表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰桜  作者: 砂糖千世子
第一部 超常の章
17/37

第十七話 ゲームセンターに行きたいんじゃ!

 大きい音は人間の思考を麻痺させ、判断力を鈍らせる。パチンコ店の自動ドアが開くたび騒音が外へ漏れ聞こえるが、あれは中にいる人を正常でなくさせ、金を湯水の如く使わせるための作戦なのである。

 エスカレーターを抜けると、ゲームセンターであった。沙月の歩調が速くなった。

 頭に響くような大音量の嵐が俺を襲った。並べられた筐体が賑やかだった。沙月は一番手前のUFOキャッチャーを覗き込んだ。人気のキャラクターの小さなぬいぐるみが積まれている。簡単そうに見えるが、難しいのだ。ゲーセンは全体的にコスパが悪い。

 広い店内に所狭しと設置された筐体を一つ一つ見ていく。確率機で遊ぶ家族の背中を沙月は羨ましそうに見ている。大きなぬいぐるみがアームに掴まれて少しだけ浮いたが、アームの力が弱くてすぐに元の位置へ落ちた。がっかりする子供を親が笑いながら慰めている。俺は左側にある筐体を覗き込んだ。露出の多い服を着た美少女フィギュアの箱が積まれている。難しそうだ。動画サイトを見れば、上手い人が奇跡みたいな技で余裕たっぷりに獲得しているが、素人じゃ、ああはできない。

 沙月はひよこがモデルの可愛いぬいぐるみを取ろうと決意したらしい。財布から小銭を取り出して筐体に投入した。楽し気な音楽が鳴り始めて、アームを動かすボタンが点滅する。沙月は筐体を横からも覗いたりしている。案外慎重派なのだなと感心する。

 アームがまず横に動く。筐体の明るい照明の下に鎮座するひよこ。今度は縦軸の調整である。沙月は上手い具合にボタンを押した。初めてにしては中々だ。もしかしたらネットで動画を見て勉強したのかもしれない。アームが開いて、滑稽なSEと共に下がっていく。ひよこが挟まれた。アームが閉じて、ひよこが持ち上がる。沙月は筐体の中を食い入るように見つめている。

 結局ひよこはアームが上に向かった時の振動で落下した。そうして転がって少しだけ手前へ来た。沙月は肩を落としたが諦めていないようで、再び挑戦した。四回挑戦して獲得した。ひよこが落ちて下の取り出し口に姿を見せた時沙月は歓声を上げた。嬉しそうな顔をしてひよこを胸に抱いている姿はまるで女子中学生である。

 沙月にせがまれて、俺もUFOキャッチャーをやることになった。青緑色のツインテールが特徴的な女の子のフィギュアである。長方形の箱に入っており、それが二本の棒の上に置いてある。絶妙な棒の隙間。そこから箱を落とすのだ。まず裏技などない。箱の中身が特殊な形状をして重心が一方に偏っている場合は、達人なら三百円もかからず獲得できるかもしれないが、今俺が挑戦しようとしているのは無理だ。

 正攻法で攻めるのが一番だろう。俺は硬貨を投入してアームを動かした。沙月は俺の横で興味深そうに見ている。こういうフィギュアは結局普通に買った方が安く済むのだ。今はネットでなんでも安く買える時代だ。中古が嫌なら未開封のものを少し高くつくが買えばいい。わざわざゲームセンターで高いリスクを冒すのは、やはりUFOキャッチャーそのものを楽しむ才能が必須だろう。

 箱が傾いて、俺がアームでその傾きを次第に大きくしていき、最後は角の部分を片方のアームで大きくずらしたら、箱がひとりでに棒の隙間で身をよじり、落ちた。景品を獲得して、それを棚に置かれた袋に入れる。沙月が俺の手際に驚嘆する。

「お主は得意なのか?」

「全然だよ。ただまあ昔から、家族でゲーセン行ったときは俺がやらされたんだよ。それでそれなりに上手くなった」

「なんでやらされてたんじゃ?」

「俺が家族の中で一番ゲームが上手かったからかな」

 俺たちは階段を上がって、次のコーナーへ進んだ。そこはゲーセン仕様の格闘ゲームやレースゲームの筐体が並んでいる空間だった。周囲が更に騒がしくなって気が滅入る。沙月はエアホッケーをやりたがった。やることになって、俺が硬貨を入れた。

 なんとなく気恥ずかしさを覚えながら俺はマレットを構えた。円盤が盤上に射出された。沙月が円盤をマレットで弾くと、俺の方へ勢いよく辷ってくる。俺はなんとかそれを横向きに弾いた。壁に当たって激しく動き回る。上から下へ押し込む形で固定して、俺は素早くそれを斜めに叩いた。角度のついた円盤は壁に何度か当たって沙月の手元の穴へ吸い込まれた。彼女は「ああ!」と嘆いた。俺は喜びもせずなんの感慨も湧いていない顔をわざと作った。こんなものは子供の遊びなのだ。俺は中学生のわがまま妹に付き合う優しい兄貴なのだ。沙月は顔を膨らませて次の円盤が排出されるのを待った。

 結局ホッケーは俺が勝った。手加減はしたが、わざと負けるほど加減はしなかった。いい勝負にはなった。マレットを戻して俺たちは盤を離れた。沙月は背中を向けて、レースゲームへ小走りに向かう。

