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灰桜  作者: 砂糖千世子
第一部 超常の章
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第二十話 ペン回しと神秘探偵

 夕飯を食べた後沙月は風呂に入った。俺は皿を洗い終わって一息ついた。床に座って図書館で借りてきた本を読んでいると風呂上がりの沙月が裸足をペタペタ云わせて接近してきた。俺が顔を上げると、ペンを目の前に見せつけてきた。「なんだよ突然」

「人生に起こりうることは皆突然を孕んでおるとは思わんか?」沙月は小難しいことを言った。俺は「思わん」と言った。沙月は俺の正面に座り込んで言った。「妾もペン回しがしたいのじゃ!」

「はあ?」俺は沙月の持ってるペンを見た。不思議な形状をしていると思ったら改造してある。両端が重くなるように変なキャップみたいなのが嵌めてある。「なんだよそれ。自分で作ったのか?」

「そうじゃ。ネットで調べたらこういう形にしたらやりやすいと掲載されてあったのじゃ」

「そりゃ上級者向けの話だろ。俺がやってるような技とも呼べない技は、そんな小細工要らないよ」沙月はその言葉にしょぼんとした様子だった。なんだか俺までしょぼんとしたので、フォローする。「まあ初心者の上達の速度という観点でいえば、そういう補助器具はある意味では必須なのかもしれないけどな。俺も逆上がりの練習する時に踏み台みたいなの使ったから。それに自転車も補助輪を……」

「過剰なフォローは妾には薔薇の棘じゃ。とにかくペン回しを教えてくれればよいのじゃ」

「俺が教えられることなんて全然ないよ。今はYouTubeとかで幾らでも先生が見つかるだろ」

「あれは難しいのじゃ」沙月はペンを左手で持って、右手の上でグルグル回した。「魔術みたいな技を平気で見せつけてくるからのう。なんというか始める前から挫折しそうになるのじゃ。それよりもお主が普段やってるさりげない技の方が妾は習得意欲が湧くのじゃ」

「面倒くさいやつだな」俺は沙月からペンを受け取って右手の親指の周りを時計回りと反時計回りで回して見せた。人差し指と中指を使う。上達すれば人差し指だけで出来るらしいが、俺はそこまで到達していない。到達する気もない。

「凄いのう……。どれぐらいで妾も出来るようになるじゃろうか?」

「俺は三日もかからなかったな」俺は自分がこの技……確かノーマルとリバースといったか……を覚えた時期の記憶を辿った。「確か小学校中学年の時分だったな。友達がペン回しの偽物みたいなのを見せてきてさ。指で挟んでペンをくるくる回してるだけなんだよ。それで俺はそいつを超えようと思ってネットでペン回しについて調べて、その頃はYouTubeとかそんな流行ってなかったし、初心者向け動画みたいなのもあったにはあったけど、どうだったかな。それで取り敢えず初歩級の技を布団の上で寝る前に十分ぐらい練習して、三日後ぐらいには出来るようになってた気がする」

「他には技は覚えなかったのか?」沙月は俺の手元で回るペンとその技術を羨望の眼差しで見ながら言った。

「覚えなかったな。小学校なんて俺の覚えた技で十分自慢できたしな。もっとすごい技を覚えようとしたら、それこそ根気がいるし必要な時間だって尋常じゃない。そこまで嵌らなかったよ俺は」

 沙月にペンを渡してから俺はタブレットでペン回しの情報を調べた。驚くことに今の時代では山ほどのサイトが見つかる。企業が運営しているサイトなんかも発見した。ペン回し専用ペンみたいなのをAmazonが販売もしている。俺が当時見ていたサイトがまだ運営されていたことも驚いた。

 サイトの説明文も交えながら俺は沙月に指導した。彼女は真面目な生徒だった。熱中してペン回しの特訓に勤しんだ。俺は心の隅で、こんな生産性のないことに時間を費やして何になるんだと考えてもいた。しかしこういう遊びを楽しむ余裕が消え失せた時人生が一気に色褪せることを俺は知っている。もう俺は純粋にペン回しを楽しめる若さを損なってしまったが、沙月にはまだあるのだ。

 音が響かないように布団の上でペンを回させた。沙月の薄桃色の爪がペンを弾き、それが親指の周りを半回転もしないうちに彼女の膝の上へ落ちる。執念深く練習することだ。俺がそういうと沙月は俺の方を見ずに「そうじゃな」と呟いた。

