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第一話 その⑦

 まーた始まったよ。三森さんの法律語り。


「だが、宮本が本当に千円を自動販売機に投入して、二〇〇円のジュースを買ったというのに、お釣りが出てこなかったというのなら、それは、『契約不成立』となる」

「おい、どうでもいいけど、オレは三年だぞ?」

「はい、すみません。宮本様」


 うっかり先輩に対して飛び捨てを使った三森さんは、何の恥ずかしげもなく、宮本さんはに向かって土下座をした。


 顔を上げる。


「だが、自動販売機の故障でない限り、お釣りは発生しているはずだよ。消えたということは考えられない」

「でも、実際に、宮本さんも、桜井先輩も、『お釣りが出る音は聞いていない』って言ってたじゃないですか…」

「はっきりと見たわけじゃないんだろう? 『お釣りが出る音を聞いていない』という理由で、『お釣りが出なかった』と判断するのは少し無理がある」


 うーん、ややこしいな…。

 私は腕を組んで考え込んだ。

 頭を柔らかくしたって、消えた八〇〇円がどこにあるかなんてわからないよ…。


 その時だった。


 ガタリと音がした。

 音がした方を見てみれば、階段の下で、サッカー部の練習着を着た男の子が口をパクパクとさせて立っていた。


「ん?」


 宮本さんの目がぎらっと輝く。


「お前、オレがエナジードリンクを買った時に、小銭を拾っていたやつじゃねえか!」

「は、はい!」


 サッカー部の男の子は、声を上擦らせた。

 何だろう、少し、慌てている?


「おいお前、オレがエナジードリンクを買った時に、八〇〇円のお釣りを取り忘れたんだが、何か知らないか?」


 そう言いながら、宮本さんは階段を降りていく。


「あ、ああ…」


 サッカー部の男の顔がみるみる青白くなっていった。


「おいおい、なに慌てているんだよ。オレは知っているか知らないか聞いているだけだ…」


 そういう宮本さんは指をバキバキと鳴らした。

 完全に殴る気満々。


「ぼ、僕は! なにも、知りません…」


 何か知っているような顔をして、男の子は首を横に振った。


「八〇〇円なんて、知りませーん!」


 そう叫ぶと、足元に落ちていたスポーツバッグを拾い上げると、廊下の方へと走り去っていってしまった。


「おい! 待ちやがれ!」


 宮本さんがすぐに走って追いかける。


「くそ! あいつ絶対に何か知っているぜ! とっ捕まえてえて、知っていること洗いざらい吐かせてやる!」


 宮本さんの後ろ姿を、私たちは茫然と眺めていた。

 三森さんが「やれやれ」と首を竦めた。


「暴力で自白を求めるのは違反だよ」

「そうなんですか?」

「ああ、刑事訴訟法では、言いたくないことは言わなくていいという、第311条の黙秘権がある。それに、自白の強要で得た証拠なんて、第319条の前じゃあ信ぴょう性に欠けるね」

「でも、あのサッカー部の男の人、確実に何かを知っていそうですよ?」

「ああ…、そもそも、消去法で考えれば、犯人は、桜井かあのサッカー部の男に限られたんだよ」

「そうなんですか?」


 三森さんの、全てを見透かしたような目が私を見た。


「いいかい? 何事も、頭を柔らかくして考えるんだ」


 結構柔らかくしているつもり何だけど…。

 三森さんが階段を下り始める。

 私も、三森さんの横に並んで歩いた。

 三森さんは、笑いながら、今回の「お釣り消失事件」の真相を語り始めた。


「まず、当時の状況を整理すると、一番最初にあの自動販売機の前に来たのは、宮本様ではなくて、あのサッカー部男だ」

「はい、確かに、宮本さんと桜井先輩の証言によると、『小銭を拾っていた男を突き飛ばした』って言ってましたね」

「よく考えてくれたまえ。あのサッカー部の男は、どうして、『小銭を拾っていた』んだい?」


 どうしてって…。


「そりゃあ、財布を落としたからじゃないですか?」

「ああ、そうだ。つまり、当時、彼の財布は開いた状態だったんだよ」

「当たり前じゃないですか。彼もジュースを買っていたんですから…」

「本当にそうなのかい?」


 三森さんの、挑戦的な瞳が私を見た。


「本当に、あのサッカー部の男は、『ジュースを買っていた』のかい?」


 どういうこと?


「僕はこう考えるよ。彼は、ジュースを買っていたんじゃなくて、『ジュースを買おうとしていた』のだと…」

「ジュースを買おうとしていた?」


 買っていた。と、買おうとしていた。一体何が違うの?


「財布が開いていたから、落ちたときに小銭がばらまかれた。財布が開いていたということは、つまり、お金を取り出す直前だったか、または、お金を取り出した後だ。僕は、『お金を取り出した後』だと思うよ」

「なんでそう思うんですか?」

「そう思わないと、僕の仮説には辿り着けないんだよ。正確に言えば、お金を取り出して、『自動販売機にお金を投入した後』だ」


 ああ、そうか!

 私にも、少しずつわかってきた!

 この事件の真相が…。

 三森さんは指を立てて推理を続けた。


「あのサッカー部の男は、自動販売機に、お金を入れた。おそらく二〇〇円だろう。そのタイミングで、財布の中の小銭をぶちまけてしまう…」


 私は三森さんの言葉に重ねるようにして口を開いた。


「そこに、宮本さんがやってきたんですね?」

「ああ、そうさ。そして、宮本様はサッカー部の男を押しのけて、自動販売機の前に立つ。何の疑いも持たずに、紙幣投入口に、千円札を入れたんだ」

「つまり、その時に自動販売機に入っていたお金は、合計で一二〇〇円」

「ああ、そして、宮本様は二〇〇円のエナジードリンクを買った」











 お釣りは、一〇〇〇円!


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