 俺たちは峠を攻めることになった。ハンドルを握った沙月が隣から聞いてくる、「あれ、アクセルどっちじゃったっけ?」

「右足だよ」俺は自分が握っているハンドルを見た。F1仕様で、普通の形状をしていない。中央にカラフルなボタンがついている。長年ゲームをやってきた勘から、素人が余計なボタンを押してもロスが大きくなるだけだと判断した。普通に走ろう。

 レースが始まり、俺と沙月は一斉にアクセルを踏んだ。案外重い。俺は車の免許を持っていない。一度もハンドルなど握ったことがない。リアルさを追求した筐体のはずだ。今おれが握っている感触もきっと現実に近いものだろう。沙月を見ると彼女は白い腕に力を込めて車を制御している。俺が余所見していたので車がガードレールに衝突している。遊びは終りだという意志を込めて、一気にアクセルを踏み込む。

 沙月はそれなりに上手かった。空間把握能力とやらに秀でているのではないか。俺が彼女を抜こうとすると、尻で壁をしてきた。そうしてゴール前では煽り運転みたいな真似をしてきた。こいつが免許を持ったら我が空穂市の治安は急激に悪化するだろう。

 画面を見続けたので目がちかちかした。沙月がトイレへ行ったので俺は自販機で炭酸を買って飲んだ。トイレから出てきた沙月が俺に悪態をつきながら同じものを買って飲んだ。

「ゲームセンターは楽しいか」

「うむ」沙月は空になったペットボトルをゴミ箱に捨てて言った。「楽しいのじゃ」

「上の階でボーリングがやれるみたいだし」俺は腕を真上に伸ばして、伸びをして云った。「やりに行くか」

 結構高い利用料を払って俺たちはボーリングを始めた。俺もそんなに経験はない。最高スコアがどうとか、球の重さがどうとか、そういうのはない。兎に角沢山ピンを倒せばいいのだ。沙月にも適当にそう説明した。周囲のレーンでは、大学生たちが騒ぎながら遊んでいる。俺は席に座って彼らの様子を見ていた。髪の毛を金色に染めている男が腕を大きく振って、球を勢いよく転がした。青いボールが真っ直ぐピンへ向かい、中心に当たった。ストライクだ。金髪の男はガッツポーズしながら振り返って友達に叫んだ。「どーよ!」

「やるやん」黒髪のアロハシャツの男が白い歯を見せて笑った。「俺の次に上手いな」

 俺は沙月を見た。彼女は白いボールを胸の前に持って、指を穴に入れていた。重そうだが、何とか持てるみたいだ。

 浅い知識だが、一時期業界を両手持ちが席巻していた気がする。沙月ぐらい身体の小さな女子ならば両手持ちもよさそうだが、俺が彼女の立場だったら、無理でも片手で投げる気がする。

 沙月が少しだけバランスを崩しながら投げたボールはごろごろ転がって端っこの方のピンを倒した。「最初にしちゃ悪くない。上出来だ」俺は上から目線の褒め言葉を投げた。

 俺の番が来て、ピンクのボールを持つ。高校の時の同級生にボーリングが上手い奴がいた。そいつの話では、ボーリングに置いて右利きの人間が狙うべきは一番と三番の間である。そこに入射角をつけてボールを投げると、ほぼ確実にストライクが取れる。ストレートでボールを投げると入射角が足りないので上手くいかない。だからカーブさせる必要がある。プロボウラーはみんなカーブを使う。

 俺は中指を薬指を穴に入れた。親指は添えるだけ。呼吸を整えて助走をつける。俺は足を交差させボールを投げる。静かに転がっていく俺のピンクボールは曲がり切れずガーターへ吸い込まれた。ゴロゴロと転がり並んだ九つのピンたちを素通りしていく俺のボール。

 がっかりしながら席へ戻ると沙月が目の端に涙を浮かべながら大笑している。「形だけはプロみたいじゃったのに、なんじゃあれは、だはは!」

 沙月は運動神経がいいし物覚えも早い。いわゆる秀才というやつか。いや、天才の領域に一歩踏み込んでいるのだろうか。彼女は余裕でストライクを取り始めた。俺が教えたカーブボールも使いこなしている。俺も二投目からは一応様にはなった。沙月に影響されてか、一ゲームでストライクを三つもとれた。素人にしては上出来じゃないか。

 時間が来て、俺たちはボーリングを終了した。俺は全身が痛くなって、腰や腕が倦怠感に包まれているのがわかった。明日から筋肉痛が辛いそうだ。沙月は全然堪えた様子はない。地球人と見た目は同じだが中身は液体か何かじゃないのかと時々思う。俺が中学生の頃はあんなに元気だっただろうか。

 俺たちはゲームセンターを出て街を歩いて帰った。沙月は土手の上を歩きながら云った。

「この世界にはこんなに面白いことが沢山あるのに、みんな違う事ばかりしておるな」

「違う事って?」俺は土手の後ろから来た自転車に気付いて端に寄った。沙月の腕を引いて端に寄らせる。

「仕事とか、他にもあんまり楽しくない事じゃ」

「そうはいうけど、お前は働いたことがないだろ? 俺に影響されて労働は辛くて大変なもの、苦しいだけって思ってるかもしれないが、もしかしたら働いてみたら仕事の楽しさに目覚めるかもしれないぜ。楽しんで金が稼げるのが何よりだからな」

「そうじゃな。もしかしたら妾には向いてるかもしれんな、労働」

「ただまあ、お前は働けないよ。見た目が中学生だもん。働かせたら店側が問題になっちまう」

「それは残念じゃな」沙月は土手の向こうに広がる家々の軒、そしてさらに奥に沈みゆく太陽の光に、眩しそう目を細めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