 俺は沙月を横目に先日購入したテレビをつけてぼんやりチャンネルを回していた。時計はもう少しで九時になるところである。俺は芸能人がクイズに答えている番組をだらだら見た。『海狸』を何と読むか。俺はわからなかったので沙月に聞いた。彼女が言った。「うみだぬきじゃろ」答えはビーバーだった。

 九時になる直前に沙月が勝手に番組を変えた。別に俺は見たい番組がなかったから抵抗もしなかった。九時になってそのチャンネルでアニメが始まった。ゴールデンタイムと深夜の境目にやっている準健全なアニメといった感じの番組だ。

 黒い車が海の見える細道を通る場面から始まった。寡黙な老執事といった風貌の運転手が映り、その後部座席にホームズみたいな探偵服を着た小柄な女子が座っている。

 車は丘の上の大きな館の門前で止まり、探偵少女が降りた。呼び鈴を鳴らすまでもなく、黒いスーツを着た背の高い男が礼儀正しく少女を迎える。「ようこそいらっしゃいました」

 オープニングが始まって、アニメのタイトルロゴが大きく表示される。『神秘探偵マルヴィナちゃん』……。俺は壁に寄りかかるようにして座布団の上に座ってテレビを見ていた。離れた横に沙月が座って胡坐を組んでいる。窓の外は暗くなっている。

「これ面白いのか?」俺は聞いた。「ミステリーなんだろ?」

「なんでもそうじゃが、人によりけりじゃ。妾は面白いと思うが、お主みたいな理屈っぽいやつは矢鱈とミステリに文句を言うから、どういう感想を抱くのかはさっぱりじゃな」

「嫌味なやつだ……」俺は黙って画面を見た。画面の中のメルヴィナは探偵服を着てクリーム色の髪の毛を伸ばしている。今回の話のタイトルが表示される。『幽霊屋敷の殺人』。

利発そうな瞳を丸くして敷地の中を男に連れられ歩いている。「私はこの屋敷で召使をやっておりますハロルドと申すものです」

ハロルドは丁重な言葉遣いでマルヴィナに説明する。「この屋敷で数日前に殺人が起きました。オスニエル様が何者かに刺殺されたのです。凶器のナイフは現場に捨てられていました。ナイフはこの屋敷の台所にある日常的に使用されていたうちの一つだったのです。警察が指紋を調べたところあまりにも多くのものが見つかったので、犯人を絞ることは出来ず、兎に角動機のありそうなオスニエル様の家族を取り調べていきました。しかし結局未だに犯人を特定するには至っておらず、今回早急に犯人を見つけていただきたく、高名なマルヴィナ様に依頼した次第でございます」

 マルヴィナは庭を横切る際に、噴水の向こうの木蔭に青白い顔色をした若い女性を発見する。立ち止まって召使に「あれは誰だい?」と質問する。召使はそちらを見るも「誰の事でございますか……?」と判然としない様子だ。マルヴィナが言う。

「この屋敷に来る前に、少し調べさせてもらったけれど、ここは古くから幽霊が見える屋敷として有名らしいね。実は私には昔から霊感があるんだ。それで見たくもないものが見えてしまう体質でね。それで今もそういう存在が見えたのかも」

 マルヴィナは軽い調子で喋る。彼女が目撃した女性の特徴を告げると、召使は寒気を感じたように表情を強張らせて言った。「それは、キャロル様でございますね。どうやらマルヴィナ様には本当に霊感がおありのようで……」

「キャロルっていうのはどなたなのかな?」

「随分昔にお亡くなりになった、オスニエル様のご息女でございます。三女でした。ある日突然正気を失った末に、自殺いたしました。とても悲しい事件でした。あのことがあってからオスニエル様は内向的になり、家族に対して心を閉ざすようになりました」

 屋敷はヴィクトリア調だが、多少ファンタジー色で上書きされている。マルヴィナと召使が屋敷に入るところをカメラが俯瞰で捉えている。そうして無人になった庭園に風が吹き、不気味な雰囲気が醸し出された。

 俺は台所へ行き麦茶をコップに注いで飲んだ。沙月を横目に見ると彼女は夢中で画面を見つめている。俺も昔はそうだった。家にあったアニメのDVDを何度も繰り返し見た。今はYouTubeだのがあって楽しみが横溢しているけれど、あの頃はそういう娯楽しかなかった。もう暗記するほど見た映像を親が外出している暇な時間は繰り返し見るのだ。

