川口直人 69
「そ、それは…」
どうする?いっそ、その通りだと今社長に言ってしまおうか?思わず返事につまっていると、突如常盤社長が笑いだした。
「ハハハハ…答えるまでもない。今の反応ですぐ分かった。それにな…娘が言ってたから。直人君が自分に触れてくれないと。まだ娘と身体の関係を持っていないのだろう?」
「えっ?!」
あまりにも明け透けな物言いに驚いた。
「うん?何だ?驚いたかね?別に我が家では普通の事だが…やはり他はそうでもないらしいな?うちはどんな話でもオープンにしているからな。で?どうなんだ?」
「そ、その通りです…。結婚するまでは…」
俯きながら話す。くそっ…何故こんな話を常盤社長の前で話さなければならないんだ?
「それは言い訳だろう?だったら恋人ともそうだったのかね?」
「そ、それは…!」
すると常盤社長は言った。
「君が娘と別れたがっているのは知っているよ。だから深い関係にはなりたくない…いや、そもそも触れたくも無いのではないか?」
「!」
思わず肩がぴくりと動く。
「恵利は年老いて生まれた娘だから、私は可愛くて仕方がない。そして娘は君にベタ惚れだ。だから私は娘の望みを叶えたい」
「…」
俺は黙って話を聞いていた。
「とにかく、これでは話にならん。出直して来るのだな」
「…はい…」
席を立つと頭を下げた。
「それでは失礼致します」
「ああ、またな」
そして俺は社長室を後にした。
常盤社長の態度を見て何となく感じた。
ひょっとすると、まだ希望は捨てなくても良いのではないだろうかと―。
****
その日の夜、岡本から電話があった。それは鈴音が引っ越しをしたと言う話だった。その言葉に驚くと、逆に非難されてしまった。恋人同士だったのだから当然だろうと?確かに俺が逆の立場だったら…やはり耐えきれずに引っ越しをしていたかもしれない。
だけど、岡本がその話を知っているという事は…。
「ひょっとして…鈴音の新しいマンションに行ってるのか?」
『何だよ?お前、ひょっとして俺に妬いているのか?』
何処か勝ち誇ったかのような物言いにカチンと来るも返事をしなかった。どうせ、この男は鈴音と幼馴染の関係から先に勧めるはずはないだろう。何故か俺はそんな気がしたからだった―。
「くそっ!」
岡本からの電話を切ると、俺は忌々しい女から渡されたスマホをベッドの上に投げつけた。
何て嫌な女なんだ…!
鈴音が引っ越しをした話はショックだったが、それ以上に驚きだったのが常盤恵利が鈴音に会いに行っていたという事だった。
何なんだっ?!あの女…俺はもう鈴音とは連絡すら取り合っていないっていうのに、勝手に会いに行って合鍵を返せだなんて…挙げ句に俺がプレゼントしたホテルの宿泊チケットを奪うどころか、手切れ金を渡そうとするなんて…
「許せない、鈴音を傷つけるなんて…」
駄目だ、やはり到底俺はあの女を受け入れることが出来ない。
そして今、無性に鈴音に会いたくてたまらない。会って強く抱きしめて…俺が愛する女性は鈴音だけだと伝えたい。
「鈴音…」
待っていてくれ。必ず…いつか、迎えに行く。
俺は心に誓った―。