亮平 65
鈴音と忍に見送られて、俺は家を出た。鈴音には絶対俺が帰ってくるまでは勝手にマンションに帰るなよと念を押した。それでも鈴音の事だ。帰りかねないので俺は大事な話があるからと、わざと思わせぶりな態度を取った上で鈴音をこの家に縛り付けておくことにしたのだ。やっぱり鈴音と一緒に晩飯を食べたいからな。
けれど…まさか本当に大事な話をする事になるとは、この時の俺は思ってもいなかった―。
ガタンガタン…
電車に揺られながら、スマホでネットのニュースを眺めていると、川口家電についてのニュースが表示されている。
「川口家電…?」
何か動きがあったのだろか?スマホをタップすると、川口家電の株が突如急上昇したニュースが記されていた。この間の川口が話していた事がもう株価に影響したのか…?
その時、偶然にもスマホに着信メールが入ってきた。相手は川口からだった。
「川口…?どうしたんだ?」
スマホをタップしてメールを開き、俺は驚愕した。
『俺の業績が認められて、社長に任命されたよ。もうこれ以上常盤商事の好きにはさせない。また追って連絡入れる』
「何だって…?」
川口が社長に就任…?鈴音…。
俺はどうしようもない焦りを感じた―。
****
19時45分―
俺は鈴音と忍の家の前に立ち、インターホンを押した。
ピンポーン
ややあってガチャリと扉が開かれると、現れたのは鈴音だった。まさか、鈴音が出迎えてくれるとは…。
「ただいま。鈴音。よし、まだ家にいたな?」
嬉しくなり、つい鈴音の頭を軽く叩いていた。
「ちょ、ちょっと…子ども扱いしないでくれる?それに何?『ただいま』って」
鈴音が慌てたように俺の手を払いのける。
「何で?別にいいじゃないか?俺達は家族みたいなものだし」
俺たちはずっと幼馴染同士で…一緒だっただろう?そんな気持ちで言ったのに、何故か鈴音は焦った顔を見せた。
「え?!と、とにかく上がってよ。もうご飯出来てるから」
「うん、そうみたいだな。家中に旨そうな匂いが漂っている。楽しみだな~」
そして俺は鈴音の耳元に口を寄せると言った。
「帰り、車で送ってやるから安心しろよ?」
「え?いいよ。別に」
即答する鈴音に少しだけムッとする。そんなに俺に送ってもらうのが嫌なのか?
「お前に大事な話があるしな。だからマンションの前まで送らせろ」
そう、川口のことでな…。その時、鈴音は少しだけ怯えた目で俺を見ていることに気が付いた―。
*****
午後9時―
3人の楽しい食事時間が終わり、鈴音を送る時間がやってきた。車に乗る際に、鈴音は俺の両親に挨拶したほうが良いか、聞いてきたがあいにく両親は今日の午後から箱根へ旅行に行っている。だが、今朝は忍の手作り料理を朝から食べに行っていた。何となく鈴音には家に親がいるのに、朝から忍の料理を食べている事に対して言い訳がほしかった。そこで鈴音には両親は昨日から2泊3日の旅行に言ったと嘘をついてしまった。まぁ、これくらいの嘘なら…ついてもいいだろう。
車を走らせ続けていると信号が赤に変わった。…そろそろ頃合いだろう。俺は鈴音を見ると言った。
「鈴音…俺、お前に話があるって言っただろう?」
「う、うん…」
鈴音は緊張しているのだろうか?手をギュッと握りしめている。
「鈴音…」
「な、何?」
「いや…突然川口の名前を出しても驚かないんだなって思って…」
妙に冷静な鈴音が気になった。
「そ、そんな事無いよ。滅茶苦茶驚いているから」
何か隠し事をしているように見える。
「そうかぁ…?」
鈴音は自分の本心を隠しているように見える。俺は鈴音と会話しながら、カマをかけてみることにした。
「しかし、不思議だな…常磐商事と合併する話だったのに取りやめになったのか?それとも何らかの取引があって常磐商事が金を積んで…そのまま川口家電を残したのか?もしくは常盤商事とは手が切れて別の会社と…」
本当は川口が駆けずり回って資金をかき集めたのは知っていたが、俺と川口が連絡を取り合っているのは内緒なので黙っていた。
しかし、俺の話を聞いているのかいないのか…鈴音は始終ぼんやりしていた。
鈴音…お前、一体何を考えているんだ?俺は隣に座る鈴音を意識しながらハンドルを握りしめた―。
****
鈴音のマンションに到着した。
「ありがとう、送ってくれて」
鈴音が運転席に回ってお礼を言ってきた。
「いや、別に構わないさ。運転するの好きだしな」
そうだ、お前の為だったら俺はいつだって…。だが、鈴音の次の言葉に俺は凍りついた。
「なら今度お姉ちゃんをドライブにでも誘ってあげなよね。何か私ばかり乗せて貰っている気がするから…」
「…」
俺は何も返事が出来なかった。鈴音…ひょっとして車の中でずっとその事だけを考えていたのか…?
「な、何?」
俺が黙っていたからだろう。鈴音が戸惑ったように俺を見る。
「いや、何でもない。まぁ…そうだな。考えて置く。それじゃあな」
俺は冷静さを保ちながら何とか返事をする。
「うん、気を付けて帰ってね」
「分ってるよ」
それだけ答えるのがやっとだった。そして俺は再びアクセルを踏んだ―。