川口直人 40
2人でコーヒーを買ってきて、マンションへ帰ってきた俺はすっかり浮かれていた。
何故なら今度の週末、2人で一緒にコーヒーを飲む約束をしたからだ。
「楽しみだな…」
けれど、この時の俺はまだこの先に何が起こるかを全く予想もしていなかった―。
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あれからも加藤さんが遅番の日には必ず俺は彼女を駅まで迎えに行くようにしていた。
「お疲れ様、加藤さん」
今夜も俺は駅まで加藤さんを迎えに来ていた。
「こんばんは。今夜も迎えに来てくれてありがとう」
「いいんだよ。俺がやりたくてやってるんだから。それじゃ帰ろうか?」
そうだ、何も遠慮することは無いんだ。何故なら俺が加藤さんに会いたくて迎えに来ているだけなのだから。
「うん、そうだね」
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「やっぱり自転車買おうかな…」
歩きながら不意に加藤さんがポツリと言った。
「え?自転車買うの?」
「うん…いくら駅から徒歩圏内って言われても結局は歩くと10分くらいかかっちゃうし、それに…」
何故か加藤さんが俺を見上げてきた。
「私が自転車を買えば迎えに来なくてすむでしょう?ほら、歩きより自転車の方が安全なわけだし…」
え?それって…俺が迎えに来るのを遠回しに断っているということなのだろうか?
「それだけ?」
「え?」
「まさか…それだけの理由で自転車買おうとしてるの?」
「そ、そういうわけじゃないけど」
何故か加藤さんは慌てたように言う。
「ほら、買い物だって自転車がある方が便利なわけじゃない?沢山買ってもカゴに入れれば何も問題ないわけだし、自転車ならあっという間に駅前のスーパーにだってよれるじゃない?」
「それもそうだけど…」
確かに加藤さんの言うことは一理ある。けれども俺は遠回しに迎えを断っているように感じられた。
「だって、やっぱり川口さんに負担はかけられないから。私が迎えはもういいよって言っても今夜だってこうして迎えに来てくれたわけでしょう?」
俺が勝手にやっていることなのに…やはり加藤さんは気にしていたのだろうか?
「迷惑…なのかな?」
「迷惑ってわけじゃなくて、申し訳なくて…」
「そんな風に思わなくていいのに。俺がそうしたいからやっているだけなんだから」
そうだ。俺が勝手にしていることなんだ。少しでも一緒にいたいが為に…。
そしてその後は週末の話になった。加藤さんの話だと、お姉さんとあいつが高尾山でデートをするらしい。
けれど…俺には謎だった。何故加藤さんは幼馴染が好きなのにお姉さんとのデートを進めるのだろう?それにあいつだって加藤さんの事が好きなくせに何故彼女のお姉さんとデートをするのか…。けれど加藤さんを好きな俺にとっては好都合な話だった。高尾山デートをきっかけに2人が急速に接近し、加藤さんの周りをうろつかなければこんなにいいことはない。
そういえば、加藤さんは…高尾山に行ったことがあるのだろうか?
「加藤さんは高尾山には行ったことあるの?」
川口さんが尋ねてきた。
「ううん、まだ無いよ」
「そうか…なら、今度俺と…」
「え?」
「あ…ごめん。何でもない」
そうか…行った事が無いのか。だけど、誘うことは出来なかった。
何故なら俺と加藤さんは恋人同士じゃないから。
それが…凄く虚しかった。
そして…ついに運命のあの夜がやってくる。
俺と加藤さんが恋人同士になる、あの夜が―