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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

名の無き王

作者: さおん



「陛下!悪いのはあの女です!私はあの女へ仕返しをしてやっただけですわ!」


叫ぶ私に、陛下は氷のように冷たい視線を向けただけだった。

通常ならその視線だけで脅えてしまいそうなものだったけれど、怒りでものが見えなくなっている私には効かなかった。


「仕返しだろうが何だろうが罪は罪だ」


陛下の低い声が冷たく言い放つ。


私のしたことが罪だなんて!

全部あの女が悪いのに、なんで私が罰を受けなければならないの!?

確かに私はあの女の顔に劇薬をかけてやった。あの女の顔は焼き爛れたように醜くなって、目は失明したらしい。ざまあみろだわ。

でも私があの女に仕返しをする前に、私はあの女に熱湯を掛けられているのだ。

幸い顔は避けられたものの、私はそれで腕と足の広範囲に火傷をおった。美しさだけで今の場所にいる私には致命的な怪我だった。

何人もの美しい側室を持つ陛下が醜い体になった私を求めて下さるはずがない。


あの女には皆迷惑をしていた。自信過剰なあの女は陛下には自分だけが相応しいと豪語していた。

他の娘が陛下の寝所に呼ばれたと聞けばその娘に嫌がらせをしていた。

あの女が寝所に一度呼ばれた時は、これで陛下の寵愛は自分のものだと言い触らしていたのに、その後寝所にあの女が呼ばれることはなく、その苛立ちは他の側室達に向かった。

あの女の虐めに脅える日々を私達は過ごしていたのだ。

先日は子が出来たかもしれないという娘の腹を蹴り付けていた。

実家の権力と金を最大限に使っているあの女はそれを見た使用人達を金の力で黙らせた。

あの女に脅える同じ側室として仲間意識すら芽生えていた私達は、陛下の子を産むことこそがあの女に対抗出来る最大の仕返しだというのに。


そして先日の私の熱湯事件。

我慢の限界だった。

だからあの女に劇薬を掛けてやったのだ。

あの女に仕返しをしてやりたいという皆の願いを代行しただけ。悪いことをしただなんて思っていない。むしろ私は善いことをしたとすら思っていたのだ。


なのに、何故私が罪を問われなければならないというの?


「あの女の行った「害あるものを人に掛ける行いが罪」だ、というならば、お前の行ったことも罪になる。何故それが理解出来ない?」


陛下の不思議そうな声は熱を持った私の頭には響かない。


「先にあの女がやってきたのです!」

「どちらが先かなど私には意味の無いことだ。お前は人に害ある行動が出来る人間だったというだけだ。あの女がいなくともお前にはそういったことを行える心持ちを持っていたことに変わりはない」

「そんな………!」


陛下は何と言っているの?もしかして、私とあの女が同じだと言っているの??

私はあの女とは違う。

あの女は自ら害を振り撒く迷惑女だったけれど、私はやられなければやり返したりなどしなかった。

今まで何度もあの女の行いに耐えてきたというのに、たった一回であの女と同等に思われてしまうなんて。


私のやったことが許されることはなく、私は地下牢に入れられることになった。

高位貴族であるあの女にした罪は大きく、私はこれからの生涯を地下牢に入れられることで償うことになったのだ。

その対応に納得など出来る訳がなく、私は牢に入れられても無罪を主張し続けていた。


「何故お前は己の行いが許されるなどと思ったのだ?何故始めから罰を受ける覚悟を持って行動しなかった?」


最後に私に会いに来た陛下は不思議そうにそう言葉を残していった。

私には陛下の言葉が理解出来なかった。

始めから罰を受ける覚悟を持って?持つ訳がない。罪を犯しているなんて思っていなかったのだから。


地下牢は最悪だった。

一時期とはいえ陛下の側室だった私がこんな所に入れられるなんて!

