第39話「それは、犬……?」
※ 同時刻 ※
アメリカ国防総省──ダンジョン攻略室
「し、室長!! 室長ぉぉお!!」
バァン!!
アンドリュー中佐が息を切らせて走りこんできた。
どこかデジャブを感じさせる光景に、ちょうど葉巻を準備していたダンジョン攻略室室長のケラーネ准将は小さく息をつく。
「アンドリュー中佐……。何度も言わせないでくれ、……せめてノックをしたまえ。ノックを」
「ノ、ノノノ、ノックどころじゃありません! 至急をこれを───これを見てください!! りゅ、『竜王』が。竜王が撃破されました!!」
「どころって、おま───」
部下に軽んじられたように感じたのか、額に青筋を浮かべたケラーネは叱責しようと睨みつける。
「あ、その……も、も」
その怒気を敏感に感じ取ったアンドリューは冷や汗をかく。
いくら慌てていたとはいえ、アメリカ陸軍にその人ありと言われたたたき上げの軍人であるケラーネを怒らせてしまったことに気付いた。
背筋を正して、入室要領からやり直そうと踵を返す、
「も、申し訳ありません! で、出直します!」
バターーーーーン!!
回れ右して、ドアを勢いよく絞めて、
「そうだ───軍人で、将校たるもの、いついかなる時も冷静沈…………って、『竜王』が撃破ぁぁぁあああああ?!」
がっしゃーーーーーーーーーん!!
言ったそばから、席を蹴立て立ち上がると、
「待ぁてゴラぁ、アンドリューーーーーーー!」
冷静さを失った様子でアンドリューを追いかける。
……あ、あのバカ、律儀にノックからやり直すつもりらしい───。
コンコン、
「アンドリュー中佐、入ります!」
「──ノックしとる場合かあああああああああああああああああああああああ!!」
「ひょわぁっぁあ?!」
180度いうとること変わっとるやんけ。
「呑気にノックしてねぇで、このボケ!! さっさと報告しろぉぉお!」
ノックからの入室要領からやり直したアンドリュー中佐の胸倉をつかんで、机の上の資料に押し付ける。
「いだだだだ?! し、室長?!」
「『室長?!』も『いだだだ?!』も、あるか馬鹿垂れぇ!!」
ぐりぐりと資料の山に沈むアンドリュー中佐に容赦なし。
そこには様々な写真資料とともに、コードネーム『竜王』が撃破された可能性が大量の状況証拠とともに記載されていた。
「こ、こここ、これは、ど、ど、どういうことだ?! や、奴には手を出さない方向で中国ともロシアとも話がついていただろう! いったいどこの国が───」
グリグリグリ。
痛い痛い痛い。
机に押し付けられたアンドリュー中佐が苦しそうに目線だけでケラーネに向く、
「しょ、しょにょー、しゅちゅちょー……げきひゃひひゃにょわ、」
「あああん?! はっきり喋れん馬鹿垂れが!……って、あっ。すまん」
ようやく力を入れ過ぎていたことに気付いたケラーネはアンドリューを開放する。
「ゲホゲホ」
「で───? どういうことだ? 一体どこの誰が、『竜王』を? まさか、EUの連中ではなかろうな?」
ダンジョン開発にしのぎを削る各国は、裏で情報交換をしていた。
本音では一国で開発した方が国益につながるのだが、ダンジョン深層域はそんな国家の思惑など及びもしない魔境なのだ。
だが、ロシア、中国等とは違い、各国の連合であるEUの場合は、ときに内部の調整がうまくいかずに足並み外れた行動をすることがある。
今回もその類で、手を出してはいけないと密約を結んでいた深層の王……『竜王』を先走って撃破してしまったものがいたと思ったのだ。
しかし───。
「い、いえ。その…………なんといいますか、どこの国でもないと思われます」
「ふんッ、そういうことか───撃破そのものが、誤情報なのだろう?」
前回の『鬼神』のときもそうだったな。
おそらく、器材の故障だろう。
……ダンジョン外で信号が発見された前回のケース同様に、今回も機械に由来するものに違いないと───。
「まさか、ありえませんよ! そ、その……撃破は間違いありませんッ! 我々は、『竜王』の残骸の回収に成功しております」
「な、なんだと?!」
慌てて資料を読み返すケラーネ准将。
そこには確かに、回収し、分析班に回された『竜王』が描かれていた。
ということは───……。
「では、あれは!! あれは回収できたのか?!…………Sランク級のモンスター……その魔石が!! 深層の魔石がぁあ!!」
世界を変える可能性のある、あの魔石が!!
「……い、いえ。その………か、回収はできませんでした」
な、な、な───なにぃぃぃいい?!!!!
「ど、どういうことだ───!! 『竜王』を回収したのなら、あれがあるはず!!」
「それが、その…………」
いや、まて。
アンドリューは残骸といったな?
もしや……。
「回収できたものは、『竜王』の一部ということか?」
「は、はい。じつは、深層の監視任務についていた部隊が、たまたま回収に成功できたのです。……その際に器材の大半を破損しましたが───まずは、こちらをご覧ください」
紙資料のほかに、USBメモリを携えていたアンドリューはケラーネにそれを差し出す。
USB自体は何の変哲もないものだが、やや型が古い。その代わりに、重厚に作られており、表面には「トップシークレット」の赤文字がデカデカと。
おそらく、極秘情報を扱うための専用のUSBなのだろう。
ケラーネはそれを受け取ると、自分専用のパソコンに繋ぐ。
少々読み込みに時間がかかるも、なんとかデータを解凍……。
そこには映像資料が入っており、不鮮明ながらダンジョン深層の様子が映し出されていた。
画面のブレからすると、兵士のヘルメットについている同期カメラなのだろうと推測───そして、そこに映されていた映像をみて一言……。
「……な、なんだ、この生物は──────」