 座布団の上に戻って再びテレビを見た。マルヴィナが階段を上がって、事件現場である一室に入る。ドアノブがキイキイなる。彼女が一歩踏み入れると冷たい空気が纏わりつく。

「この部屋はご主人様の私室でございました。普段は決して誰も足を踏み入れることはありません。内側から鍵をかけることが可能です。外側からも可能です。鍵は三つあって、二つはご主人様が所有し、もう一つは我々召使が共同で所持しています。持ち出すことは絶対に禁じられております」

 部屋には暖炉や本棚、ヴィクトリアン様式の机と椅子。壁には油絵の絵画がある。西洋のアンティークを細かく丁寧に描写した背景美術に俺は感嘆した。今のアニメは予算が潤沢なのだろうか。マルヴィナの絵の芝居には多少の粗さがあるが、それでも非常に濃厚なアニメである。

「ここでご主人様は倒れて亡くなっておりました」召使は床を指さした。そこに敷かれた絨毯に黒い染みが残っている。「第一発見者は同僚の一人です。ザラといいます。彼女がご主人様にご夕食の準備が完了したことを告げに行くと、反応がなく、部屋の鍵もかかっています。彼女は念には念をと思い鍵を使って部屋に入りました。そうしてご主人様の遺体を発見したのです」

 マルヴィナは窓の傍に寄って、カーテンを開き庭を見た。噴水が見える。綺麗に整備された庭園だ。草木が乾いた太陽に焼かれキラキラ緑色に輝いている。目を細めて暫く眺めていたが、振り返って顎を手で支えるポーズを取って言った。「それでは屋敷に人々に話を伺うとしましょうか」

 マルヴィナが部屋を出ようとすると背後に気配を感じ、振り返る。どろろろろというSEと共に、そこには先ほど庭で目撃した青白い女がいる。マルヴィナは相手が幽霊だろうと臆することがない。神秘探偵だからである。

「君は自殺したオスニエルの娘なんだってね」マルヴィナは彼女の眼を見て言う。「君は誰がオスニエルを殺したのか知っているのか?」

 幽霊女が小さく頷いた。生気の失せた目は遠くを見ているようだ。それとも内側の、記憶の奥底を覗いているのだろうか。マルヴィナは手を前に出した。「いいよ。別に私に教えてくれなくても構わない。私は自分で解き明かす。そうしたら君もここから解き放たれるのだろうね?」

 幽霊は何も反応せず部屋の奥の暖炉へ歩いていく。そこで無言で暖炉の奥を指さしてマルヴィナを見ている。そこへ近づき暖炉を覗き込む探偵は、暫く手探りした挙句、堅い感触を得て、押す。それは隠しボタンだった。

 少しだけ手が汚れたマルヴィナは顔を上げて部屋を見回す。本棚の一つが音もなく横にスライドしたようだった。秘密部屋の登場である。探偵は扉の前に来たが、鍵がかかっていたので開くことが出来ない。諦めて再び暖炉のスイッチを押した。周りを見ると幽霊の姿はなかった。

マルヴィナがついてこないことに気付いた召使が戻ってきて彼女に声をかける。「どうかなさいましたか?」

マルヴィナは言った。「面白くなってきた」


 俺は沙月に聞いた。「なあ、幽霊が登場したんだけど。本物の幽霊じゃん。これミステリーなのか?」

「最初から書いてあるじゃろ」沙月はテレビを見たまま言う。「神秘探偵なのじゃ。前は吸血鬼や宇宙人が登場した回もあったのう」

「宇宙人ねえ……」幽霊が出て俺はトンデモだと騒いだが、そう考えると俺の人生には宇宙人が闖入している訳だ。必ずしも神秘的な存在が登場したからと言って馬鹿馬鹿しいと一笑に付すのも早計なのかもしれない。……


 屋敷には召使を除くと計9人が生活している。召使を入れると14人である。オスニエルの妻、オスニエルの母、長男とその妻、長女とその夫、次男、次女とその夫。普段は子供たちは屋敷の外で別々に生活しているが、毎年この夏の時期に一族が集まるのが定例だった。例年なら既に解散しているが、今回はまさかの事件が発生したため、未だに留まっている。

 広々とした日当たりの良い居間に集まった関係者たちの視線を、突然やってきたマルヴィナが独り占めする。警察関係者の男は困った様子でマルヴィナを睨む。「君は確か、探偵だったね。巷で神秘探偵と呼ばれているそうだが、勝手に事件に首を突っ込むのはやめてほしいな」

