠隠滅だ。
売ろうにも、ダンジョン素材は政府が完全に統制しているため、一個人が売れるような代物ではない。
もしも、違法に売ろうものなら即座に逮捕。
出どころを調べられて、違法に手に入れたものなら、さらに重罪を課せられるという……。
「……う、売るんじゃないぞ? そ、そう。ポンタの後始末だもん。だから、たぶんセーフ! セーフったらセーフ!!」
犬のう〇ちをしっかり持ち帰って処分するようなものさ───。
だから、セーフ。セーフなので、プレス機のスイッチON!!
「……ポチっとなー」
ゴリュゴリュゴリュ
いやーな、音を立てて、ゴブリンが肥料のもとになっていく。
その様子を見るともなしに見て、ふと違和感……。
「……はて? そういえば、赤い肌のゴブリンなんていたっけ???」
───あ。記録すんの忘れた。
新種っぽいのは記録しなきゃダメなんだけど……ま、いいか。
ゴブリンだし───。
チーン♪
※ ポンタの戦果:なし ※
《クラフト:ゴブリン肥料(超、半生)》