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灰桜  作者: 砂糖千世子
第一部 超常の章
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第九話 回転寿司が食べたいんじゃ!

 最も幸福な動物とは、動物園で生まれた動物ではなかろうか。

 広い野原を知らず、檻の中以上を望む頭を持たず、生活する分には一切困らない。ただ少し、人間という動物が鬱陶しい生活。

 しかしそれは果たして幸福なのだろうか。もっと別の異質な安寧と呼べるかもしれない。完全に受け身で、自由とは対極の生活。食べるものも住む場所も行動も生きる意味も、すべてが大いなる存在に支配され導かれ束縛される。動物園は動物にとってのディストピアなのだ。もしそれを、地球人の善悪を見定める使命を持つ宇宙人が見たらどう思うだろう。だから俺は沙月が動物園に行きたいんじゃ! と騒ぎだして少しだけ焦ったのだった。

「妾は人間以外の動物の声をしっかり聴きたいんじゃ。競馬場で出会った馬たちはそれなりに楽しそうじゃったぞ」

「どこで動物園なんて知ったんだ?」

「もしかしてお主、まだ妾のことを阿呆だと思っておるのか? じゃとしたら信じられぬ愚か者じゃな。見知らぬ土地に来て最初にすべきは情報収集じゃぞ。これは常識じゃ」

「じゃあ日本で一番高い山は知ってるのか?」

「富士山じゃ。因みに世界で一番高い山はエベレストじゃ」沙月はドヤ顔で言った。「太陽系で一番高い山は火星にあるオリュンポス山らしいのう」

「じゃあ日本で二番目に高い山は?」

「うぅ……なんじゃその問題は。お主は、妾を虐めて楽しんでおる……。二番目の山なんぞ知らんわ。そんなものはない!」

「ないわけないだろ。正解は山梨県にある北岳だよ」

 標高も一番で見た目も完璧に美しい富士山と、二番目の高さだけど目立たない認知度の低い北岳。中々面白い関係性だ。擬人化して漫画にしたらウケそうなものである。

「まあ確かに今の俺の出題は意地が悪かった。常識とは言えないかもしれないが、ただあんまり自分の知識量を過信するのもよくないってことだ。言っておくけど、お前はまだまだ全然なんにもこの星の事、人類のことを知らないんだからな?」

「ちゃんと妾は自分が知らないことを知っておる。無知の知じゃ」沙月は胸を突きだし威張った。。「だからこそ学習の機会が必要じゃ。妾を頭でっかちにするつもりか? 家の中で読んだ本やタブレットで仕入れた情報だけで喋る哀れな知識バカにするつもりか?」

 俺は最寄りの動物園を調べた。結構遠い。入場料や、今日営業しているのかも調べる。俺は沙月と出会うまで一年間、半ば引きこもりみたいな生活を送っていた。それなのに、彼女と出会って一週間で一体どれだけ外出しただろう。健康的かもしれないし、世間的には羨ましがられる生活かもしれないが、俺にとってはそれなりに疲れるのだ。別に誰かに変わってほしいわけじゃないけど、俺に無限の体力があるわけでもないし、沙月の為ならなんでも頑張れるわけでもないのだ。

「今日は疲れてるから、そうだな……明日にしないか?」

「ふうん」沙月は俺から離れて窓の外を覗き込んだ。「まあいいじゃろう。ただし、今日のうちに動物が檻からみんな脱走してしまう可能性だってあるわけじゃろ? 思い立ったが吉日じゃって。もしかしたら二度と動物が見れなくなるかもしれないのじゃぞ?」

 屁理屈をこねる沙月の声を聞き流しながら俺は敷いたままの布団に倒れ込んだ。

「そんなにどこかに行きたいなら、今日の昼飯は回転寿司にしよう。昼になったら起こしてくれ。一緒に食いに行こう」

 結局沙月が倒れて眠りこけている俺を強く揺すぶって起こしたのは、午前十一時過ぎだった。せめて正午すぎてから起こしてくれろ。そう思ったが仕方がない。俺は顔を洗って着替えてから、沙月と一緒に家を出た。