 長男のバートランドが剽軽に言う。「警部さん、大丈夫ですよ。私が彼女に依頼して来てもらったんです。勘違いしないでほしいのは、私が警察の力を見くびっているわけではないということです。私は警察も探偵も、活用できるものはすべて活用して、お父さんを殺した人間を突き止めたい一心なのです。……しかし、この国で一番優秀な探偵を頼んだ結果、こんな若い娘がやってくるとは、予想外でしたけれどね」

 警察の調べによると、オスニエルが殺害されたのは夕食前の一時間以内である。夕食は八時だから、午後七時から八時の間に殺害されたことになる。凶器は現場に残されていた刃物で、屋敷の包丁だった。ずっと昔から使用されてきたもので指紋は無数に検出されてとてもじゃないが犯人特定には使えない。

 キッチンから刃物がなくなっていることに料理人は気づいていた。同僚に包丁の行方を聞いたが、誰も知らなかった。あとで家族の誰かに知らせようと思っていたが、その前に事件が起きた。料理係によると、昼食の際には包丁は元の場所にあったという。

 夕食前の時間は皆各自の部屋に籠っていたので、アリバイの立証は難しい。夫婦でアリバイを確認し合ったところで、二人で共謀しての実行の場合は意味がない。そうする動機も遺産目当ての場合は成立する。一時は唯一家族の中で連れのいない次男のルークが疑われたが、彼は少し逡巡しながら「僕はあの時間インターネットの匿名掲示板を荒らしていたから、開示請求が通ればアリバイを実証できるよ」と告白した。


 俺は唖然とテレビを見つめた。インターネット? 俺はてっきり19世紀の時代かと思っていたが、違うらしい。沙月は愉快そうに笑っている。俺は真面目に見るだけ損だと思った。幽霊が登場し、インターネットの荒らし活動がアリバイになる。


 召使も含めそれぞれの話を聞いていったマルヴィナはこの一家に根差した深い関係に気付く。それは自殺したキャロルという三女を中心とした闇である。キャロルが自殺したのは16歳の時分である。風呂場で手首を切って死んでいたのだ。死んだ理由は不明だが、

近頃キャロルの情緒が不安定になっていたのは誰が見ても明らかだった。実はこの一家の血族には自殺者が多い。オスニエルの父親も彼が大学生の頃に自殺している。動機は不明で、その数日前に結婚記念日があり、高級なホテルで高級な料理を堪能したばかりだった。

 呪われた血だけならまだしも、この屋敷には古くから幽霊が巣食っているという噂が絶えず、一週間もここで生活すれば、夜中に廊下を歩く気味の悪い人影や足音に必ず出会えるというお墨付きがあった。オスニエルの曽祖父が変人でそういう噂を好んで購入したのだ。

 各人に話を聞いている最中のマルヴィナに次男のルークが話した。「みんな残酷だよな。僕たちの血は呪われているっていうのに、好きにパートナーなんか作ってさ。僕は生まれてくる子供が可哀想だから結婚なんかしないよ。出来ないんじゃなくてしないんだ。わかるよね?」

 マルヴィナは腕を組んで椅子の上で物思いに耽る。近づいてきた警部が云う。「わかっただろう。この事件は非常に複雑なんだ。子供が顔を突っ込んで簡単に解決できる代物じゃないんだ。わかったら、さっさと出て行くんだな」

 手がかりは何もない。警察は消極的だ。マルヴィナは疲れたように立ち上がって、警部に言った。「この事件は非常に複雑に出来ているように見せかけて、実は一本の糸で結ばれている実にわかりやすいタイプのものな気がしてならないです」

 その時悲鳴があがった。二階からである。事情聴取を終えて解散し各自の部屋に戻っていた家族たち。悲鳴を上げたのは女だった。駆け足で急ぎ二階へ行き、廊下で顔を覆って騒いでいる女を見る。長男の妻だ。部屋に飛び込みマルヴィナと警部は、長男のバートランドが寝台の上で首にナイフを突き刺され死んでいる姿を発見する。寝台の上は真っ赤に染まり、鉄の香りが探偵の鼻腔を擽る。

 マルヴィナは急いで他の家族を捜索する。首を刺したのなら、返り血を浴びている可能性が高い。家族と召使を集めて服装が変化していないか確認する。誰も乱れてはいない。それぞれが疑心暗鬼になり、陰惨な顔つきでお互いを見回している。

