第一話 その⑥
胸にもやもやとしたものを残しながら階段を降りる。
三森さんはもう頼れない…。ということは、じゃあ、私が推理するしかないのか…。
一から十まで話を整理しよう。
あの渡り廊下でトランペットの練習をしていた桜井先輩の話によると、宮本さんがエナジードリンクを買おうと、自動販売機の前にやってきた。
自動販売機の前で小銭を撒けて拾い集めていたサッカー部の男の子を押しのけて、エナジードリンクを購入。
そのまま、お釣りをとらずに去っていった。ちなみに、その時、八〇〇円が落ちる「チャリン」という音は聞いていない。もちろん、トランペットの練習しながらだったので、「聞こえなかった」とは断言できない。けど、「聞こえなかった気がする」
そしてそのあとに、私と一美がジュースを買いに来た。
そして、私が千円を投入して、二〇〇円のエナジードリンクを購入。そして、そのお釣りを取った瞬間、宮本さんがやってきて、八〇〇円を強奪。
うーん。
やっぱり、新手のカツアゲにしか思えないな…。
桜井先輩だって、あの自動販売機の前で起こったことのすべてを見ているわけじゃない。
つまり、宮本さんが本当に千円を投入したのかも怪しい。
実は二〇〇しか入れていなかったから、そもそもお釣りが出なかった。ということも考えられるし…。
階段を降り切ると、ばったりと宮本さんに出くわした。
「あ!」
「ああん?」
宮本さんは私を見るなり、メンチを切ってくる。
「てめ、まだ帰っていなかったのか!」
「あ、はい…」
「くそ、目障りだ。オレの前にくんじゃねえ!」
そう言って、私の横を通り過ぎる。
宮本さんの腕を、思わず掴んでいた。
「ま、待ってください!」
「ああん?」
「宮本さん! 本当にあなたは、自動販売機に、千円を入れたんですか?」
「入れたに決まってんだろうが!」
宮本さんは私の手を払いのけた。
「それともなんだ? お前はオレが嘘をついているって言いたいのか!」
「そ、そう言うわけじゃないですけど…」
「オレは入れたぜ! 紙幣投入口に、千円札を、しっかりとな! それで、二〇〇円のエナジードリンクを買ったんだぞ? そうしたら、八〇〇円の釣りが返ってくるだろうが! それを取り忘れていたんだ!」
やっぱり、少し不自然だ…。
どうして、宮本さんは、「お釣りを取り忘れた」んだろう…。
「でも、宮本さん…、普通、お釣りが落ちるときって、『チャラチャラ』って音がしますよね?」
「おう! するに決まってんだろ?」
「あなたがエナジードリンクを買った時、その音はしたんですか?」
そう言うと、突然、宮本さんの顔が、怒ったまま、ピタッと止まった。
「…音か?」
「はい、音です…」
すると、まるで空気が抜けるようにして、宮本さんが怒りが引いていく。
「ま、待てよ…。そう言えば、オレ、その音を聞いていないような気がするぞ…」
「はい、実は、近くにいた吹奏楽部の先輩もそう言っているんです。あなたがエナジードリンクを買ったとき、お釣りが落ちる音はしなかったって…」
「ああ、確かにしなかった…。そもそも、その音を聞いていたら、お釣りを取ることなんて忘れないもんな…」
「あの、宮本さんを疑っているわけではありません」
それに、宮本さんのこの様子、とても嘘をついているようには思えなかった。
「ですが、宮本さんは、本当に、千円札を入れたんですか?」
「入れた! それは事実だぜ!」
それなのに、お釣りが出てこなかった?
「そうだ、釣銭が切れていた可能性は…」
「でも、私が買った時は、釣銭は出たんですよ? そして、その釣銭を、あなたが持って行ってしまった…」
「くそ、どうなってやがる…」
宮本さんは、頭を抱えてしまった。
「じゃあ、お前がエナジードリンクを買った時に出てきた釣銭は、最初からお前のものだったのか?」
「はい、最初からそう言っているじゃないですか!」
「じゃあ、オレの八〇〇円はどこに行ったんだよ!」
「それが分からないんですよ…」
二人して頭を抱えていると、階段を上から三森さんの声が降ってきた。
「ふふふ、そういう時は、頭を柔らかくして考えるんだよ…」
「ん? あいつは?」
「六法全書研究部の三森さんです」
「ってなんだそりゃ?」
三年生の先輩にも、認知度が少ない三森さん。
「し、ししししし仕方がないことさ。我々の部活は隠密で活動しているのだから…」
三森さんは震えた足で降りてきた。
「三森さん、今更何ですか? あなたに頼ることはもうやめようと…」
「まあ、待ちたまえ。この事件は六法全書研究部にとってかなり興味深い事件なんだよ」
「どこかですか?」
「いいかい? 自動販売機でものを買うということは、『契約』を交わしているのと同じなんだ。僕たちがお金を払う代わりに、商品を受け取る。これは、六法全書、民法第555条に定められているんだ」
まーた始まったよ。三森さんの法律語り。