川口直人 89
季節はいつの間にか4月に入っていた。社長に就任してまだ2ヶ月。毎日目の回るような忙しさで、岡本との連絡のやりとりもあの2月14日以来、途絶えていた。
そしてある週末、岡本から電話がかかって来た。
4月半ばの金曜日、22時―
トゥルルルルル…
シャワーを浴びて部屋に戻るスマホが鳴り響いている。
「和也からか?」
しかし、着信相手は岡本からだった。
「え?岡本…?」
久しぶりの相手に驚きながらスマホを手に取り、タップした。
「もしもし…」
『よ、久しぶりだな』
「そうだな…」
『どうだ?あの女から解放されて自由を愉しんでるか?』
何処か人を揶揄っているかのような口ぶりに苛立ちを募らせながらも返事を返した。
「別に自由を満喫なんかしていないぞ?何しろ俺はここ最近ずっと忙しかったからな。大体俺は社長に就任して間もないんだ」
『ああ…そうだったよな…』
「ところで一体何だって言うんだ?連絡が途絶えたかと思えば、またいきなり連絡して来るとは…」
『鈴音の事、少しお前に教えてやろうかと思ってな』
「何だってっ?!鈴音の事か?教えてくれっ!」
鈴音の事となれば黙っていられない。何と言っても俺は1日も鈴音の事を思わない日は無いくらいなのだから。
『ああ。鈴音の勤めている代理店には2人の新人が入社してきたらしいが…さっそく鈴音の奴…新人の男に目を付けられたらしいぞ』
「何だよ…目を付けられたって…」
俺の苛立ちを知ってか知らずか、何処かのんきな口調で岡本は言う。
『まぁ、見てのとおり鈴音は美人だからな~。うかうかしていられないよな。やっとこれで同じスタートラインに立てた事だし』
「さっきから何なんだ?言いたい事があればはっきり言え」
『お前も常盤商事の女と別れる事が出来たわけだし…ようやく俺もお前に遠慮する必要は無くなったって事だよ』
「?どういう…意味なんだ?」
『川口。お前…7月に常盤恵理と婚約解消するんだろう?』
「そうだ」
『そして…鈴音の前に現れるつもりか?』
「当然だろう?今更何を言ってるんだ?」
すると岡本はとんでも無いことを言ってきた。
『実は今ある計画を立てているんだよ。結婚式を計画しているんだ。花嫁は勿論鈴音だ』
「はぁっ?!お、お前…何言ってるんだっ!正気なのかっ?!」
『ああ。勿論正気だ。川口…俺と賭けをしようぜ』
「賭けだって?!一体どんなっ!」
『川口、お前は俺が鈴音の事を好きなの…知ってるだろう?』
「当然だ。ついでに言うとお前の片思いだって事もな」
『…否定はしないさ。その通りだからな』
自嘲気味に笑う岡本に言った。
「お前、一体何考えてるんだよ。まさか鈴音に結婚を申し込むつもりか?」
『ああ、そうさ。鈴音の為に準備した結婚式場でな』
「何だって…?」
さっきから岡本が何を言っているの理解出来なかった。
『いいか?俺と…忍さんの立てた計画を良く聞けよ?実は…』
俺はその話に息を飲むことになる――。