第24話「ニューヨーク」
※ ニューヨーク 国連のダンジョン研究室 ※
ティロン♪
「うん? メール……珍しいわね」
コーヒーをすすっていた、そばかすの研究者がローラーで椅子ごと移動。
たどたどしい手つきでメール画面を開く。
「へー……新種鑑定依頼ねー」
「どうしたのキャロル?」
同じく研究者の女性が古いパソコンに向かい合っている同僚に声をかけた。
「んー……ジェシーか。なんかねー日本のナントカーって会社から新種鑑定依頼来てんの」
「はぁ?? あ、あはは! 新種ぅ?! しかも、民間会社じゃん、それ」
「そーよー」
型遅れの古いパソコン。
メールシステムが全世界共通かつ秘匿性を高くしているため容易に機種変更できないがために10年前からほとんど変わっていないそれ。
びっくりするくらい読み込みの遅いPCは、今時の若き研究者であるキャロルには扱いづらい代物だ。
その上、やたらとごついキーボードが使いにくいことこの上ない。
「あーはー……。3……いえ、4体もの新種鑑定って、冗談かしらね?」
「いたずらメールじゃないのー? それか、新興企業が既存の魔物を新種だと勘違いしているとか───」
「ありうるわね」
はぁ、とめんどくさげなため息。
もうすぐ終業時間だというのに、空気の読めないメールだこと……。
「明日にしなよー」
「そういわけにもいかないわよ。仕事してるふりでもしとかなきゃ、部門整理で部屋ごとクビになっちゃうかもよ」
「こ~んなに暇なら、いっそクビでいいわよー」
けらけら笑う同僚に曖昧に微笑み返し、メールをチェック。
……このダンジョン研究室において、新種鑑定部門は冷遇されている。
いわゆる窓際部署だ。
ほんのひと昔は、かなりの数の新種が発見されていたため、毎日大忙しであったらしい。
それはもう、ひっきりなしに新種鑑定のメールが飛び交い、職員は毎日てんてこ舞い───だったのだが、人類が上層~中層に進出し、民間が冒険者を送り込むようになってからはパッタリと新種の発見は途絶えてしまった。
……今となっては、年に数件あるかないか程度。それも、新種との勘違いばかり──。
おかげで、新種鑑定部門は『金食い虫』と馬鹿にされ、いまやお荷物部署扱いだ。
そのせいか、送り込まれる研究者は権威のない若い研究者ばかり。
他の優秀な研究員は、もっと華のある部署で辣腕を振るっているというのに、だ。
───結果、現在の新種鑑定部門は、優秀だがトロ臭い研究者が集められる羽目となったわけ。
このソバカスの研究者キャロルもその一人だ。
これでも、MIT出身の才女で、成績優秀。
そしてかねての希望通り、国連ダンジョン研究室に配属された若き研究者だ。……あと巨乳。
……しかし、その才女が希望にデッカイ胸をときめかせてこの国連の研究室を訪れ見れば、新種鑑定部門に配属。
以来、才能を発揮する機会もないまま、ず~~~~~っとくすぶり続けている。
ガックリと来ているのは、はた目にも明らかだった。
……彼女とて、以前は国連の研究機関で働けると意気込んでいたものの、今やっていることといえば、コーヒーを飲みながらケツで椅子を磨くだけの日々だ。
これでは、誰だって半ば以上やる気を失ってしまうというのも致し方なし。
実際、こうやって所属部員ごと、研究部門を消し去ろうという思惑もあるのかもしれない。
国連というのは、そういった国際社会のパワーバランスの縮図のようなところがあるのだ。
一見して平等な研究機関だが、この研究室もまた政治の世界で踊らされる運命からは逃れられないのだろう……。
それはさておき───。
「ふわぁ〜ぁ……。面倒ねー、このポンコツときたら腹が立つくらい読み込みが遅いわ。……とりあえず画像解析から始めるから、ジェシーは時間になったら定時であがってもいいよ」
……同僚には帰宅を促すも、キャロルはまだまだ残業する気満々。彼女には彼女なりの責任感があった。
なにせ、腐っても国際機関たる国連の職員なのだ。国の代表───世界の代表として、やるべきことをやる! その最低限の責任感に突き動かされていた。
まぁ……惰性ともいえるだろう。
「あら、そー? じゃーそうするわー。……キャロルも帰ろーよ? どうせ分析たって、そのポンコツじゃ丸一日かかるわよ」
ジコ、ジココココ……と、ちょっと怪しい読み込み音を立てるPCにため息をつくキャロル。
「んー。とりあえず、4体分のデータだけ取り込むわ。ま、新種なわけないと思うけどね」
「ほんと、真面目ねー。損するわよ、じゃお先ー」
本当にさっさと去っていくジェシーの背中に一瞥もくれず、眠そうな顔でPCに向かい合うと、キャロル自身、自分が何やっているのか時々疑問になる。
