晩御飯
「そ、そんな馬鹿な・・・」
宿を確保したキークたちは晩御飯を求めて、飲食店が多く並ぶ通りに来ていた。予定として町で有名なチーズフォンデュの店で食べようと決めていたのだが、いざ来てみると店は閉まっていた。
店の前には張り紙が張られていて、内容は『臨時休業』とのこと。原因はもちろんアサルトベアによる物資不足の被害である。
それじゃあ、別の店に行こうと、チーズハンバーグがおいしい店を訪れるが、ここも臨時休業。次々とキークが知っている一押しの店はすべて臨時休業だった。そんなことがあって、現在キークは噴水広場で打ちひしがれていた。
「やっと、チーズが食べられると思ったのに・・・」
キークはチーズが大好物である。
「三日も食べてないのに・・・」
ぶつぶつと独り言をつぶやくキーク。はたから見たら変質者である。そんな変質者の傍らにクリミアはしゃがみ、肩をポンポンと叩いた。
「元気出しなよキーク。明後日になったら食料が町に届けられるってさっきのお店のおじさんも言ってたし、もう少しのがまんだよ」
「そうだな、仕方ないか。今日は宿のご飯でがまんしよう・・・」
しぶしぶキークは立ち上がり、歩き始めたその時。
「アンちゃんと嬢ちゃんはチーズ料理が食いたいのか?」
「はい、そうですけど・・・」
クリミアがとっさに返事をし、振り向くとそこには鉢巻を頭に巻いた筋肉ムキムキの謎のおじさんが腕を組んで立っていた。
「俺の名はグルベル。この町で焼き肉屋やってんだ。よかったら食っていかねえか?ちょうどアサルトベアの肉が大量に入ってきたんだよ」
(それ俺たちが倒したアサルトベアだろうなぁ)
焼き肉屋のおじさんの話を聞いたキークはそう予測する。
「なあどうだ?お代少しくらいなら安くしといてやるからよ」
「いいんですか?私結構食べますよ?」
「かわいいお嬢ちゃんのためなら肉なんぼでも出すぜ!」
ガハハハッと笑う焼き肉屋のおじさん。何が楽しいのか機嫌がいい。
「あのぉ、本当にいいんですか?俺の相棒の食欲マジでやばいですよ?」
キークが心配そうに尋ねると、焼き肉屋は再びガハハハッと笑った。
「大丈夫よ。安く大量に肉が食えるのが俺の店だからな。それに俺の店の秘伝のタレ、チーズタレは絶品だぜ」
「チーズタレ!それは、ちょっと気になりますね」
チーズというワードで一気に興味津々になるキーク。
「さあ、お二人さん、俺についてきな」
キークとクリミアは焼き肉屋のおじさんの後ろをついていく。少し歩くと、焼き肉屋にすぐ着いた。
外見はこじんまりとしていて、中からは焼き肉のいい匂いが漏れ出ていた。その匂いを嗅いだクリミアは食欲が限界のようで我先にと店内に入っていった。
キークもクリミアに続いて店内に入る。店内にはすでに大勢の客がいてにぎわっていた。
(結構人気な店みたいだな)
客の繁盛具合を見てキークは分析し、店員に案内され、キークとクリミアは席に着いた。
「おー!」
席について少し待つとキークたちの前に山盛りの肉が置かれた。肉を見てクリミアは目をキラキラさせながら、よだれを垂らしている。
「さ、思う存分食ってくれ!」
「それじゃあ」
「いっただきまーす!」
キークが鉄板に肉を並べようとするが、早速クリミアが高速で野菜と肉を並べていく。かなり手際がいい。キークの出る幕はなく、手伝おうと思った時にはすでに鉄板中に野菜と肉が並べ終わっていた。
やることがなくなったキークは、とりあえず肉が焼ける前に自分の皿に秘伝のチーズタレを注いでみた。
(ほう、これはなかなかいい匂いだな)
キークは近くに置いてあったフォークを手に取り、フォークの先にタレを少しつけ、一口なめてみた。その味はチーズの風味とタレの甘みが合わさった独特なおいしさをだしていた。
(う、うまい!こんなタレ生まれて初めてだ)
正直キークは感動した。来てよかったと思った。
「肉焼けたよー」
キークがタレに感動している間に、肉が焼けた。クリミアはパパパッと肉をとっていく。そして、ものすごいスピードで肉をパクパクと食べるクリミア。「おいしいー!」と言って幸せそうな顔をしている。
たくさんあった鉄板の肉はみるみる減っている。キークは一気にが
っつりと食べられないので、肉三枚とキャベツ二枚をとった。キークは最初に肉一枚をタレと絡め、口の中へと運ぶ。
(むちゃくちゃうま!)