 息詰まるような空気の中、次女のキティが口を開いた。「探偵さん。私からあなたに話しておきたいことがあるの」

 二人だけの部屋に案内されて、キティの神妙な表情と緊張した様子を訝しむ。「私に話したいことというのはなんです?」

「実は、私たちの一族は自殺が多いわけではないんです」キティが云った。「私たちの家系には、人殺しが多いんです!」

 穏やかな曲調が流れ出しエンディングに入る。俺は疲れた気持ちで床に倒れて腰を伸ばす。沙月を見ずに言った。「一話完結じゃないのか。なんだか気になるところで終わったな」

 沙月は興味津々といった感じで俺に言った。「お主は犯人がわかったか? 妾にはまだ確かとは言えないが、怪しいと思う奴はいるぞ」

「怪しい奴ならほとんどが該当するだろう。そもそも犯人なんているのか? 全部自殺の可能性だってあるだろう」

「だから警察は消極的なんじゃろうな」沙月は欠伸をしながら言った。「妾的には、長女が一番犯人っぽかったのじゃ。病的な感じの女は犯人になる確率が高いのじゃ。最後はヒステリーを起こしながらマルヴィナちゃんに襲い掛かって返り討ちにされて終わりじゃろ」

「印象論じゃねえか。別に決定的な証拠もないんだから、まだ犯人と決めつけるのは早いだろ。そもそも長女の夫がアリバイを保証している」

「あんなのは無駄じゃ無駄じゃ。あれを有効とするなら、もうアリバイがないのは召使側に一人いただけになる。そいつが犯人になるわけじゃな」

 俺たちは押し入れから布団を出して、床に敷いていく。沙月は未だうんうん言いながら悩んでいる。俺は神秘探偵を見るのは初めてだったからルールがわからないが、正直犯人候補は一人しかいない気がする。「俺は多分、犯人がわかったよ」

「えぇ? ……本当か、誰じゃ?」

 俺は布団の上に座って言った。「キャロルだよ」

「それは確か、自殺した三女じゃろう。死人が生者を殺すのか?」

「死人じゃないさ」俺は言った。「生きてたんだろ。普通に。どろろろんみたいなSEはフェイクだな。顔色だって、生まれつき血色の悪いだけかもしれない。キャロルが犯人の場合は……だからあの取り調べというか事情聴取の時間は全部無意味だな。実際あの場にいた家族全員にアリバイがあるわけだからな」

「じゃあなんで屋敷の人間は誰も彼女に気付かないんじゃろう?」

「さあ? 隠れて生活しているから気付かないのか、気付いているけれど指摘するのは禁忌なのか」

「それでも誰かが指摘するのが普通じゃろう。父親が殺されている訳じゃからな。そうして考え得る一番の容疑者はキャロルなのじゃから」

「例えば彼らの子供が人質に取られていたらどうだ? 地下室でもいいし、オスニエルの部屋の秘密部屋でもいいが、そこに監禁されてるわけだ」

「子供がいるなんて情報は聞いてないのじゃけど」

「登場した夫婦はそれなりの年齢だし、作中で明言されていなくても子供がいてもおかしくないさ。それに子供と同等の何かの可能性もある。遺言書を盾にしているのかもしれないし、過去に彼らが犯した過ちの決定的な証拠を握っているのかもしれない」

「フゥン。しかし、それなら警察をやり過ごすだけでいいじゃろう。家族だって大事にしたくない筈じゃ。警察は仕方ないにしても、どうして態々探偵を長男は呼んだんじゃろうか」

「俺は別に全部わかってるわけでもなけりゃ、俺の推理なんて最初から外れてる気がしないでもないんだが……」俺は頭の中を整理して説明した。「つまりだな、キャロルの目的が別にあるとしたらどうだ。オスニエル殺害の容疑から逃れることではなく、他の、そうだな……例えばキャロルの自殺に纏わる深い闇の解明だとか、そういうのなら、探偵を呼ぶ理由もわかるだろう。警察は目の前の事件だけを調べるが、優秀な探偵ならすべてを解き明かすわけだ」

「それならはじめっから全部説明してしまった方が早いんじゃないかのう」

「まあなんらかの事情があるんだろう。喋らないのも唖だからっていうならわかるだろ?」

 俺は自分で説明しながら阿呆らしくなった。間違っていようといまいとどっちでもいい。そう思いながらも、やはり頭の中では色々な推理が駆け巡っていた。

 結局翌週になって後編を見てみたら犯人は次男のルークと召使のハロルドだった。二人で共謀して殺人を犯していた。俺は胸の中でキャロルに謝った。

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