しかも私は一生ここから出ることを許されないのだ。

薄暗いジメジメとした地下牢は、直ぐに私の怒りを絶望に塗り替えた。

どうして私がこんな所に入れられなければならないのか。答えは出ない。


時間の経過も朧気な中、あの女も地下牢に入れられることになった。

薄暗い中に少しだけ見えたあの女の顔は醜く皮膚が溶け、目元には包帯がされていた。

私はその姿にゾッとした。なんて恐ろしく醜い姿なのだろう。

あの女は私の隣の牢へと入れられた。

私がしたこととはいえ、恐ろしい姿を見なくて済んだことにほっとした。

でもあの女は根性悪く、自分は悪くないと狂ったように叫び続けていた。

その声を聞いているだけで私の気分も悪くなる。

あの女も罰を受けた、ということは私の心を慰めはしなかった。

この地下牢人生に迷惑な隣人が出来ただけで、あの女と私が同等に扱われているということがとても虚しかった。

罪人だと認められたあの女にしたことでも、私のした事は罪となるの?


陛下は公平であることを心掛けているというけれど、これのどこが公平だというのか。

己のしてしまったことに後悔しかない。







はっとして気付くと、私は見たことのある通路を歩いていた。

ここはかつて私が暮らしていた後宮?

私は夢を見ているの?

私は腕の出る短い袖の服を着ていた。

火傷の跡がない!?

どういうことなの?

訳がわからない。

戸惑い立ち止まる私を、使用人の一人が急かしてきた。

早く行かなければ茶会に送れると。

まるで昔の生活みたい。

不思議な気持ちで歩き出そうとした私は、ある事に気付いた。

あの日、あの女に熱湯を掛けられた日も、今日と同じ服装をしていなかった?

これが夢なのか現実なのか分からないけれど、もしかして私は、あの日を繰り返しているのではないの?

夢にしては、とても現実感がある。

あの日も今日のように暑かった。

側室達で集まって茶会をしていたのだ。

そこにあの女が現れて、差し入れだと言って大きなティーポットを持っていた。

こんな暑い日に、熱いお茶を飲むはずなんてないのに。

あの女は始めから熱湯を誰かに掛けるつもりだったに違いない。

あの女の誤算は、ティーポットが重すぎて、あの女の腕力では支えきれなかったこと。

勢い良く、それこそ頭の上から掛けようとしていたのに、重すぎで持ち上がらず、お陰で私は顔に熱湯を浴びずには済んだのだ。腕と足には掛かってしまったけれど、地下牢で見たあの女の姿を思えば全然ましである。


私は茶会に向かうと、前とは違う場所に座ってみた。

前と違う行動が出来るという事は、どうやら夢では無いらしい。

そろそろあの女が来る頃だと思えば、本当にあの女がやって来た。

わざわざ重たそうなティーポットを手で持ってくる姿はとても滑稽で。

あの女は自分でやらないと気が済まない質の人間なのだ。

わざわざ重たいティーポットを持ちながら真ん中の方まで歩いて行くのは、真ん中で熱湯をぶちまけた方が他の者にも見えやすいと思ったからだろう。

あの時も私を狙った訳では無かったのだ。私が真ん中の方に座っていたから狙われただけ。


あの女がティーポットの中身の熱湯をぶちまけようと腕を持ち上げた時、私はあの女の持つティーポットを持ち、持つのを手伝うふりをして、わざとティーポットを地面に落とした。