再び感動するキーク。肉のジューシーさとチーズのまろやかさが調和して、甘くて、香ばしい。肉はとても柔らかく、噛んでいると、とけてすぐになくなってしまう。
次にキークは肉をキャベツで巻き、タレをつけて食べた。
(肉とタレだけでも十分おいしいがキャベツが加わることでまた違った食感とみずみずしさを楽しめる。これは食が進むな)
キークは水を飲んで一呼吸し、ふとクリミアを見た。幸せそうな表情をしながら上品に肉と野菜を一つ一つ食べていくが、やはりそのスピードは尋常ではない。皿にあった山盛りの肉はほとんどなくなってしまっている。
キークとしてはいつものことで気にしなくなっているが、見慣れていない店の客はクリミアの食べっぷりに注目していた。
それから三十分後。キークは満腹になっていたが、クリミアはまだ食べていた。山盛りの肉の皿三枚目突入中である。相変わらず恐ろしい食欲だな、とキークは感心していた。
「なあ、クリミア。まだお腹いっぱいではない感じか?」
「んー、腹八分目ってところかなー」
「その皿で最後にしたらどうだ?」
「ん、わかった」
なんだかよくわからないが、いつの間にか店内の客全員がクリミアを見守って、応援している。まるで大食い大会の会場である。この騒ぎの原因であるクリミアと言えば何にも気にせず、黙々と食べている。
「うん、ごちそうさまでした」
肉がなくなり、やっとクリミアが食べ終わった。まわりの客が拍手をしている。「こんなに食べたやつ俺初めて見た」とか、「俺は伝説を見た」とか勝手に変なことを言って、客たちが騒ぎ、店内は盛り上がっていた。
「さて、帰るか」
「そうだね」
「俺金払ってくるから先出ててもいいぞ」
「うん、ありがと。それじゃあ外で待ってるね」
クリミアは歓声の中、店を出て行った。
「店長!勘定頼みます」
店長である筋肉ムキムキの鉢巻おじさんがキークの前にやってきた。
「いやー、本当においしかったです。ごちそうさまでした」
「あ、ああ。ありがとな」
「それで、いくらですか?」
「ああ、そのだな・・・」
おじさんは困った様子で頭を掻く。
「じゅ、十二万レイスだ・・・」
「は?」
聞き間違いかと思ったキークはおじさんを見ていると、勢いよくおじさんは頭を下げた。
「す、すまねえアンちゃん!まさかお嬢ちゃんがあんなに食べるとは思わなかったんだ!」
「あの、安くしとくって・・・」
「ああ、安くして十二万ってところなんだ。だますようなことをしてすまねえ!」
クリミアの食欲が予想以上だったようで、それは店の営業にも関わるレベルだった。自分から誘ってこの事態にしてしまったおじさんは申し訳なくて頭を下げ続けているが、正直キークからしたら頭を下げられても困る。
「もう少し安くなりませんかね?」
「すまん」
無理なようだ。
「わかりました。十二万払います」
しぶしぶお金を払ってキークは店を出た。キークとしては詐欺にでもあったような気分だった。
「遅かったけど、何かあったの?」
外で待っていたクリミアは心配そうにキークに尋ねた。
「まあ、ちょっとね」
「それにしてもすごくおいしかったね。また来ようね」
「そう、だなー」
(たぶんこの店はもう出禁だと思います)
こうして今日の馬車の護衛の任務で手に入った報酬はすべてなくなった。