「ふぅ……」
世界中を混乱に陥れたダンジョンについて興味を持ったが最後……。
せっかくいい大学をでて、
いい所に所属できたのに、
……やっていることといえばデータ整理と、滅多に来ないメールの番だけ───。
はぁー……。
「あーあー……もっと、こう───……ガーーー! と、心躍るような仕事が来ないかしらねー。……せめて大量の新種鑑定依頼とかねー」
そうすれば実力を示せるし、手柄にもなる。
もしかして、こんな窓際部署でなく、花形の『魔石』解析などに携われるかもしれないのだ。
深層研究部門も捨てがたい。
「……とはいえ、無理かー」
ダンジョン研究は、現在行き詰りを見せている。
一応『魔石』の解析は徐々に進みつつあるが、肝心のダンジョンの『魔石』の数は少なく、
そして、『魔石』が最も多く取れるとされる、深層域の攻略が全くと言っていいほど進んでいないのだ。
おかげで研究材料の『魔石』は各国とも喉から手が出るほど欲しがっているし、民間が採取したものも高値で取引されている。
結果として、国連の研究部門に落ちてくるのは中途半端なサイズのものばかり。
研究用の大型魔石はどの国も自分たちで囲ってしまっているのだ。
……アメリカ国内とてそれは同じだ。
とくに、下層~深層でドロップする大型魔石はいまだ十分な数はとれておらず、
おかげで研究が一向に進まない。
上層から中層は民間が進出しつつあるとはいえ、それでも苦戦は必須。
その先──下層に至っては、軍や最新兵器をもってしてもいまだ困難な道のり。
また、下層の下───深層域となればさらに困難な道で、訓練を積んだ特殊部隊でも、甚大な損害を受けて帰還するのが常であった。
つまり、新種が多数生息すると思われる下層~深層はいまだ人類未踏の地域なのだ。
軍の特殊部隊でギリギリ深層域にトライできる程度。
もちろん、そんな状態で魔物を倒したとて持ち帰る暇などあるはずがない。
ましてや、稀にしかドロップしない『魔石』を深層域で手に入れるなど、宝くじが二回連続で当たるくらいの運が必要だろう。
───それほどに、深層域とは、
まさに地獄なのだから……。
(おそらく、それが人類の限界なのよね……)
ようやく読み込み始めたPCのステータスバーを睨みながら、ぼんやりとダンジョン研究の行く末に思いをはせるキャロル。
彼女は知っている。
……未知と脅威に溢れたダンジョン。
攻略したと政府は言うが、そんなのは真っ赤な嘘だと。
ダンジョンについて攻略済みといえるのは中層程度。
それも、せいぜいが中層程度の魔物を数回ほど一掃し、民間に開放することができるようになっただけの状態だ。
各国政府は、それを手柄として盛大に喧伝しているだけに過ぎない。
実際はどこもかしこも、アメリカ、中国、ロシアですら深層域にはいまだ到達できず……。
国家の威信をかけて躍起になるも、いたずらに被害を増すばかりで、
「だれもが、深層域の新種モンスターに苦戦中───……か」
ピー…………。
ガチガチガチ──────画像解析中.....35%
上層~中層に生息するモンスターはほぼ登録済みだ。
稀に『新発見のダンジョン』などで固有種が発見されるほかは、
新種とは下層と深層のモンスターを指すのが一般的。
そして、深層域に生息するのは、もはや人智を超えた驚異の生物で、新種登録など早々あり得る話ではない。
深層のモンスターはまさに『化け物』なのだ。
……対戦車ミサイルをもものともせず、
───銃弾をはじき、
チタンプレートをやすやすと切り裂く爪と牙を持つ、そんな化け物ばかり───。
そりゃあ、新種なんておいそれと発見も討伐もできるはずがない。
発見=戦闘。
そして、死ねば食われるのみ……。
……だけど───。
「もし……。もし、そんな場所で狩りができ、魔物を持ち帰ることができるとすれば───」
きっとそれは、もはや人間ではない。
けれども、そんな生物が味方につけば、人類はダンジョンを制覇することができかもしれない───。
数多の人を飲み込み、
無限の資源を備えた人類最後のフロンティア。
その───。
ダンジョンを制覇する鍵となる────
ピー…………。
ガチガチガチ──────画像解析中.....99%
「ふふ、な〜にが鍵よ、バカバカしい。…………さっさと終わらせて帰ろうっと」
どうせ、登録済みの魔物に決まってるしね───。
ポーン♪
データベース参照中........ピコンッ♪
「あ、ようやく終わ」
ぴーーーーーーーー……。
ピッピッピ、
【NO MACTH】
…………。
……。
「…………は?」