重たそうだから持つのを手伝おうと思ったのだけれど、重たすぎて落としてしまったわ、ごめんなさい。

なんて白々しく謝りながら、ティーポットから溢れた中身が上げる湯気を見ていた。

こんな暑い日にこんな熱そうなものを飲むバカなんていない。

悪巧みが無意味に終わって呆然とするあの女が正気に戻る前にと、私はその場から逃げ出した。

本当はあの女に熱湯が掛かるようにしてやりたかったけれど、それをすると私はまた地下牢に入れられる。

それだけは嫌だった。もう二度とあんな所には入りたくない。


どうやら私の時間は巻き戻ったらしい。

まだ現実が受け止めきれていないけれど、私は直ぐにでも後宮から出て行きたい。

私は側室を辞することを願い出た。

実家の家族には止められたけれど、もうこんな所には居たくなかった。

あの女のことよりも、私は陛下が怖かった。早く陛下から離れたかったのだ。

私の家族は私が側室になれたことで調子に乗り、前は控え目な人達だったのに、今は横柄な態度を取るようになっていた。

私が側室でいることの方がうま味があると思っているようだけれども、そんなものをあの陛下に求めることが間違っている。

その頃実家は怪しい事業に投資をしようとしていて、私が側室でいることで目を瞑ってもらおうと思っていたらしい。

とんだ予測違いでしかない。

陛下はそんな贔屓などしないと必死で説得したことで今回は諦めてくれたようだけれど、どこか不安が残った。


私は新たに爵位を賜った平民出身の武人に嫁ぐことになった。

相手が平民出身ということで何も思わないではなかったけれど、それよりも早く後宮から出たかった。

夫となった人は平民の出とはいえ、子供の頃から将軍家で鍛えられていたとあって、それなりに礼儀のある人だった。

見た目は地味だけれど、とても優しい人だった。

武人は他所の女性には優しくとも、妻となる女性には自分の言うことを聞いて当たり前と物のように扱う人も多いと聞くけれど、夫はそんな事もなく、いつまでも優しかった。


夫と結婚して二年立つと、私のお腹には命が宿っていた。

かつては美しさを求めていた腹は少し膨らんでいたけれど、私には命が宿っている、という喜びよりも、どこか戸惑いの方が大きく、自分が親になるという自覚を持てずにいた。


そんなある日、夫が真っ青な顔をして帰って来た。

何とか説得して話を聞くと、今日、あの女に陛下が罰を下された、ということだった。


陛下はあの女に「自分は何も悪くないと自信を持って言えるのならば、これを飲め」と杯を渡した。

それには毒が入っていて、あの女は何の迷いもなくそれを飲んで、毒で苦しみのたうち回った。

それを陛下は黙って見ていた。

武人である夫ですら目を逸らしたくなった程苦しむ女を、苦しむ姿を見届ける事が己への罰なのだ、と目を逸らすことなく陛下は見ていたという。

あの女は陛下の子を宿した娘に毒を盛り、子を流させていたらしい。

陛下はあの女が使った同じ毒で、あの女が殺した人数分の毒の量をその杯に入れていた。

遅効性だったその毒で、女は死ななかった。

陛下はその女を罪人用の墓地に生き埋めにすると言われた。

その時、一人の側室があの女に向かって刃物を突き刺そうと走ってきた。

陛下はその側室の行為を止めた。

あの女に自ら罰を下してやりたいと泣き叫ぶ側室に、陛下は諭すように言われた。

あの女に罰を下す罪は私が背負う。お前が罪をおえば子と同じ所に眠ってやれない。私の代わりに、お前は子と同じ場所に眠れる立場でいて欲しい、と。


あの女は毒で苦しんだまま、罪人の墓地に生き埋めにされた。

陛下はあの女に下した罰を、見ていた全員に口止めしたという。

それは、正式な審議をされることなく、陛下が私情で下された罰だったから。

本当は私にも夫は話すべきではなかったのだけれども、夫一人に抱えるには問題が大き過ぎて誰かに話さずにはいられなかったのだ。

私は元側室なので、あの女に罰が下ったことを知れて少し安心した。

私が見た罰よりも重いものになっている気がするけれども、私がいないことで未来が変わったということなのだろうか。

それとも、一度目の時も、私があの女に仕返しをしなくとも、陛下が罰を下されていた?


