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川口直人 31

 その日は仕事が忙しくて本当に助かった。そうでなければ強引に加藤さんを誘ってしまったことで、思い悩むことが無かったからだ。



午後6時半―


「お疲れ様でした」


職場のシャワールームで汗を流し、着がえを終えた俺は職場の人達に挨拶をして出ようとした時、1人の先輩に声を掛けられた。


「あれ?珍しいな。お前がシャワー浴びて帰るなんて。いつも徒歩通勤だからって余程じゃない限りシャワー浴びないで帰宅するくせに」


「はい。今夜は人と待ち合わせしてるので」


すると別の先輩が声を掛けて来た。


「なんだ。デートか」


「デ…ち、違いますっ!そんなんじゃないですよっ!」


デートだったらどんなにかいいのに…。


「でも女の子と会うんだろう?」


最初に声を掛けて来た先輩がしつこく尋ねて来る。


「まぁそうですけど…その子、ずっと入院していて…退院祝いを2人でするんですよ」


そうだ、決して嘘はついていない…自分にそう、言い訳する。


「え?そうだったのか?」


「すまん、悪かったな」


途端に先輩たちの顔が申し訳なさそうになる。


「い、いえ、いいんですよ。気にしないで下さい、それじゃ…俺、行きますから」


俺は逃げる様に職場を後にした―。



****


 焼き鳥屋に到着したのは6時40分だった。待ち合わせ時間にはまだ早かったが、俺は店の前で待つことにした。…加藤さんは来てくれるだろうか…?


「…」


それにしても、こうして彼女が来るのを待っているとあの時の事が思い出される。

あの日…来るあてもない加藤さんを何時間も待ち続けたあの時の不安な気持ちが…。今回は来てくれるだろうか…。

何度目かのため息をついたときの事だった。こちらへ向かって歩いて来る加藤さんが目に入った。


加藤さんっ!


嬉しくて俺は大股で加藤さんに近付いて行き、声を掛けた。


「良かった…来てくれたんだね?」


思わず顔に笑みが浮かんでしまう。


「う、うん。だってあの時…結局約束果たせなかったし、昨夜は亮平が失礼なことしちゃったし…」


加藤さんの言葉は少しショックだった


「え…?ひょっとしてそんな理由で…ここに来たの?」


「う、うん…」


「そうか…。俺はてっきり…」


そんな…謝罪のつもりで来てくれただけだったのか…。でも…それでもいい。どんな理由であれ、加藤さんは約束を守って来てくれたのだから。

俺は加藤さんを連れて店の中へ入った―。



 加藤さんと食べる料理は親子丼と決めていた。2人分の親子丼を注文し、運ばれてくると加藤さんは嬉しそうに笑った。本当にこの料理が大好きだと言う事がその様子で見て取れた。2人で一緒に食べる親子丼。小さな幸せを噛みしめていたのに…それをぶち壊す電話がかかって来たのだ。


トゥルルルルル…

トゥルルルルル…


「あ…」


突然加藤さんのスマホが鳴り、彼女の顔が曇る。その様子からあいつだと気づいた。本当なら今すぐに着信を切ってやりたいところだが、悔しいことに加藤さんにとってあいつは特別な存在だ。


「出なくていいの?」


「うん、いいの。食べ終わってからかけるから」


「…そう?」


だけど、何となく加藤さんの顔が曇っている。着信音は暫くなり続けたが、やがて止った。


気まずい雰囲気が俺と加藤さんとの間に流れる。けれど俺は無理にでも会話を作ってお茶を飲みながら加藤さんに話しかけた。すると再び加藤さんのスマホが鳴る。


「出なくていいの?大事な用事かも知れないよ?」


「うん…。それじゃ出ようかな…」


そして加藤さんはスマホをタップして電話に出た―。

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