表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

478/511

川口直人 57

 どの位の間、鈴音の部屋を見上げていただろうか―。


トゥルルルル…

トゥルルルル…


不意にスマホに着信が入って来た。


まさか…鈴音だろうか?



緊張しながら上着のポケットからスマホを取り出し…落胆した。着信相手は愛しい鈴音からではなく…俺にとっては絶望的な相手からの電話だった。その相手とは…。


『常盤恵理』


「はぁ…」


見慣れぬ名前の表示にうんざりした溜息が漏れてしまう。いっそこんな電話等出ないで切ってやろうかと思ったが、そういう訳にはいかなかった。何故なら俺は父を…そして川口家電の社員を人質に取られているようなものだったから。


出たくなくても出なければどんな事を言われるか分った物では無い。ため息をつきながら電話に出た。


「もしもし…?」


すると―。


『遅いじゃないっ!』


いきなり大きな声が響き渡った。


「何もそんなに大きな声を出す事は無いでしょう?」


『直人が早く電話に出ないからでしょうっ!』


常盤恵理は早くも呼び捨て呼ぶ。…今日会ったばかりなのに。鈴音の場合は恋人同士になってようやく自分から言い出して名前で呼んでくれるようになったと言うに、この女はたった半日で俺の事を『直人』と、しかも呼び捨てで呼ぶ。鈴音だってまだそんな風に呼んでいないのに…。


「どうもすみません。電話に気付かなかったものですから」


電話に出ながらマンションへと入って行く。


『まぁいいわ。それより今何してたの?』


恋人の部屋を見つめていました…。いっそ、そう言ってしまえればいいのだが…この女にそんな事を言えば何をしでかすか分らない。鈴音にだけは絶対に手を出して欲しくは無かった。


「これから自分の部屋に入るところですよ」


『え?まだマンションに帰っていなかったの?』


「はい、そうです」


『まさか…元恋人の所へ今まで行ってたんじゃないでしょうね?』


元恋人…。


本当にこの女はイヤな言い方をする。大体俺は鈴音に別れすら告げられていないのに?自分の中では鈴音と別れた実感がまるで無かった。何しろ最後の別れすら告げさせる事を常盤恵利は許してくれなかったのだ。


「いいえ、そんな事していません。大体抜け目ない貴女の事だ…。既に興信所をつけているんじゃないですか?」


俺は辺りをキョロキョロ見渡しながら言った。


『…そんな風に思っているのね…』


「当然じゃないですか。貴女なら何でもやりそうだ」


『ええ、そうね。この際だから言わせて貰うわ。貴方はいわば私にお金で買われたようなものなのよ。だから私の言うことは絶対に聞いてもらうからね?今後は毎日必ず私に電話を入れるのよ。朝と夜には必ずね。メールも絶対に入れるのよ。1つでもこれを怠ったら…貴方の父親の会社は終わりよ』


「…分かりました。どうせ俺には何も意見する事は出来ないのだから」


『…まだあるわ、直人。その言葉遣いが気に入らないわ。敬語で話すのはやめてくれないかしら?気分が悪いわ。私達は婚約者同士なのだから対等な言葉遣いをしてよ』


「…」


敬語を使って話すのは、ある意味俺にとってささやかな抵抗だった。それすらも禁じられてしまうのか…。だが、言うことを聞かなければ。


「…分かった」


『ねぇ…直人』


急に甘えた声で名前を呼んできた。


「…何だ」


『恵利って呼んでよ』


「…恵利」


嫌々名を呼んだ。


「フフフ…いい気分ね。明日の夜7時にデートするわよ。」


常盤恵利は早くも俺に命令してきた―。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