あの女の家族は毒を渡していた罪を問われてお家取り潰しとなった。命までは取られなかったようだけれど、少しして町で見付かった遺体があの女の家族ではないかと噂された。




私が子が産まれた喜びを実感したのは、産まれた子を夫が泣きながら喜んでくれた時だった。

夫の泣く姿を見て、私は新しい命が産まれるという喜びを実感出来た。

ふと、陛下も生まれてくる命を楽しみにしていたのだろうか、と思った。

冷たそうに見える陛下にも、子を待ち望む親の気持ちがあったのだろうか。



少しして私の実家がバカなことをやらかしてくれた。

人に唆されて怪しい仕事に手を出したのだ。

結局大元の高位貴族から捕まって私の実家も罪に問われた。

その時には私はほとんど家族とは距離を取っていたのだけれども、本来なら私にも責められてもおかしくなかった。

私がほとんど家族とは疎遠状態であったことが認められて、陛下は私に罪は問わなかった。

これが普通の貴族であるならば問題を起こした家の娘など離縁だ、と放り出されても不思議ではなかったのだけれども、夫は私を放り出さなかった。

夫が良くとも親族から口煩く言われて結局は離縁、なんてこともあり得たけれども、元平民の夫には家族もいなかったので、私は今までの生活を続ける事が出来た。

この時は夫が元平民で良かったと本当に思った。


私と夫は二人の子供に恵まれて、一回目の地下牢が嘘のように幸せな生活が続いていた。

一番目の娘である長女は誰に似たのか頭の良い子供だった。

夫と二人でこの子は誰に似たのだろうと首を傾げてしまうほど、自ら勉強に精を出すような子だったのだ。

そんな娘も十八になると結婚して家を出てしまった。

夫に似た息子は夫と同じように武人を目指したけれど、優しい性格まで夫にそっくりだった。


娘は結婚してたった二年で相手の死別により家に帰って来た。

どうやら娘にとっては幸せとは言い難い結婚生活だったらしく、気丈で我慢強い娘が家に帰らせて欲しいと泣いた時は、夫も私も、息子も当たり前だ、と受け入れた。

娘は少しすると自ら家庭教師の仕事を取ってきた。

少しくらいのんびりすればいいものを、とは思ったけれど、その仕事は娘に合っていたようで、楽しそうに仕事をする娘を見てると私も嬉しくなった。



陛下には子がいなかった。

本年齢よりも老けていく陛下を、皆は心配していたのだけれども、医者に看せないことも己の罪の償いであるとして、陛下は医者にかかろうとしなかった。

陛下は跡継ぎはどうされるつもりなのか。

陛下の前の世代の王権争いの時に、継承権を持つ者のほとんどが子孫までの継承権放棄の署名をしている為、陛下に子がいなければ次期国王になる者がいないのだ。

そんな時に、平民の中から次期国王になる者が見付かった。

陛下の兄君が平民の女に生ませていた子供が見付かったというのだ。

陛下の兄君は事故で亡くなっているので継承権の放棄はしていなかったこともあり、その息子にも継承権が認められた。

本当に陛下の兄君の子供なのか疑われはしたものの、亡くなった兄君から王族にしか持つことを許されていなかった指輪をその母親が受け取っていたことと、そしてその姿が陛下の若い頃にそっくりだったこともあり、その者の存在は認められた。


平民出身の次期国王を迎えることになり、なんと、我が娘がその教育係を任されることになった。

家庭教師の仕事振りを認められたのだ。

夫が平民の出ということもあり、次期国王の心に寄り添えるとも考えられたのだろう。


次期国王の教育が始まって僅か一年で、陛下が倒れた。それでも陛下は医者を拒否して、飲まされそうになった薬にも敏感に気付いて決して飲もうとはしなかった。


男女が揃うとどうしてもそういう問題は起きてしまうものなのか、次期国王が我が娘をご所望された。

次期国王の熱烈な求婚をはっきりと断った娘は、次期国王の子供の教育をすることを楽しみにしている、とあっさりと言ってのけた。

次期国王、王位継承の前に大失恋である。次期国王はその失恋をバネに勉強を更に頑張ったという。


娘は一度結婚していることもあり、次期国王の伴侶としては相応しくないのも分かるのだが、はっきりと断れるところが流石娘だと思った。


次期国王は他国から姫を迎えられる事が決まった。

何代か前にこの国から嫁いだ姫の血を引いていることを優先された。

既に二五を越えて姫としては嫁ぎ遅れのその姫は、それでも次期国王と上手くやっていけそうだった。

次期国王よりも娘の方に信頼が寄っている気もしたけれども、多分大丈夫だろう。

二人共が落ち着いた年齢になっていたのが良かったのかもしれない。

次期国王は平民の出ということもあり、後宮は作らないとはっきりと宣言された。

これで陛下の時代のように無駄に婚期を逃すだけの娘がいなくなることに私も少し安心した。



一体どうしてそうなったのか、私は知らないのだけれども、どうやら娘は陛下を看取る一人となっていたらしい。

陛下は最期の言葉として「私情で人に罰を下した己を恥として、次代に己の名を残さない」ことを望まれた。

王宮に残る記録の全てから、陛下の名が消えた。

陛下の最期の望みは、きっちりとした性格の我が娘が監視し、厳しく実行された。


親としてはどうしても子供の幸せは相手がいることを望んでしまうものだけれども、娘はその後、誰とも結婚することもなく、新たな国王の子の教育係も任され、娘らしい人生を送っていた。



新国王が立つと、人々の口からも前陛下の名は出なくなっていった。


その後、我が国の歴史には『名の無き王』として前陛下は記されることとなった。




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