 回転寿司はそれほど離れてはいない。自転車で向かいたいが、日中に二人乗りするわけにもいかない。一台しか持ってないのだ。まだ沙月のものを買ってないし、今のところ買う予定はない。一度アパートの前で沙月に俺の自転車の乗り方を教えて、試させてみたが、危なっかしくて見ていられなかった。大人用の補助輪とか探せばありそうだが、まだ調べてもいない。

 回転寿司の店内は冷房が効いていて涼しかった。明るい照明と騒がしい食器の鳴る音が店内に絶え間なく響く。沙月は受付から奥を覗き興奮したように鼻息荒く言った。

「本当に寿司を乗せた皿が回っておる!」

 刺激的な光景なのかもしれない。この宇宙に沢山の知的生命体が存在し、種種雑多な文明が栄えようと、回転寿司は地球の日本にしか生み出せない気がした。

 沙月が俺を早起きさせたおかげで、混雑していない時間帯に到着できたので、俺たちはスムーズにテーブル席へ通された。店員が立ち去って俺たちはおしぼりで手を拭いて、早速食事にとりかかった。一皿はそんなに高くない。沙月が異次元の暴食をしない限り、財布の中身が消失する事態は避けられそうだ。

 流れてくる皿の上には二貫ずつ寿司が載っていて、次々と流れていく。俺が色々と説明して、沙月はそれをよく聞いた。そうして手始めに彼女は玉子を取った。俺はマグロを取った。醤油をかけて箸で食べる。美味い。

 寿司通は初めての店に入ったらまず玉子焼きを頼むらしい。最も店の程度が反映されているらしいからである。玉子焼きが美味しい店はいい店なのだろう。沙月が最初に玉子を取ったのを見てそんなことを思い出した。しかしこういう雑学というのは眉唾が多いのも確かだ。……

 俺の母さんの玉子焼きは絶品だった。他の料理も美味かった。沙月が美味しそうに玉子を食べているのを見て、俺も食べたくなった。次に流れてくるのを待っているのも退屈なので、座席に置かれたタブレットを操作して、玉子を注文した。俺の手際を見て沙月が前のめりに手を出した。タブレットを渡すと沙月は無言でポチポチ画面を触っていた。

「触った後はちゃんと手を拭けよ?」

「箸で食べてるから問題ないじゃろう……」

「人間ってのは無意識にいろんなところを触るんだよ」

「妾は人間じゃない。遠い星からやってきた調査員じゃ」

「星の代表が汚い手で食事の席についていいのかよ」

「お主はねちねちねちねちしつこいのう」沙月はテーブルに設置された蛇口の形をした給湯装置に手を伸ばした。「これは蛇口かのう。どこを捻ればいいんじゃ? これを押すのか?」

「待て待て」俺は慌てて沙月の手を握って給湯装置から離した。「それはお湯が出るところだから、火傷しちまうよ。これはこのコップに、こうして粉茶をひと掬いぐらい入れて、こうやって黒い部分に湯呑を当てて押して、ほら……」

 俺はお茶を作って沙月に渡した。彼女はそれを一口飲んで言った。「結構なお手前で」

 注文した玉子がやってきた時、一緒に何故かフライドポテトも流れてきた。俺はギョッとしながら沙月を見た。彼女は喜色満面にそれを取って、食べ始めた。

「いつの間にそんなもん注文してたんだよ」玉子に醤油をかけながら言う。「ここは寿司屋だってのに……」

「寿司屋じゃけど、その寿司屋が売ってるんだからいいじゃろう。別にピザの配達をここに頼んだわけでもあるまいに」

「そういうことじゃないさ。折角初めて寿司屋に来たのに、玉子の次はフライドポテトかよってことさ」

「何ものにも縛られない生き方こそ妾の真骨頂じゃ」沙月はそう言って流れてきたカツオの皿を取った。「お主も人のことなんぞ気にせずに自分が食べたいものを食べりゃいいのじゃ」

 俺たちはそっから黙々と食べ続けた。段々時間が経って店内に客が増え、話し声も増幅してきた。騒がしい店の中で俺たちは静かな昼食を続けた。

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